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第3話

「ストリップしろ」 二階の一室に移動したスワローとピジョンに、缶ビールのプルトップを引きながら開口一番男が命令する。 酒場の二階はありふれた連れ込み宿になっている。 安っぽい壁紙には皮膚病のようなシミが浮き、床の羽目板には何かを零した痕がこびりつく。 胡桃材のサイドテーブルにはゴツい灰皿、枕元には予備のコンドームと有料で貸し出される性具の引き出し。 ベッド横にはレトロな見た目の小型冷蔵庫が設置され、蠅の羽音に似て低い稼働音を発している。 内装などほぼ気遣わない、最低限の家具調度が置かれた殺風景な部屋は、ここがただ一つの目的の為だけに使われている事実を暗に告げる。 俗悪なピンクのカーテンが窓越しのネオンを反射してけばけばしく染まる。 「え?」 ピジョンは素で聞き返す。 耳を疑う以前に男の正気を疑う。 ハロルドはしたたか酔っ払っていた。瞳は酒精に澱んで呂律が怪しく、缶ビールを口へ持っていく合間にしゃっくりをする。だが酔っ払いの悪ふざけと聞き流すには、そっけなく放たれた命令は度を越している。壁を背に呆然と立ち尽くすピジョンに、ベッドの尻に腰かけたハロルドはぞんざいに顎をしゃくり、じれたように急き立てる。 「だからストリップだよストリップ」 「ストリップは知ってます」 「見たことは?」 「ないですけど」 「腰振って踊りながら一枚ずつ服を脱いでくんだ」 「それを今ここでやるんですか?俺が?」 ピジョンはハロルドの正面、ベッドの手前に立たされている。自分の顔を指さし確認する少年にハロルドは下劣な笑みを浮かべる。 「そっちの坊主が言ってたろ、負けりゃなんでも言うこと聞くって。いまさらとぼけんのも逃げんのもなしだぜ?お立ち台でストリップの言質はとった。けどまあ俺は優しいから一階じゃ勘弁してやる、見世物にされんのはやだろ?」 アンタの前でだって十分嫌だ。 ピジョンは唇を噛んで俯き、いつもの調子で適当なことをほざいたスワローを睨む。兄を巻き込んで安請け合いしたうえあっさり負けたスワローは頭の後ろで手を組んでふやけきった大あくびをかます。ちゃんと聞いてるのかコイツ? 「迷うほど恥ずかしくなるぜ、さっさと脱いじまえ。おっと、パフォーマンスを忘れンなよ?」 「そんな……」 勝手がわからずまごつく。 ストリップなんて見たこともないし当然したこともない、第一恥ずかしい。最前皆の前でさんざん自分を弄んだ男の前で一枚ずつ服を脱ぎ捨て全裸になるなど冗談じゃない。もっとまずいことに、今脱いだら前が半勃ちになってるのがばれてしまう。スワローに掴まれて少し引っ込んだが、まだ股間は熱を持ち疼いている。自分が反応しているのがバレたらまたハロルドを調子づかせてしまう。 ハロルドが憎たらしく嘲って、ハイペースでビールを喉にながしこむ。 「約束破るのか?身の程がわかってねェみてえだな。ンな貧相なナリして出し惜しみするほどのカラダかよ、色気のねェパンツ履きやがって」 「パ、パンツの趣味はほっといてよ!」 「萎えさすんじゃねーぞガキ。一階の連中呼んできてもいいんだぜ?可愛がられてまんざらでもねー様子だったじゃんか」 ハロルドが缶ビールを掲げて再三催促、濁声で茶化す。大人の男にがなられ反射的に身が竦むも、震え声で言い返す。 ハロルドは明らかに二人の反応を愉しんでいる、恥ずかしがって服に手をかけるのを躊躇う素振りに愉悦している。熱っぽい下心を孕んだ視線が嗜虐的に肌をなめまわし皮膚が騒ぐ。 助けを求めるようにスワローを見、絶句。 既にさばさばと割り切り、スタジャンを天高く放り投げるではないか。 「スワっ、何脱い、こんなヤツのいうことなんか聞くことないって!?」 「約束は約束だろ?俺たちゃ負けたんだよ、残念ながらな。勝ったヤツはなにしたっていいんだ」 「そんなのおかしい、やっていいことと悪いことがある!」 ドライに徹する弟の横顔に食い下がるも、スワローは兄の無駄な抵抗だか必死の抗議だかも一切受け流す。 スタジャンが顔面に押し被さる。わざっと狙って投げたのか?急いでひっぺがし、破廉恥な脱衣をガン見。スワローはそれはもう潔く服を脱いでいく。スニーカーを邪魔くさそうに蹴飛ばしタンクトップを大胆にまくりあげ、いざ首から抜こうとする。 引き締まった腹筋と左右対称の鎖骨、胸板を滑るドッグタグが露わになる。 コイツの羞恥心は絶滅してるのか?もうこれ以上剥かせないと決意をこめ弟を押さえにかかるのと、甲高い手拍子が鳴るのは同時。 「ストップストーップ!全然なっちゃねえ、やり直しだ」 「あァん!?テメェそこでふんぞりかえってビールかっくらってるだけのくせに、俺様のストリップにケチ付けんのか!?上等だ、表でやがれ!!」 「スワローおさえておさえて、そのかっこで表でたら露出狂だよ……!」 弟が露出狂として逮捕されるのは絶対避けたい、捕まるのがコイツだけならまだしも身内も恥をかく。 我を忘れハロルドに掴みかかろうとする弟を羽交い絞めで制す。音高く手を打ってストリップを妨げたハロルドは、束の間何か考えるように視線を上向けたが、名案を閃いて砕顔する。 「そうだ。脱がしっこしろ」 「「はぁ?」」 完璧に声がハモる。あっけにとられたスワローとピジョンをこの上なく愉快げに見比べ、ハロルドが詳細な指示を下す。 「兄弟でお互いの服を脱がすんだよ、面白い趣向だろ?もちろんただ脱がすんじゃねー、興ざめだからな。おもいっきりエロく、ねっとりと、気分出して絡んでくれよ?」 「ふざけるなよ……」 ビールを一口嚥下、興奮にぎらつく目で兄弟を等分に見詰めるもピジョンは断固として首を振る。こんなゲスでクズのいいなりになるなんて絶対いやだ、俺達は見世物じゃない。隙を衝いてさっさと逃げようと弟に目で示し合わせて、同意を得る前に壁際に追い詰められる。 顔の横に片手を突かれ壁が震動、衝撃が走る。スワローの端正な顔が目前に迫る。 「……だとさ。せいぜいリクエストにこたえてやろうじゃん?」 「ひっ、」 恐怖と嫌悪に喉が鳴る。スワローの片手がシャツの隙間から中へもぐりこんでくる。火照った手に下腹をまさぐられ、気持ち悪いだけじゃない感覚に腰がずりおちる。 「離れろよスワロー、悪ふざけはよせ……いやだ、自分で脱げる、ひとりでやるから……」 「往生際悪ィ。弟はすっかりその気だぜ、じらしちゃ可哀想だろ?ほらほら手がお留守だぜ、テメェも脱がしてやれよ。俺に見えるようちゃんとこっち向いてな」 ハロルドの合いの手を混乱の度合いを深める頭の片隅で聞き流す。スワローは彼にしては驚くほど従順に命令に倣い、兄の腰を支えて強引にハロルドの方に向かせる。体ごと向き直り、皺くちゃ丈長のモッズコートを無造作にさばいて肩から袖をずりおとす。無力に抗う兄を脱がしながら仰け反る喉や首筋にキスを降らし、強弱つけ鎖骨を吸い上げる。 「やっ、やだやめ……っ、あの人が見てる……」 「見られてる方が興奮すんだろ?野次馬に囲まれておっ勃ててじゃねえか、ギャラリー減っちまって残念だったな。まァそのぶん愉しませてやる」 「お前はいいのかよ、あんないけすかない奴のいいなりに……俺達完ぺキ遊ばれてるじゃないか……」 「約束しちまったもんはしょうがねえ、こうでもしなきゃ帰してもらえねーだろ?」 「あっ、っあ」 シャツの下で器用に手が動き、薄い胸板を貪欲にまさぐる。小刻みに震えるピジョンの手を自分の腰へと導けば、躊躇いを捨てきれぬままにおずおずと動き出す。ピジョンの愛撫はごく慎み深い。性行為の前戯じゃない、申し訳程度に肌をなでさするだけ。第二次性徴期に入って背が伸びて喉仏が突出し、格段に男らしくなった弟の骨格を確かめるよう、おっかなびっくり手を進めていく。 「っ……くすぐったい」 「こっちの台詞だ。脇腹を刷毛でこちょこちょされてるみてえ……まどろっこしいんだよさわり方」 「ぅあ、ひゃ、そこ弱やめっひゃはっ」 「笑い上戸め……どんだけ肌に性感帯しこまれてんだよ?」 スワローに引っ張られモッズコートがあっけなく床に落ちる。ピジョンがタンクトップの内に手を入れ、両腕を巻き上げて遡る形で脱がしていく。 髪と瞳の色以外は似てない兄弟が互いの服を夢中で脱がし合い、たとえようもなく淫靡な衣擦れを伴奏に、次第に息を荒げていく光景は、子どものじゃれあいと悪ふざけの延長の前戯の中間のエロティックさだ。 「いくぜ」 「ふぁ!?」 剥き出しの腰に回された手が臀に滑り、ピジョンの下肢がびくびくと跳ねる。スワローが兄のスラックスをボクサーパンツごとずりおろし、ピジョンが弟のジーンズを膝に引っ掛け、大層手間取りながら引きずり下ろす。ただ服を脱ぐだけで体力を使い果たした。全裸が心許なく咄嗟にモッズコートを羽織ろうとしたが、スワローに蹴りどかされて失敗に終わる。 「ご満足いただけたかよ」 スワローが全裸で両手を広げる。コイツは本当に恥というものをしらない。ここまで堂々としているとかえって気持ちがいい。全裸に纏うものといえば胸元のドッグタグと耳朶の安全ピンとイヤーカフス、それ以外は両腕の刺青くらいだ。ハロルドが口笛を吹き、やる気のない拍手のまねごとをする。 「俺もオニじゃねえ、及第点をくれてやる。兄貴のへっぴり腰は笑えたし」 「シャワーいってくる」 スワローが個室に備え付けのバスタブを親指でさす。ハロルドは卓上に空き缶をおき、大儀そうにベッドから腰を浮かせるや、床に蹲り両手で股間を覆うピジョンのもとへやってくる。 「じゃあその間に愉しませてもらうとするか」 「行かない……」 ピジョンの腕を引っ張りベッドへ連れて行こうとする。ピジョンは条件反射で首を振り振りほどこうとするのも大人の男の腕力にはかなわず、抵抗虚しく引きずられていく。スワローにさわられるのはまだ耐えられたが、ハロルドに腕を掴まれただけで全身に鳥肌が広がる。やめろ放せと叫んだところで無駄、腕の一振りでベッドに仰向けに転がされ酒臭い男がのしかかってくる。 「さあこれからおっぱじめようってときに悪いが、二人セットのが時短になるんじゃね?」 「……それもそうか」 「ぐずぐずすんな駄バト、テメェも来い」 名残惜しそうに見送るハロルドの下から何とか抜け出し、シャワーへ向かうスワローをおいていかれてなるものかと小走りに追いかける。ガラスの引き戸を蹴り開けてタイル張りのブースへ入るスワロー、その後から肩を落として敷居を跨ぐ。蛇口を捻るとノズルから勢いよくお湯が噴き出す。 「ちゃんと湯がでるだけマシ、ボロ宿は熱くなるまで時間かかるかんな。自家発電装置があんのか?」 スワローは鼻歌でも唄いだしかねないご機嫌ぶりでシャワーを浴び、体の汚れを洗い流す。 イエローゴールドの濡れ髪を額にたらし、優美に反った喉で飛沫を受け、しなやかに引き締まった裸身に幾筋も枝分かれして雫を伝わせるさまは、少年を性の対象とする好事家が喉から手が出るほど欲しがるポルノグラフィさながら扇情的だ。野生の獣の水浴びにも似ている。 ピジョンはシャワー室の片隅で膝を抱えてだんまりだ。 排水溝へ渦を巻いて飲み込まれていく水を、この世の終わりのように思い詰めた目でじっと睨んでいる。 「隅っこで空気になってねーでテメェもキレイキレイしろよ」 「……ホントにあの人とヤるの?」 「あン?」 「お前はそれでいいの」 二人入れば一杯になるシャワー室に濛々と仄白い湯気がたちこめる。サウナのように蒸す人工の霧の中、ピジョンがもう何度目か洟を啜って泣き言をもらす。 「こんなことならすっぱり諦めるんだった。深追いするとろくなことがない」 「全財産だましとられて泣き寝入りか?駄バトから駄ガモに格落ち?」 「駄バト駄バト言うなよ、俺だってがんばってるんだよ……」 「鳥類ん中でも惰弱な部類だ」 「燕だって巣が高級デザートになる位しか取り柄がないじゃないか。しかも食べたことない」 「燕は音速」 「ハトは……ハトだって……かわいい」 「道に落ちてるもんなんでも拾い食いして腹壊さねーし」 ツバメに対抗しハトの長所を列挙しようと試みるも咄嗟に思い付かず、自業自得の敗北感にうちのめされる兄をスワローが笑ってまぜっかえす。 「ぐだぐだゆーなら付いてくんなよ」 「お前をほっとけない」 タイル張りの床に滲み広がる湯が溝に吸い込まれる。スワローが取り返しに行くと言った時なんでもっと本気で止めなかったんだろう、無茶やらかすのはわかりきってたのに。兄さんの俺がもっとしっかりしなきゃいけなかったのに、母さんにもちゃんとスワローの面倒見るように言われてたのに…… 「有り金まるごと吐かされた挙句ストリップのまねごとまでさせられて悔しくねェの?」 「めちゃくちゃ悔しいよ。でもどうするんだよ?あっちは大人でこっちは子ども、どうしようもないじゃないか。お金はまた貯めればいい、何年かかるかわかんないけど……十年くらい頑張れば貯まるさきっと」 「先が長ェな」 「タグはまた作り直せばいい。もともとタダ同然だし、あんなのくれてやる」 負け惜しみを呟くピジョンの向こうで、シャワーに打たれるがままスワローが黙り込む。 流水がタイルを叩く音だけが不安定な沈黙を埋めるよう響く。 母の期待を裏切ったやるせなさとスワローを巻き込んでしまった申し訳なさに苛まれ、拳を握り締める。 こんなこと言いたくない、でもこうするしかない。ほかにこの状況を切り抜ける選択肢がない。 凄まじい葛藤を乗り越えて深呼吸をひとつ、濡れ髪に雫が伝う真剣な面持ちで告げる。 「……俺が引き付けるから、お前は逃げろ」 犠牲になるのは俺一人でいい、コイツまで付き合わせる事はない。なにをされるかわからないけど、最後までされてしまうかもしれないけど、それでもいい。だって俺が悪いんだから、なにもかも全部俺のせいなんだから……俺は兄さんだから、自分の尻はちゃんと拭ける。スワロー一人でも無事に逃がせるならそれに越したことはない。 湯気に巻かれながら一年前の事件を回想する。 薄暗いアパートの一室、ベッドに磔にされた弟を見付けた時の絶望がありありと甦る。今度は逆だ、俺があの人を足止めするんだ。コイツに指一本だってさわらせるもんか。 「自分のツケはちゃんと払う」 もとはといえば俺の責任、コイツまで巻き込むわけにいかない。もう遅いけど……まだ間に合う。 「お前になんかあったら母さんが哀しむ」 「お前がナニされても母さんは哀しまねェの?」 頭に冷水をぶっかけられた。 比喩でもなんでもない。蛇口を乱暴にひねって温度調節したスワローがノズルをひったくり、片隅でいじけるピジョンの頭に、勢いよく冷たい水を浴びせたのだ。 「っひゃ!?」 「もう一度聞くぜピジョン。ガキだまくらかして悦ってるあのクズに兄貴がヤリ捨てされても母さんは哀しまねぇの、俺達の母さんはそんな薄情なの?」 裸だから胸ぐらは掴めない。 その代わりにノズルを投げ捨て、全裸で縮こまるピジョンに詰め寄るなり顔を手挟んで持ってくる。 目の前にスワローの顔がくる。 濡れ髪を額に被せ赤錆の目に怒りを秘めた、凄みを含んで恐ろしいくらい綺麗な顔。 「頭冷やしな」 「わかったやめろやめてってもうじゅうぶん冷えたよ風邪ひく!!」 頭を両手で庇い鳥肌立てるピジョンの眼前、弟の胸にぶらさがるタグが水滴を弾いて光り輝く。寒い。 二の腕をこすってがたがた震えだすピジョンを嘲り、腰に手をついたスワローが全裸でいばる。 「初めてじゃねーし」 「え?」 いま何て言った? 「どういう意味?初めてじゃないって……ナニが?お前まさか……したことあるの?!」 「別にフツーだろ?フツーフツー」 「目をそらすな!ちゃんと見て!ごまかさないで!なにそれ聞いてない俺の知らない間にそんな悪い子に育てた覚えないぞ!?ナニを?どこまで?俺がいつもお前にされてるようなこといつも他の人にしたりされたりしてるの!?」 見事にそらっとぼけるスワローの肩を掴んで激しく詰問する、いつも大胆不敵傍若無人な彼には珍しくばつ悪げにふてくされたスワローがドッグタグをいじくりまわしつつ申し開きをする。 「しつっけえな、声かけてきたヤツとちょびっと遊んでるだけだ、口だけでもいい小遣い稼ぎになんだよ。気に入ったヤツなら金とんねーし……後ろでヤんのもまァ嫌いじゃねーし。突っ込む方が性にあってっけど」 大前提としてスワローが気に入った相手のみ、体の相性が合うヤツのみという条件だが、同性と無節操に関係を持っているのは事実だ。ピジョンは愕然とする。 なんで?いつから? 気付かなかった。とんでもない大馬鹿者だ。思考に真空が生まれる。驚きすぎて何も考えられない。掴んだ手から伝わる肩の感触と体温が、目の前の弟の顔が、理性と欲望のボーダーラインを曖昧にする湯気に包まれて急速にぼやけていく。喉にひっかかる唾を強引に嚥下、動揺の震えを押さえこんで訊く。 「……お前がそうなったのって、レーヴェンさんのせいなの?」 口に出してしまうと本当になる気がして怖い。 嘗て異物を使って自分を犯した男の名前を引用され、てっきり怒りだすかと身構えたが、スワローは別段どうでもよさそうに落ち着き払って応じる。 「初めて後ろでイかされた相手がモノとか一生の汚点だろ。アイツにバージン捧げたと思うと気分悪ぃ」 つまりはトラウマの上書きだ。ピジョンはもう何も言えない。 前から女遊びは激しかった。 だが男に抱かれるのは冗談じゃないと、少なくとも一年前の段階では言っていた。 スワローがこうも堕落してしまったのは自分が間に合わなかったからで、もし万一間に合っていたらこうも逸脱せずにすんだのではないか、同性とも異性とも抱くのも抱かれるのも見境なく愉しんではした金と引き換えに進んでフェラチオまでする倫理観のぶっ壊れた貞操観念大バーゲン野郎にならずにすんだのでは? 拳を握りこんで自責の重圧に耐えるピジョンの目に、スワローの首元の虫刺されに似た痣がとびこんでくる。 薄赤く色素が定着したキスマーク。 「……っ!」 瞬時に頭が燃え上がる。 一緒に寝てるくせに今まで気付かなかった、ただの虫刺されと見落としていた、服を脱がす時でさえ見過ごしていた痣の正体にようやく思い至り発作的に動く。 「ぅわっ!?」 「じっとして!」 床に這うノズルをひったくりさっきの追い返しとばかりスワローに冷水をかけ、たじろぐ弟を叱責するや首の根元を一心にこすりだす。 人さし指でくりかえしこすってこすって、なのに一向に消えないばかりか発色があざやかになるキスマークに腹を立て、むきになって痣を消そうと努めるピジョンにスワローがあきれかえる。 「……消えねえよばーか」 「うるさい!ばか!お前のほうがばか!」 「いい加減あきらめろ。痛いのは最初だけだ」 「痛いものは痛い!あの人に抱かれるなんて絶対やだ、臭くて汚いモノをしゃぶるなんてごめんだ、好きな人としかヤリたくないっていつも言ってるの忘れたのか!?こんなことならミルクタンクヘヴンに行ってくるんだった一番安いコースならなんとかいけたのに、童貞捨てる前に処女奪われたとか笑い話じゃないよ!」 「好きなヤツとしかヤらないって言ったそばから風俗で童貞捨てるとか支離滅裂だろ。ダチと初体験の話になって恥かくのはテメェだぜ、どの面下げて言うんだよ、初めての相手?ミルクタンクヘヴンって巨乳専門店にいるカウベル・ホルスタインって自称18歳の風俗嬢さ、ご自慢のFカップを使ったパイズリが得意で三秒で昇天しちゃったんだアハハ。なんと未婚で処女なのに母乳がでるんだぜ?」 「うるさい巨乳が好きでなにが悪い男の本能だ母さんだって巨乳だ、そもそも俺に猥談するダチはいない!!」 自分でも何を言ってるかわからない、どう頑張ってもキスマークは消えなくて泣きたくなる。 諦めて指をひっこめ、スワローに完全に背を向けて蹲り、膝を立てた股間にノズルを突っこむ。 「ビークールビークールビークール……」 股間を冷やして念じる。よし、ちょっとおさまってきた。シャワーで水をかけ勃起を鎮める兄の奇行にスワローがドン引くも、気を取り直して膝這ってくる。 「耳貸せ。作戦があるんだ」 股間にノズルを突っ込んだまま顔を上げるピジョンに耳打ち、兄の顔が「そんな無茶な!」と悲鳴を上げるのに自信たっぷりに笑み返す。 「うまくいきっこない、行き当たりばったりすぎる!」 「一年前もそうだったろ?大丈夫だって、俺にまかせとけ」 「遅ェ、なにやってんだ!さっさとでてこい!」 寝室から呼ぶ声がする。兄弟の帰りが遅すぎてハロルドが苛立っている。覗きに来ないうちにと迅速に立ち上がり、真っ裸で出ていくスワローに追いすがる。床に雫を滴らせ大股に歩いていく弟を追って、こけつまろびつ寝室にもどったピジョンに、ハロルドが淫猥にほほえみかける。 「体中の穴という穴を洗いっこしてきたか?」 「準備万端、いつでもどうぞ。最初はどうする?口?手?辛抱たまらずぶちこむ?お望みならシックスティーナインでも」 隣でちぎれんばかりに首を振るピジョンは無視をし、前に出て会話を主導するスワロー。ハロルドは粘っこい目で全裸の少年たちを見比べていたが、ベッドの尻に腰かけたまま横柄に命じる。 「そこへ跪け」 スワローは何の感情も交えず言われたとおりにする。ピジョンは組んだ手で股間を隠して突っ立っていたが、ハロルドの癇癪を誘発するのを恐れ、弟をまねてぎくしゃくと跪く。心臓が爆発しそうに高鳴って鼓膜が内側から麻痺、喉が渇いてしかたがない。ジッパーが下りる不吉な音がいやに耳に付き、ハロルドが赤黒く醜悪なペニスを露出する。まだ十代前半の二人とは比較にならない質量を備えた、凶器ともいえる一物だ。カリ首は太く張り、亀頭は丸く膨らんで、これから始まる行為への期待に既に先走りを滲ませている。 あまりのおぞましさに思わず目を背ける兄の横で、スワローは面白そうに値踏みしている。 「兄と弟、右と左で挟んでフェラしてもらおうか」 「なっ……、」 「生?スキンは付けてくれよ」 衝撃の提案。言葉を失うピジョンはおいてけぼりに、スワローが手慣れた調子で交渉に入り、ハロルドが渋面を作る。 「勝ったらなんでも好きにしていいって言ったよな、ありゃ嘘か。ご主人様の命令にゃ絶対服従だろ」 「そこをなんとか」 スワローがちょいちょい手招きし、興味を引かれて身を乗り出したハロルドににやけ顔で何かを囁く。ハロルドが一瞬目をまるくし、と思えば気色悪い笑みを満面に広げ、何故かピジョンのほうを凝視する。 「……しょうがねェな。せっかくタダで用意してくれたんだ、使わなきゃもったいねえし」 「話が分かるなアンタ。好きだぜそーゆートコ」 ハロルドが恩着せがましく腕を組み、スワローがすかさずおだてる。枕元の箱にはコンドームが何種類か常備されている。その中をまさぐりながら、からかい半分に弾んだ声で聞く。 「ストロベリー、バナナ、チョコレート、パイン……何味にする?」 「選べるの……!?」 ピジョンが困惑しきってスワローを見る。スワローはただただ笑っている。俺の好きにしていいのかな?いや、何味でもいやだよ。でもこの場で答えないと先に進まない、いや進まなくていいんだけどハロルドを怒らせるのは得策じゃない、最悪生で突っ込まれるか全裸で叩きだされる。ピジョンは頭を使って真剣に考える。ストロベリー、バナナ、チョコレート、パインと呪文のように口中でくりかえし漸く決心。 にやにやしながらコンドームをまぜっかえす男を見上げ、耳朶まで真っ赤に染めて呟く。 「ば、バナナ……」 その時、空気を読んで腹が鳴った。夕食を食いっぱぐれて空腹だったのをすっかり忘れていた。 何故夕飯抜きだったのかというと、ハロルドに時間を拘束されて、持ち金全部脅し取られたからだ。おかげさまでピジョンは、さもうまそうにホットドッグを頬張る弟を物欲しげに指をくわえて見てるしかなかった。 「へえ、そんなに俺のバナナがほしいってか!欲しくて欲しくて腹がぐーぐー鳴っちまうってか、意地汚えヤツだあははは!」 死にたい。もしくは今すぐ消え入りたい。 早くも涙ぐんできたピジョンの顔にパチンとゴム製の何かが当たる。コンドームを投げられたのだ、顔面に。 「ぐずぐずすんな。もうはじまってんだぞ」 付けるところからやらせるのか。屈辱と恐怖に震える手で袋を開封、濃い黄色のコンドームを手に持って口を広げ、しなだれた一物に嵌めようとする。が、上手く被せられない。 仕方ない、他人のペニスにコンドームを装着させるのは正真正銘生まれて初めて、今まで一回だってそんな経験はないのだ。緊張で焦る手が空振り空回り、汗で滑って何度も取り落とす。いやだ、さわりたくない、気持ち悪い。胸中で葛藤が膨らみ、固くしこった胃から吐き気がせりあがってくる。もう泣きたい、今すぐ逃げ帰りたい。 「へったくそだなぁ、なんだよ嵌めるのは初めてか?ああ初めてか、悪い悪い」 「?」 一人納得したように頷いては笑みを深めるハロルドの態度を訝しむも、声に出して聞く勇気はなく、手元の作業に集中する。ふやけきったペニスを片手で支え持ち、コンドームを亀頭にひっかけて引き伸ばす。 「できた……」 どうにか装着成功、達成感に笑みが浮かぶ。笑ってる場合じゃない、次はいよいよ本番だ。今だ覚悟ができず、その時を遅らせようともじもじ手を組み替えるピジョンにスワローが耳打ちする。 「えっ!!?」 「早く言えよ」 「そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃないか!!」 「言え」 無茶だ。どうかしてる。こんなの絶対間違ってる。スワローに吹き込まれた言葉を一言一句反芻、限界突破した羞恥心が暴走し理性が蒸発、全身が狂おしく火照りだす。そんな事口走る位なら死んだ方がマシだ、なんでスワローは俺にそんなこと言わせるんだ、自分が言えばいいのに……助けを求めて右向き左向く、上向き下向くも味方はどこにもいない、血を分けた実の弟ですらもう味方とはいえず兄を追い詰める片棒を担ぐ。ハロルドは次にピジョンがどうでるか興味深そうに見物している、彼の機嫌を損ねたら酷い仕打ちを受ける、どうかするとスワローにまで被害がおよぶ。 いやだ。いうしかない。いやだ。頭の中でぐるぐると思考が回る、いたずらに渦を巻き空転する。 「どうした?何か言いてぇことあるのか」 「お……」 「まどろっこしいな、こちとらゴム付けて準備万端はりきってんだ」 邪険に促され、ピジョンは真っ赤に潤んだ目で途切れ途切れ、弟に言えと強制された通りの言葉を上擦る声でたどたどしく繰り返す。 「俺はじめてで、上手くできるか……気持ちよくできる自信ないけど……がんばってしゃぶる……りますから、や……やさしくしてください……」 呂律が回らない。舌がもたついてどもりがちになる。最後のやさしくしてくださいだけは本音だ。ピジョンは震える手で自らコンドームを嵌めたペニスを持ち、それを口の前へ導き、一回キツく目を瞑る。 再び目を開けた時、そこにあったのは蕩けきったメスの顔。自分の言葉に自分で興奮し、はしたなく頬を染めた表情。 「おれにやらしいこと、してください」 それが合図だった。ハロルドが生唾を呑む音がやけに大きく響いた次の瞬間、前髪に激痛が走る。ハロルドが右手でピジョン、左手でスワローの髪を掴み、そそりたった股に自ら引き寄せる。 「そこまでお願いされちゃしかたねえ、一晩かけてたっぷり仕込んでやるよ処女ビッチ。兄貴は右側弟は左側、目一杯口を開けて丁寧におしゃぶりしろ」 もうやるしかない。観念して怖々口を開ける。スキン越しならまだマシだ、生で咥えるわけじゃないんだ。どうしても恐怖と嫌悪が拭いきれずたじろぐピジョンの隣で、スワローが舌なめずりし、おいしそうにカリ首を舐め上げる。そのまま流し目で兄を挑発、舌を捏ねる音も高らかに大胆なフェラチオをおこなう。やめろ、そんな汚いモノ咥えるな、そこまでしなくていい!心が叫ぶ、引き裂かれる、今すぐひっぺがしたい。 「んっ……」 のろのろと舌をだし、亀頭をちろちろとなめる。ミルクを啜る子猫のような舌遣はじれったいばかりだ。至近距離に弟の顔がある、上下動する頭がある、さもおいしそうに男のペニスをしゃぶりまくる。男の前に全裸で跪き、同時にフェラチオをおこなう倒錯した状況をあきらかに愉しんでいる。何も考えるな。目の前の事に集中しろ。ピジョンは覚悟を決め、弟の動作をまねて舌を使いだす。 亀頭に唇を押し付け、鈴口にぐりぐりを舌をねじこみ、裏筋をくすぐるよう舐め上げて、一回り太さを増した竿をスワローと競うよう頬張る。距離が近すぎて顔や肩がぶつかりあいうっかりキスしてしまいそうになって慌てて引っ込む、ああ本当にバナナの味がする、お腹がすいた…… 「あう、んぐ、んぅ」 「はっ……似てねェ兄弟だと思ったが、フェラ顔はよく似てるな。息苦しそうな眉の顰め方がそっくりだ」 ぺちゃぺちゃと唾液を捏ねる音が響く。ハロルドの手が頭髪をかきまぜる。どちらの呻きかわからない、スワローはすこぶる楽しげに、ピジョンは極めて苦しげに口を使った奉仕に没頭する。 「あぅく、んは……」 カリ太の先端にしゃぶりつき、窄めた舌先でつつき転がし、ひくつく裏筋に吸いつくうちにうっかり舌が絡まりびくりとする。うまくできてるのだろうか?よくわからない。偽物のバナナの味がほんの少し行為に伴う不快感をごまかしてくれるが、脈打つ肉棒の生臭さはいかんともしがたい。母が客にフェラチオを行う姿は何度も見てきたが、スワローは別として、他のだれかにしてやる日がくるなんて想像だにしなかった。 「どうした、フェラだけで酔っ払ってきたか?前が勃ってきたぜ」 「んっくぅ、あふ」 嘘だ。耳を貸すな。 「弟が言う通りの処女ビッチだな、お前今日がデビュー戦なんだろ?どうりで反応がウブいわけだ。兄貴は初めてだからよく仕込んでやってくれって、わざわざ俺にそう言ってきたんだぜ。兄貴想いの弟を持ってしあわせだな」 「っあ……ふぁ」 嘘だ。この最低の嘘吐きめ。息継ぎの仕方を忘れる。次第に頭が朦朧としてくる。真隣のスワローと額がぶつかりあう、故意か無意識か舌先が絡み合う、一本のペニスを二人で半分こする。男のペニスをしゃぶっているのか弟とじゃれているのか、どっちが正しいのかわけがわからなくなってくる。自分がおかしくなりそうで怖い、どうにかなってしまいそうで怖い。今していることの惨めさから逃れたくて、芯を切なく疼かせ持て余す火照りを逃がしたくて、床に片手を這わせる。 指の股に指が食い込む。 どちらかともなく伸ばした手が床で絡み合い、一つに繋がる。 「んっ、んっぐ」 「っあ、ふぐ」 スワローとピジョンは男の死角で互いの手を強く握りフェラチオをする、床に置いた手に手を重ね指に指を掛けて行き場のない熱を分け合う、口の中で圧迫感が増し溢れた唾液が喉を滴る、息苦しさに握りこむ手に力が入り痛みに顔を顰めるスワロー、兄とシンクロする顔の傾げ方を意識し舌を巧みに遊ばす。 ハロルドからはペニスを挟んで対照的に動いてるように見えるだろう、より扇情的なポーズをとる。 手が痛い、張り裂けそうだ。目の端でスワローとの繋がりを再認識、たまらなく倒錯的な興奮が盛り上がる。息苦しさに抗うようスワローの手を締め上げる、スワローも負けじとピジョンの手をねじ伏せる、互いの指を深く深く食い込ませて口を犯す息苦しさを追いやろうとする。 互いの輪郭が溶け出して混じりあいドロドロに溶けていく感覚……熱を共有する事によって快感が共鳴する最高のエクスタシー。 「!?んっくぅ、」 思いがけない事が起きた。 スワローがピジョンの手を掴んだままひょいと片手をはねあげ、それを兄の昂った股間へ持っていく。動揺するピジョン、男は絶頂が近く目を瞑り快感を貪るのに夢中で気付かない、それをいいことにスワローは兄の手を包んで自慰をさせる、振りほどく事もできたが暴れたら気付かれる、ハロルドが目を開けてこの異常な光景を目撃する。スワローが目だけで意地悪く嗤いピジョンの手に手を重ね、もはや完全に勃ち上がった兄のペニスを乱暴にこすりあげる。 兄の気持ちいい場所を余さず知り尽くしてるからこそできるトレース。 「んんっ、んんっ、んくう!」 弟の手でしごかれてるのか自分の手でしごいてるのか判断が付かない。 上の口でフェラチオしながら下は弟にもてあそばれて、もうピジョンは涎を垂れ流し喘ぐだけの肉の機械だ。舌は休めずくぐもった呻きを漏らし、弟と二重の手でペニスを荒っぽくしごきたて、気持ちよさに自然と腰を揺する。 やばい、来るー……! 「ああああああっ……!」 視界で閃光が爆ぜた。 脊髄ごと引き抜かれるような快感に硬直、のちぐったりと弛緩。ふやけきって萎んだペニスがずるりと口から抜け、同時にピジョンのモノも力をなくしてうなだれる。内腿に飛び散った白濁が弟との共同作業で射精に至らしめられた事実を物語り、一際深い絶望がやってくる。 「はっ……おしゃぶりしながら漏らしちまったのかよ。とんでもない処女ビッチだな、咥えるだけでヨくなれんのか」 「ちが……俺のせいじゃない、俺はフェラだけでイッたりしない……全部コイツが、コイツがわざと」 「弟のせいにすんのかよ?最低の兄貴だな、ずぼずぼじゃぶじゃぶ下品な音たててたろーが。そんなに俺のペニスうまかったか、フルーティーなバナナ味だ。赤ん坊みてェに夢中でしゃぶってたな」 股間を汚した状態で何を言っても説得力がない。啜り泣くピジョンを言葉でいたぶってご満悦のハロルドの膝に、スワローが乗り気で跨っていく。 何をする気だ? ぐずりながら疑問符浮かべ見守るピジョンの眼前、ハロルドの膝を跨ぐように膝立ち、その首の後ろに両腕を回す。 「兄貴ばっか構うなよ、妬かせようって魂胆か?」 「おいおい、躾が悪ィ猫みてーにのってくんなよ。騎乗位がお望みか?」 「それもいいな。奥まで当たるから好きなんだ」 皺くちゃに縮んだコンドームを床に投げ捨てた男が、赤ん坊にするようにスワローの細腰を抱き上げる。 スワローは枕元に手を伸ばして新品のゴムを取り、それを咥えてハロルドの顔面に突き出す。 「フェラでしまいじゃねーよな?遊びたりねーんだ」 今だ。 ピジョンは洟を啜り上げ動き出す。だるい腰をひきずってベッドをまわりこみサイドテーブルに接近、灰皿を抱きこむ。スワローはハロルドの首の後ろで手を組み、男の首筋にキスをする。ハロルドが笑ってそれに応じ、スワローの裸の至る所にキスを降らす。皮膚を軽く啄み強く吸い上げる繰り返し、スワローがくすぐったげに身をよじっていなし、口で封を噛み破ってコンドームをとりだす。 アイツの体にまたキスマークが増えていく。今度は俺の目の前で。 「兄貴に負けず劣らず淫乱だな。血は争えねえってか」 「はっ……気持ちイイのが嫌いなヤツなんていんの?」 すっかりさかったハロルドが夢中でスワローの裸の尻を捏ね回し、スワローは胸元のドッグタグを揺らして色っぽく喘いでみせる。強烈な痴態が目に毒だ。実の弟ならなおさらだ。 カーテン越しにさす原色のネオンが、男に跨るスワローの裸身を主役のように照らす。 「キスだけじゃガマンできねえ。俺が欲しいトコにアンタのをくれよ」 スワローが男のうなじに手を交差させ、もっともっととねだるよう自分の方へと倒れ込ませる。 ピジョンはしっかりと灰皿を握り込み、気配と足音を殺し、スワローの若い体に溺れる男の背後にまわりこんで…… 「Fuck you」 あらん限りの憎しみをこめ、無防備な後頭部を鈍器で一撃する。 「ぐはっ!!」 ハロルドの頭越しに仰向けたスワローと目が合えば、どこまで演技かわからない弟はしてやったりとほくそえむ。灰皿で後頭部を殴打されたハロルドがぐらつき昏倒、自分に被さってきたその体を邪険に蹴りどかす。 ベッドから転がり落ちたハロルドは大の字にうつ伏せたまま起き上がる気配がない。 「さっささとずらかるぞ」 スワローがベッドから飛び下りて素早く服を身に付けていく。 キスマークが乱れ咲いた肌を安っぽいネオンに染めてタンクトップに首を通しジーンズを履く。ピジョンはハロルドの持ち物を漁って自分のモノを取り返す。 「あった!」 全財産が手付かずで保管されていた事に安堵する。床に脱ぎ散らかされたズボンの尻ポケットから銀の鎖が覗いている。ドッグタグだ。それを首にかけてズボンをひったくる。 「てっめぇ、だましやがって……!」 「うわっ生きてた!?」 ズボンに片足を突っ込んでスキップ、ピジョンの剥き出しの足首を目覚めたハロルドが掴む。床を這いずり進みながら、今だ上半身裸で立ち竦む少年に向かい呪わしい呪詛を上げる。 「兄貴はフェラの経験のねェ処女ビッチだからしょっぱな生は勘弁してやってくれって、ありゃ嘘か」 「嘘だよ!?」 「淫乱ビッチと処女ビッチのド淫乱兄弟が、してやられたぜ。全部金を取り返す為のお芝居か」 「ヤれなくて残念だったな」 スワローが高らかに笑ってハロルドの右側頭部に蹴りを入れ、ピジョンは半泣きで左側頭部に蹴りを入れる。兄弟同時に蹴りまくられるも意地で足首を離さずぎりぎりと締め上げる。 憎悪に歪んだ醜悪な面相は、悪徳の掃き溜めで生きる汚穢が沈殿し、正視に堪えないおぞましさだ。 「大人をなめくさりやがって……仲間にまぜてやった恩を仇で返して、逆恨みもいいとこだ。いかにもカモにしてくださいってツラ下げて隙だらけで歩いてるからカモられるんだ、そんなに惜しいかハシた金と汚ェタグごときが!」 ハロルドの顔面が鼻血の弧を描いて仰け反る。スワローが全力の蹴りを放ち、鼻っ柱をへし折ったのだ。 「汚くねェよ」 あらゆる感情を漂白した声で言い捨て、白目を剥いたハロルドの後頭部を踏み台に窓枠へ上る。階下でうるさい。二階の騒ぎを聞き付けた店主が上ってくる気配がする。 「とっとと来いピジョン!」 「今行くって!」 何とかズボンとスニーカーを履き、シャツは着る暇がなく裸の上半身にコートを羽織っただけのピジョンが叫び、先行する弟がさしのべる手をとる。 「待ってこの高さからとぶの!?」 「二階なら死なねェ死なねェ」 それで窓を見ていたのか。 どこからどこまで計画通りか、それさえ謎なスワローが不敵に笑んで兄の手を握り締める。開け放った窓の下、どぎついネオンを散りばめた歓楽街の夜景が広がっている。 強く吹き付ける風に生乾きの髪とコートの裾をはためかせ、兄弟同時に振り返り、阿吽の呼吸で傲然と中指を突き立てる。 「安売りはしてないんでな」 「お生憎様だね」 中指突き立てたのとは反対の手を互いの腰にしっかり回し、勢いよく木製の桟を蹴る。 飛び下りる間際こっそり盗み見た横顔の目が動き、スワローの唇がそうあるのが当たり前のような弧を描く。大胆不敵、傲岸不遜、傍若無人……底抜けの自信ととどまるところを知らない強気に裏打ちされた、ピジョンが喉から手が出るほど欲しがって、どうしても届かない宝物をどっさりたくわえた笑顔。その自由奔放な生き様で、勝利の女神の愛をがっちり勝ち取るタフな男の顔だ。 宙に浮きあがった鎖の銀粒の先端、イニシャルを彫ったタグがネオンを鈍く弾いてきらめく。 ドアの外で怒号が爆ぜ、室内に取り残されたハロルドが痙攣がてら小さく呻く。大丈夫、死んでない。自分一人だったらこんな大胆な事できなかった、けれどもスワローがいる、弟の前で恥はかけないかきたくない。 「っぐ!!」 足首を突き上げる衝撃になんとか耐えきり着地、頭上の騒音は一顧だにせず逃げだす。走って走って走って、小さい頃よく追いかけっこしたように息が上がるまで走り抜いて、もう大丈夫だろうと盛り場を離れた路地裏で一休み。 膝に手を付き呼吸を整えるピジョンの横、スワローが胸を上下させ、夜空を仰いで喘いでいる。 「む、無茶苦茶だよ……!」 「性交する前に成功したからいいじゃねえか」 「うまいこと言うんじゃないよ!じゃなくて!お前が絶対うまくいくっていうから信じたけど、ギリギリだったじゃないか。やってること強盗と変わんないし……ああ、シャツおいてきちゃった。このかっこで帰るのか……とほほ」 「金は取り返したんだからトントンだ」 「しかもなんだよあれ処女ビッチって、でたらめほざくなよ!そもそも男に処女とかビッチっておかしいと思わないの、ハッキリ言っとくけど俺は男娼じゃないしこれからなる予定もないからな!!」 「知ってる。賞金稼ぎになるんだろ」 俺と一緒に。 後半は心の中でのみ付け加え、顎に滴る汗を無造作に手の甲で拭き捨てたスワローの視線が、ピジョンの顔に戻ってくる。 「その為に必要な金だ」 『絶対取り返すぞ』 「……だからって……」 あんなノリノリで。裸で跨って。誘惑するまねまでして。 腹の底で沸々と怒りが煮え滾る。清々しいまでに開き直り、ネオンを塗した夜空を仰ぎ気持ちよさそうに風に吹かれる弟に憤然と詰め寄って、スタジャンの胸ぐらに縋り付く。 「あんなことまでする必要あったか?!わざわざ危ないことに首突っこんで、もとはといえば全部俺が悪い俺のせいなのに俺がばかだからお金とられたのに、しゃぶるのもヤられるのも俺ひとりでよかったのに」 全部全部俺一人が体を張ればすむことだったのにお前まで巻き込んで、コレじゃ兄さん失格だ。 「おまけにあんなタチ悪いイタズラっ、しゃぶってるときに股に手を突っ込んで……」 「恥ずかしかったろ。イッちまうのは計算外だったが……ホント勃ちやすいな、シャワー意味ねえじゃん。笑える」 「どうしてあんなことしたんだよ!?」 「なんかむかついたから」 タグはまた作り直せばいい。 もともとタダ同然だし、あんなのくれてやる。 怒りと屈辱に震える兄の追及にスワローはガキっぽく口を尖らせ、スニーカーの靴底で地面を蹴り付ける。 「しこしこ作ったモン安売りすんなよ」 「……あの人はついでにタグをとりあげたんだ。お金にならないのはわかりきってて、ただのいやがらせで……俺が泣いていやがったから」 「だろーと思った。こんなの俺とテメエにしか意味がねェ」 裏を返せば、世界中の誰も価値を見出せなくてもスワローとピジョンにだけは価値と意味がある宝だ。 互いのイニシャルを板金に彫った、ふたりぼっちの兄弟のささやかな絆の証。 兄の貯金が全額手付かずで戻ってきた事実よりドッグタグが手元に戻った事実のほうが何十倍も嬉しいと暗に告げ、目を吊り上げて怒る兄の肩をなれなれしく抱く。 「……で。その金で童貞捨てにいく?」 スワローが親指の腹で示す延長線上、牛柄のマイクロビキニで爆乳を申し訳に覆ったカウガールの看板が夜空を圧して輝いている。安宿と風俗店が立て込んだ路地裏からでもはっきり見える、ミルクタンクヘヴンの広告塔だ。 「…………」 どうやら完全にへそを曲げてしまったようだ。 ピジョンが唇をへの字に結び、その場に背中を向けてしゃがみこむ。両手で大事そうに取り上げたのは見覚えあるガスマスク。 「は?捨ててきたんじゃねえのかよそれ」 「さっきおいてきた。一周して元の場所にもどってきたんだよ」 うざったそうに説明し、かぽりとガスマスクを被る。こうすると落ち着く。ビークールになれる。なによりそこにいるだけでムカツク弟と顔をあわせずにすむのが有り難い。これはもう一生手放せないかもしれない、安心感が段違いだ。コレをしてるかぎり赤くなってるとか涙目になってるとか痛いのが好きなんだろとかからかわれずにすむし……うんそうだ、それがいい。残り一生ガスマスクの中にひきこもって生きる。 ひそやかに決心を固める兄に何を思ったか、スワローがよそよそしく離れていく。先に帰るのだろうか?とっとといっちまえ。 「ほらよ」 すぐ後ろで声がし、それでも意固地に振り向かずにいたら顔の前に薄紙に包んだホットドッグがさしだされる。 「特別におごってやる。感謝して食え」 「…………」 屋台にひとっ走りして買ってきたらしい。空気を読んで腹が鳴く。ひと騒動を経て体力を使い果たし、もう耐えられないほど空腹だ。意地を張り通すには目の前のホットドッグが魅力的すぎる。ごくりと唾をのみ、罠にかかるのを案じておずおずと手を伸ばす。根性悪のスワローの事だ、ピジョンの手が届く寸前にわざと落っことして大袈裟に嘆いてみせるくらいはする。絶対する。 大いに警戒して手を伸ばし、すぐそこまでくるや猛然とひったくり、ガスマスクを額にずりあげてがっつきだす。あっというまにホットドッグをたいらげて、両手の親指ではまだ足らず、包み紙のすみずみまでぺろぺろ意地汚くなめまわす兄を間近で眺めてスワローが呟く。 「口直し」 「……餌付けの間違いじゃないか?」 腹が満たされて少し気分が落ち着いた。名残惜しげに親指をしゃぶって後味を反芻、目線を上げた拍子にタンクトップの鎖骨の斜め上の痣がとびこみ、ハロルドの膝の上で乱れる弟の痴態が再生される。 一瞬頭が真っ白になり、勝手に体が動く。 スワローの肩に片手を添え、鎖骨の斜め上に唇をあてる。 「!?な、」 どうしたらこの忌々しい痣を消せるのか無い知恵を絞り、記憶を感触で上書きするように、古いキスマークを不器用に吸って新しい痣を付ける。 「……もうあーゆーことするなよ」 俺の前でも。 俺のいないとこでも。 「……油っこい唇で吸うなよ」 「口直し」 「意味わかんねえ」 「おあいこだろ」 兄の突拍子もない行動に面食らい絶句、反射的に引っぺがして鎖骨を庇ったスワローが呟く。 積極的にフェラチオをしていた時とは別人のような、不意打ちをくらってたじろぐその表情は、誕生日にサプライズをもらった子どもさながらだ。そういえばドッグタグをやった時もこんな顔してたっけ、コイツ。 弟の驚く顔は気分がいい。コイツが可愛かった頃を思い出す。ほんの時たま、今もカワイイけど。 どちらからともなく立ち上がりネオンが眩く彩る中を帰路に就きながら、スワローがいつもの調子を取り戻しだしぬけに言い出す。 「今晩のおかずはきまりだな。兄貴のフェラ顔」 こっちの台詞だよ。

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