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(2022/5/26)『知らぬが仏』『視線』

「司くんが、声を掛けたさそうに、類くんを、見ている!」 「えむくん、どうかしたのかい?」 「類、そろそろ気付いてあげなよ」 「なにが?」  理由を分かっていながら、敢えて類はのらりくらりと追及を躱しているのだと付き合いの長い寧々は感じていた。  楽しそうに舞台装置の確認の為ステージ上を駆け回る類が身に纏っているのは未だ仮縫い状態のままのズボン。丈や色味を確認する為に試しで合わせてみたものの、直後に舞台上の確認に向かう事となりそのままの状態でそれからずっと舞台上を駆け回っていた。  仮縫いのままで何が問題かと言うと、あくまで仮縫いであるそれは情けとして縫われているのは腰に当たる部分のみ。ベルトで固定はしてあるので落ちてしまう事は無かったが、前後の身頃はまだ完全に足を通せる筒状にはなっておらず、腿から下は最早スリットの様に大きく裂けていた。辛うじて内側部分は縫製されている事を幸いととるべきか、歩く度に露出する類の両腿は目のやりどころに困る部分がある。  最初にそれを気付いたのは司だった。台本を片手に立ち位置と台詞を確認する中目の前を横切る類。ふと視線を落とせば見間違いかと思える程露出した生足。それが仮縫いである事に司はすぐに気付いたが何をどう伝えるべきかを悩んでいた。 『服を着ろ』  ――いや、服は着ている。 『公然猥褻罪だ』  ――露出はしていない。下着も見えていない。見えているのは腿から下の生足のみ。そして類は猥褻物ではない。 『皆が見ている』  ――|司《自分》しか見ていない。 『恥ずかしくないのか?』  ――恥ずかしかったら着て来ないだろう。 『歩き辛くないのか?』  ――寧ろ涼しげでとても歩きやすそうだ。  何を言っても負ける気がして司は閉口した。  そうこうしている内に仮縫いの確認が終わったえむと寧々が舞台裏から出てくる。類と付き合いが長い寧々や、思っていることを包み隠さず口に出す性格のえむならば、きっと類を傷付けずズボンの着替えを促してくれるだろうと安心した司だったが、二人は類のその衣装に一言も言及する事無く淡々と打ち合わせを済ませていった。 (類頼むっ……! その姿は俺の目に毒なんだ!!) 「……気付いててやってるでしょ?」 「何のことかな」  そう言って類は楽しそうに笑う。先程から動く度に司が赤くなったり青くなったりする様子が類には楽しくて仕方が無かったのだ。  司の懸念は杞憂で、見えないだけで裾と膝の辺りはしっかりと細い糸で留められていた。  司がどんな言葉をかけてくるか楽しみにしていた類だったが、ただちらちらと視線を送るだけで何かを言おうとはして来ない。それでいてずっとズボンにだけ視線を向けているのは誤解を生みかねないのに、と思いながらばみりが剥がれかけている事に気付いた類は片膝を立ててその場に屈み込む。  ぷつり  膝の辺りを仮止めしていた糸が、屈み込んだ事で切れた。途端に後ろ身頃は重力に従い下方へと落ちる。 「……!!」  類の同行だけを注視していた司は、はらりと見えた類の裏腿に台本を投げ捨て何処かに駆け出す。 「あれあれ〜? 司くんどっか行っちゃったよおー!」 「えむくんそれはね、『知らぬが仏』だよ」 「……ほんと、サイテー」

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