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【高嶺の花と義弟と書記】01
「・・・ん、」
目が覚めると、いつもと違った光景が視界に広がった。
ーーここは、朝日の部屋、ではない。
あれ、昨日俺は確か、生徒会室に行って・・、その後は・、
「あ、兄さん・・!起きた?」
ーーこの声は。
バッと振り向くと、ベッドの縁に腰かけこちらを覗き込む、俺の義弟である、弥生がいたのだ。
「・・や、・・よい?」
「大丈夫?!・・・っクソ、アイツ兄さんに好き勝手やりやがって・・」
なんだかぶつぶつ言っているが、どうしたんだろうか。そもそも、なぜ弥生がいるんだ。ここは、弥生の部屋なのか?
弥生といえば、入学してきた当初はよく話していたが、だんだんと俺への態度が冷たくなり、気付けば全く話さなくなっていたのだ。俺のことが嫌いになったと思っていたが、今の状況を考えるとそうではないらしい。
ーーじゃあ一体、何で俺を避けていたのか。なぜ今になって接触してきたのか、頭が混乱しそうだった。
状況を確認する為に起き上がろうとすると、寝起きの体がふらついてしまうのだ。
「ちょ、兄さん!まだ横になってた方がいいよ・・!」
すると、ふらついた俺を弥生が抱き留めると、再びベッドに優しく寝かされるのだ。
「・・色々聞きたいことあるんだろうけど、学校行ってから説明するから。昨日の今日で、色々あったでしょ?混乱すると思うから・・」
ーー瞬間、昨日あったことを思い出し、一気に肩が震えた。
生徒会室で類に捉えられ、襲われた。
生徒会室に侵入したんだ、あんな体を一回差し出すくらいでは、おそらく済むはずがないだろう。これから俺はどうなってしまうのか。
それに、始まりこそ脅されて無理やりではあったが、最後のなんて誰がどう見ても和姦だ。
体に今でも残っている類の感触を、消し去ってしまいたくて仕方がない。こんな体では朝日に顔向けできるわけがない。
ーーそれでも、朝日、朝日に会いたい。
「・・なあ、弥生、ちょっと会いたい奴がいるんだけど。・・俺と連絡取れなくて焦ってると思うんだ。せめて、顔だけでも見せておきたい」
「それは、いいけど・・。まだ早いしもう少し横になってたほうがいいよ。その人のところには、学校に行く前に行こう?」
「・・ああ、そうだな・・・。分かった」
スマホで朝日に連絡だけ入れておくと、安堵の返信がすぐに来たのだ。
こんな朝方まで、俺を心配して起きていてくれてたのかと、申し訳なさでいっぱいだった。
朝日からの返信がくると、安心したのか体の力が抜け、俺は再び眠りについた。
「・・・ん、」
なんだか包まれている様な体の圧迫感を感じ、ゆっくりと目を開く。寝起きのぼんやりとした視界で、ゆっくりと目の焦点を合わせる。
すると、そこには先ほど起きた時と同じ光景が広がっていた。
それを考えると、このずしっとした体の重さは背後から・・・?もぞもぞと体を動かし、ちらっと後ろを見ると、弥生が俺を抱き締めたまま寝息を立てていたのだ。
身長は俺より全然でかいが、こうして甘えているところを見ると、やはり弥生は弟だな、と思ってしまう。
弥生は俺の親父の再婚相手の連れ子で、後に両親は離婚した。離婚後に経営で成功を納めた弥生の母親のおかげで、俺と同じ学校に入学できたと、入学当初弥生はとても喜んでいたのだ。
なんだが一緒に住んでいたことを思い出し、もぞもぞと体を動かして、弥生と向き合う体勢になる。
優しく頭を撫でると、ぴくっと弥生の体が反応するのだ。
起こしてしまったか、と思い、撫でていた手を引っ込めようとすると、手をぱしっと掴まれるのだ。
「や、よい・・・?」
「・・ん、兄さん、おはよ」
手の平にちゅっと口付けられ、ぎゅううと抱き締められる。
弥生は一緒に住んでいた時から甘えん坊で、ずっと俺にくっついていたのだ。
両親が離婚してからも、ほぼ毎日連絡を取ったり、たまに一緒に遊びに行ったりもしていた。俺がこの学園に入学し、寮生活になってからは連絡はとれていたものの、一度も会えてなかったのだ。
寂しい思いをさせてしまっていた分、埋めてやりたい。弥生のたくましい背に手を回し、肩に顔を埋めると、弥生はぴくっと反応するのだ。
「・・・ね、兄さん、俺のこと、ずっと可愛い弟だと思ってる?」
「? そりゃそうだろ。凄く可愛い、自慢の弟だ」
「・・そっか。でも、俺にとっては、そうじゃないとしたら?」
「え・・・?」
「・・兄さんって、鈍感だよね」
鈍感?俺が?そんなわけがない。
「なあ、それってもしかしてーーー」
「・・学校遅刻するよ・・!兄さん、"友達"のところに行くんでしょ?」
なんだか無理やり会話を終わらせられた様な気がしないでもないが、部屋の時計を見ると、確かにそんな時間だった。
弥生とはまた後で話をしよう、と俺は学校に行く身支度を始めた。
ーーピンポーン
朝日の部屋のチャイムを鳴らすと、元々扉の前に待機していたのではないか、と思う様な勢いで、扉がガチャッと開くのだ。
扉を開けるやいなや、弥生がいることなどお構い無しに、勢いよく抱き締められるのだ。
「咲良・・っ、無事で、良かった・・。本当に、」
「ごめん・・、朝日、本当に、心配かけてごめん・・」
なんだか久々の様な朝日の感覚に、少しだけ涙が出ると、朝日は顔を上げるのだ。
「・・咲良、目が腫れてる。泣いたのか?何か、酷いことされたのか?」
すると、びくっと肩が震えた。
図星の様な様子の俺を見た朝日は、こちらをじっと見つめ、腫れている目をするっと指でなぞるのだ。
「悪い、昨日生徒会に見つかってさ・・。退学にはされなかったんだけど、これからどうなるか分からないんだ」
何で目が腫れているのか、詳細は伏せた。
そんな俺は、最低かもしれない。でも、言えるはずなんかなかった。朝日ではない奴と、あんなことをしたなんて。
「・・・ねえ、兄さんにくっつきすぎなんですけど。早く離れてもらえませんか、先輩」
「お前は・・・、1年の、」
「・・・」
弥生が朝日を睨むと、朝日はするっと手を離すのだ。
まだ一緒にいたい、そう思った俺はすかさず朝日に手を伸ばした。
「兄さん・・!もう行かないと、遅れちゃうよ・・!」
弥生の声に、伸ばした手をぴたっと止めた。
そうだ、俺は昨日、生徒会室に忍び込んだ侵入者だ。生徒会から何か言われるかも変わらない。早く学校に行き、弥生から状況を聞かなければならない。
しゅん、とする俺を見た朝日は、
「また学校でな、咲良」
と、優しく頭を撫でるのだ。
始終弥生の視線が痛かったが、朝日に撫でられると、不安が吹き飛んだ気がしたのだ。
また後で、と朝日に別れを告げると、弥生と共に学校へ向かった。
「兄さん、ちゃんと俺の傍にいてね?兄さんはほっとくとすぐ囲まれるんだから」
「いや、最近はそんなんでもないから大丈夫だって」
弥生に手を引かれながら人が多い校門を潜り、学校の入口へと向かう。
すると、少し離れた所から、なんだかとてつもない存在感を放った人物が、こちらに向かって来ている気がした。
ーーなぜだが、とても嫌な予感がした。
「咲良ちゃ~ん、体の調子どう~?」
ーーこのひょうひょうとした感じ、間違いない。今、最も顔を合わせたくない人物だ。
ファンに囲まれていた様だが、俺を見るやいなや、そのファン達を置き去りにし、手を振りながら、こちらに寄って来るのだ。
「・・類、先輩、」
「クソっ、アイツ・・・。兄さん、こっち来て」
「っえ、」
弥生はすかさず俺を背に隠すと、目の前にまで来た類を睨み、兄さんに近寄るな、と言わんばかりに、弥生より少し背が低い類を上から見下ろし威嚇するのだ。
そんな弥生を気にするでもない類。威嚇する弥生。
対峙する2人に板挟みされている様な状況の俺は、この場から逃げ出したくてたまらなかった。
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