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エピローグ「préparation」
1945年。
私は久しぶりに、大嫌いな陽の光を浴びた。
肌には悪いし眩しいし浴びすぎたら猛毒にもなるってんで好きにはなれない光だけど、それでも、久しぶりに外に出られたのは感慨深い。
「アウグスタ。……本当に、決意は固まったのか」
父さんが聞いてくる。他の親族には、もう地下で別れを済ませた。
大きく頷いて、灰色の目を見つめる。
「ああ、決めたよ。このままやられっぱなしなんてまっぴらさ。……私は負けないよ。『ルージュ同盟』に合流して、吸血鬼の運命を変えてやるんだ」
隠れ家にて、みんなに何度も話していたことだ。
戦争が終わったら、迫害される吸血鬼を救うために活動する……ってね。
「アルベール様はすごいお方だ。私は一生ついてくよ」
胸を張り、手荷物を背負う。
母さんが奥から出てきて、泣き腫らした目を|擦《こす》り、私に抱きついた。ようやく、見送る決心ができたらしい。
「どうか……どうか、元気でね」
私はこれからフランスに向かい、きっと、ここには二度と帰れない。……だから、これが今生 の別れになる。
「母さんも元気でね。さようなら」
荷馬車に向かうと、大伯父 さん達が荷物運びを手伝ってくれる。大伯父さん、左腕がないし大変かもなって思ったけど、さすがは吸血鬼。父さんが抱えてヒィヒィ言うようなものを片手で軽々と運んでくれる。……まあ、このくらいは私も片手で運べるんだけどさ。
「帽子を被りなさい。太陽光は毒だと教えたでしょう」
私に麦わら帽子をぼすっと被せ、大伯父さんはため息をついた。子供の頃から見てるけど、相変わらず老けてなくてびっくりする。
この人、今年で幾つになるんだっけ。70超えてるんじゃなかったっけ。この外見、どう見ても40とかそこらなんだよねぇ……。
とはいえ、体調の方は思わしくないらしくて、寝込んでいる日も多かったことを覚えてる。吸血鬼は本来長命のはずだけど、大伯父さんは若い頃に相当寿命を削ったのだとか、何とか。
「大伯父さんはついてきてくれるんだっけ?」
「ええ、フランス国境までになりますが……。その辺りに、参りたい場所があるのです」
「ふーん……私はついでってことかい?」
「……逆です、逆」
「分かってるよ。ちょっと聞いてみただけさ」
今日で大伯父さんとも今生の別れになっちまうんだけど、彼は相変わらず冷静だ。
……って思ったのも束 の間。荷馬車の後方をちらりと見、大伯父さんはぎょっとした表情をする。大荷物を持ったヴィル爺さんがそこにいた。
「ヴィル、おまえ……70をとうに越したはずだろう。腰を痛めるぞ」
「えー、まだまだイケるイケる。……んじゃ、アウグスタちゃん、今日はよろしくな」
うわぁー、相変わらず元気だねぇ、ヴィル爺さん……。
こっちは見た目は完全に爺さんなんだけど、大伯父さんとは別の意味で若い。人間なのに。
「それにしても、アウグスタちゃん綺麗になったなぁ。神父様によく似てる」
「その呼び名はやめろ。還俗 して何年経つと思っているのだ」
「オレにとっては神父様だし……。それに、信仰心は捨ててねぇっしょ?」
「愚か者。捨てていないからこそだ」
ヴィル爺さんと大伯父さんは旧知の仲らしくて、めちゃくちゃ仲がいい。下手すりゃうちの父さんと母さんより夫婦してるかもって言ったら、エルンスト祖父 さんに苦笑されたことを覚えてる。
ヴィル爺さんが何者なのか、実は私もあんまりよく知らない。苗字もわかんないし、本名は「ヴィル」がつく名前っぽいけどヴィルヘルムなのかヴィルフリートかも分からない。
ヴィル爺さん、元々はダールマン家の人じゃないとも聞くし、この国が独裁国家になる以前から大伯父さんと一緒に隠れ住んでいたとも聞く。そんな、色々と謎の多い人だ。
「早く出発しようぜ。コンラートもそうだけど、アウグスタちゃんも太陽苦手だろ?」
ヴィル爺さんに促されるまま、荷馬車に乗り込む。
|御者は、エルンスト祖父さんが雇ってくれたらしい。
私が生まれる少し前に第一次世界大戦は終わったものの、情勢は刻一刻と悪くなり、「吸血鬼」を抱える上特定の民族の血を引く私達は隠れることを余儀 なくされ、ついには二回目の世界大戦が始まった。
そんな中、エルンスト祖父さんの兄であるコンラート大伯父さんが隠れ住んでいた廃坑に招かれ、私達一家はどうにか安息を得ることができた。
大伯父さんは私と同じ吸血鬼だから、他の家族が分からないような悩みも相談できる。……だからこそ、辛い思いをしてきたことも察してはいた。色々気になることがあるのに、昔の話を聞くのを遠慮してしまうくらいには。
***
荷馬車に揺られるうち、せっかくお別れなんだから、聞きにくかったことも聞いてみたいって気持ちが湧いてきた。
「ねぇねぇ。大伯父さんって、吸血鬼なのに聖職者だったんだろ? なんでだい?」
「…………」
私の質問に微妙そうな顔をしつつ、大伯父さんはヴィル爺さんと顔を見合わせる。
「……気になりますか」
「うん!」
「じゃあさ、オレが話していい?」
ヴィル爺さんが声を弾ませ、大伯父さんはさらに眉間にシワを寄せる。まあ、苦労してきたっぽいしねぇ……。
「……ヴィーラントに話したような内容はやめろ」
「あー、アレはちっと過激すぎたかな」
「えっ、何それ! 私も父さんと同じ内容で聞きたい!」
「そうなると、フランスに着くまでには終わりませんよ」
「う……、そっかぁ……」
そもそも、フランスにはダールマン家や他の吸血鬼を助けるために向かうんだ。遊びで行くわけじゃない。……はしゃいでないで、もうちょっと気を引き締めないとね。
「……アウグスタ、あまり気を張らないように。貴方はすぐに無茶をしますから」
「うわ、それアンタにだけは言われたかねぇだろ」
「…………。そうだな……」
ケラケラと笑うヴィル爺さんに、気まずそうに目を逸らす大伯父さん。……そういや、エルンスト祖父さんより大伯父さんのが私によく似てるって話も、何度か聞いたことがある。
もしかして、コンラート大伯父さんの方が私の祖父だったりするのかな。……なんてね。真面目そうな人だし、その手の冗談はやめておこう。普通に怒られそう。
「ともかく……健やかに暮らしてください。それ以外に望みはありません」
「……ありがとう! 二人も元気でね」
私が笑うと、大伯父さんも微笑んでくれる。
この人、笑う時は本当に優しい顔で笑ってくれるんだよねぇ。ヴィル爺さんみたいな明るい笑顔も良いんだけど、こういう穏やかな笑顔も素敵だなって思う。
「大丈夫大丈夫。オレより先に死ぬなって言ってあるから」
「私より先に死ぬなとも言ったはずだが」
うーん、相変わらず仲が良い。
私には丁寧な口調で話すのに、ヴィル爺さんにはつっけんどんなのも、信頼してるからこそなんだろう。
荷馬車は私達を連れ、西へと向かう。
時間が経つにつれ、期待と不安が大きくなっていく。……とっくに覚悟はできたはずなのに、息が詰まってきてしまう。
そんな私を見かねてか、大伯父さんが口を開いた。
「昔の話ですが……少しだけ、話しましょうか」
「えっ、ほんとに!? 聞く聞く!」
「マジ!? オレからじゃなく話すのって初めてだろ!?」
「……似ていますね、貴方たち……」
偶然息があった私とヴィル爺さんを見て、大伯父さんは呆れたようにため息をつき、苦笑する。
シャツの胸元で、古びたロザリオが揺れる。
「あれは……そうですね。私がまだ『神父』だった頃──」
(「堕ちた神父と血の接吻」Ende)
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