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第32話 Gefallener Priester und blutiges Küssen
兄上は洞窟内に用があるらしく、テオドーロと共に残ることとなった。
「……悪いが、今は家族と顔を合わせにくい。しばらく頭を冷やさせてくれ」
「コンラートくん達だけでも先に帰るといいよ。吸血鬼とはいえ、酷い傷だろう? まずは手当して、身体を休めた方がいい」
二人にそう言われ、ヴィルは動けない私を背負って帰宅の準備を始める。
「……マルティンだったか? あいつともきっちり話し合って決着をつけるよ。どうせ、生きてんだろうし」
「うん。……ただ、傷の具合がまだ良くないから、後でね」
「……大丈夫、なの……ですか」
ヴィルに背負われたまま、どうにか問う。
声を発するにも身体は痛むが、マルティンの安否は気になるところだ。彼女が、致命傷を負っていたのに違いはない。
「さっき普通に戦ってたぜ。……しんどそうだったけど」
私の問いには、ヴィルが答えた。
我々とは立場が異なるとはいえ、マルティンは慈悲深い女性だ。兄上も、今は先程よりずいぶんと落ち着いて見える。
……どうにか、穏便に決着がつくことを祈ろう。
***
自宅の方は、帰った途端に大騒ぎだったらしい。
とはいえ、相手は病院で働くアリッサに、吸血鬼についても研究を行っているエルンストだ。処置自体は瞬 く間に終わったと、後にヴィルから聞いた。
私の意識は、しばらくはっきりしなかった。
ヴィルと何事か話した気はするが、よく覚えていない。
どうにかまともな受け答えができるようになった頃、アリッサが凄まじい気迫で詰め寄ってきた。
「ほんとに何があったの!? ちゃんと話すまであたし、帰らないからね!」
アリッサの剣幕に圧 され、ヴィルにちらりと視線を向ける。
……経緯が経緯であるだけに、説明が難しい。どこから話せばいいものか……。
「えーとな……話すと長くなるんだけど、まずどこから話すか……」
ヴィルも、私と同じようなことで悩んでいるようだった。
申し訳ないが、以前、似たような状況で私が説明を引き受けた気もする。今回ぐらいは、任せても問題ないだろう……と、思ったのだが。
「神父様がベッドの上では超エロいって話とか?」
「その説明は最も要らないだろう!?」
続く言葉には、思わず身を乗り出す。
むしろ、なぜその説明からしようと思ったのだ……!?
「だってさぁ。無茶したら許さねぇって言ったのに今回のは無茶どころの騒ぎじゃねぇし、しかもオレ以外のために傷つきやがったし……これはもう孕ますだけじゃ済まねぇっすよ」
「や、やはり、怒っているか……?」
「怒ってねぇっすよ。……でも、怪我治ったら覚悟しとけ」
「怒っているではないか……!」
……などと騒がしくしていると、エルンストが楽しそうに食いついてくる。
「ヴィルさん、詳しく聞かせて!」
「おう、いいぜ。でも神父様とセックスしていいのはオレだけな」
「じゃあヴィルさんは? ヴィルさんを抱くのはいいの?」
無邪気にヴィルを見つめるエルンスト。
その発言は、咄嗟 に窘 める他なかった。
「エルンスト、絶対にやめろ」
ヴィルが何やら嬉しそうにしているが、決して嫉妬したとかそういうことではなく、あくまで不貞にあたる行為は良くないと諌 めたいだけであってだな……。
私が弁解するより前に、アリッサが「なるほどね」と大きく頷く。
「コンラート兄さんがまた無理したってのは、よくわかったわ。……ごめんなさいねヴィルさん、兄さんったら意地っ張りだし無謀 な抱え込み方するし、これからも苦労かけるかも……」
「あ、アリッサ、おまえもおまえで平然としすぎだろう」
「そう? だって、コンラート兄さんなら抱かれてても別におかしくないもの。そんな顔してるし」
……えっ。
「だよな。エッチだし孕みそうな顔だよな」
「そうそう。万が一妊娠したら、ちゃんとエルンストかあたしに診せてね」
……ええ……っ。
「……。……いったい……どんな、顔なのだ……?」
二人の反応に、困惑を隠せない。かつて「風紀を乱す顔面だ」と言われたこともあるが……一体、どういうことなのだ……?
そこでエルンストが「うーん」と首を捻 り、口を挟んだ。やはり、全員が全員同じ意見とは限らないらしい。
「妊娠できるかなぁ。吸血鬼と人間だと、ちょっと難しいかも……」
…………。それは……果たして、吸血鬼云々の問題なのだろうか。
「え、エルンスト……? そこではなかろう。もっと重要な部分があるはずだ」
「でも……吸血鬼の身体の造りって、わからないことも多いし……」
「……そ、そう、か……」
学者のエルンストがそう言うのであれば。「可能性がない」わけではないのかもしれない。
自らの下腹部に手をやる。
「……宿る、可能性はあるのか」
もし、万に一つでも可能性があるのなら、夢を見ずにはいられない。
もし、神が祝福を授けてくださるのなら、と……。
***
昼間に再び眠りにつき、朝方に目を覚ます。
外はまだ薄暗く、傍 らでは、ヴィルが寄り添うように寝息を立てていた。
ふらつく身体を起こし、水を飲みに行く。腕を失ったせいか、数歩進むだけですらバランスが取りにくい。不便なことに違いはないが……どこかで、安堵している自分がいた。
もう、私がどれほど怪物に堕ちようとも、ヴィルを殺めることはない。
寝台に戻り、いびきをかく寝顔をじっと見つめる。……やがて、瑪瑙 の瞳が開かれ、私を映した。
「……血が、欲しくてな」
照れ隠しのように、呟く。
すべてを悟ったように、ヴィルは、服を脱ぎ捨てて私の下穿 きに手をかけた。
左腕の断面に舌を這わせられ、思わず肩が跳ねる。新しい肉と皮膚に包まれたそこは、腹や胸の傷痕と同じように敏感になっていた。
「……で、なんであんな無茶したんすか」
正面からしっかりと抱き締められ、耳元で問われる。吐息混じりの声が鼓膜をくすぐり、思わず身じろいでしまった。
片腕を失くしたとはいえ、私はヒトならざる身だ。抜け出そうと思えば、いつでも抜け出せる。
けれど、今は、このたくましい腕に囚われていたい。
この執着に、溺れていたい。
「……赦しを、乞いたかったのだ」
「神様に?」
「ああ……誓いに背いてまで、おまえを……その……愛していいものか、と……」
ヴィルは困ったように眉根を寄せ、私の顔を見る。
瑪瑙の瞳が言葉にできぬ感情を宿し、揺らいでいた。
「……私は生き延びた。神は、私達をお赦しになっている」
「…………。神様の愛って、何なんすかね」
「神の愛は、我々人の愛とは違う。欲に塗れたものでなく……無償の、あらゆる人に平等に注がれる愛だ」
「欲って、悪いもんなの?」
「節制できなければな」
「ほへー……」
寝台に押し倒され、背中が柔らかな布に触れる。
首筋から胸、腹へ、順番に口付けの雨が降ってくる。
「あ……っ」
片手だけで背中に縋り付くと、ヴィルの指が尻を這い、後孔へと埋められる。
ヴィルは、見下ろすようにして私に問うた。
「やっぱ、よくわかんねぇっす。気持ち良くて楽しいコトの何が悪いんすかね」
「ン……っ、まあ……貴、様は、そう言う……だろう、な……っ」
「……悔い改めろって言わねぇんすか」
「教会、ですら……っ、か、価値観の……ぉっ、変革を、求められ……る、時代だ……。快楽主義を……ッ、ぁ、誤り、と、断ずる……っ、こと……は、で……でき、まい……ッ!」
「おっ! 色々あってちょっと図太くなりましたね、神父様。良いことっす」
機嫌良さそうに口角を上げ、ヴィルは私のナカを拡げるようにしてかき回す。
「く……ッ、ぅ……そ、れに……わ、私が……はっ、ァ……っ、く、悔い、改めろ……と、言った、のは……、その……私の、ために……手を、汚させるのが……ぁあッ! ……も、申し訳なくて、だな……っ」
「…………オレのために、突き放してたってことっすか?」
改めて聞かれると、どうにも気恥ずかしい。
静かに頷き、返答の代わりにした。
そのまま唇を重ね、互いの体温を慈 しむ。
「んじゃ、チンコ突っ込みますよ……っ! 今日という今日は孕ますんで、栄養欲しかったらテキトーに噛んで吸ってくれな……!」
「ま、待て……! まだ、心の準備、が……ぁ、あぁあっ!」
容赦なく奥の方にまで突き入れられ、弱い箇所を責め立てられる。ヴィルが腰を振るたび、意識が甘く蕩けていく。
「う、ぁあっ! は、ァ、くぅ、んん……っ、は、ふ……っ、ぅう……ッ!!」
喘ぎ喘ぎ、ヴィルの肩口に噛み付いた。傷口からじわりと血が滲み、芳醇 な香りが昂奮 を更に強めていく。
「は……ッ、イイっすね……!」
「ん、ぁ、あぁッ! はげ、し……! ヴィル……っ、ヴィルぅ……っ!」
唇を重ね、深く、深く繋がる。
舌を絡めながら、ヴィルは私のそれを握り締める。ナカが悦ぶようにうねり、互いを絶頂へと導いていく。
「は……ァ、も、出る……ッ」
最奥に熱が迸 るが、埋められた男根はまだまだ足りないと私の奥を穿 ち続けた。
「な、なか、出て……っ、イ、あぁあっ! あ──────ッ!!!」
絶頂した私の髪を撫で、ヴィルはしばらく|余韻に浸る。ナカに入ったままの肉棒が再び存在感を増し始めるのに、そう時間はかからなかった。
「……っ、帰って……来れて、良かった」
片方しかなくなった手を、ヴィルの頬に添える。
髪を愛でていたヴィルの手が止まり、瑪瑙の瞳に、私の微笑がはっきりと映り込む。
「大丈夫だ、ヴィル……。もう、奪わなくともいい。今のおまえには、それ以外の道がある」
涙が、ヴィルの頬を伝った。
無骨な指先が欠損した左腕に触れ、潤んだ瞳が、私の瞳を見つめる。
「……その『道』は、神父様が教えてくれたんすよ。オレ、これからもそばにいますから……一緒に、歩いて行きましょ」
「ああ。……ありがとう」
ためらいを振り切り、言い切った。
「おまえを、愛している」
震える手が私の背に伸び、しっかりとかき抱く。
「後悔しても、知らねぇぞ」
「ああ」
「ベッドの上のノリだったとしても、オレは忘れねぇから」
「愚か者。むしろ、二度と忘れるな」
指先を絡め、深く口付け、また奥の方まで身体を繋げる。
血の味がじわりと口腔内に広がり、傷付いた肉体に染み渡っていく。
「……っ、名前で、呼べ」
「……へ?」
「まさか……っ、ぁ、……忘れた……わけ、でも……ンッ! ある、まい……っ」
吐息混じりの囁きが、またしても鼓膜をくすぐる。
「あ……愛してる。コンラート……っ」
「ああ……」
首筋に、腕を絡める。
片方しかない腕でしがみつくようにし、自ら、彼に口付けた。
再び血の味が口腔内に広がり、胎 の中も、彼の種によって満たされる。
「それが……おまえの、伴侶の名だ」
その日、「神父コンラート」は、愛する男の手に堕ちた。
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