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03
「朝日くん、咲良くんに近付かないでくれるかな?」
ーーその一言で、俺の平穏な日常は崩壊した。
咲良は美人で、いわゆる一目惚れだった。
高嶺の花と言われている咲良は、唯一の特待生でありながらも、その綺麗な容姿から入学した当初から有名で、周りから注目を集めていた。
いつも人に囲まれていて、特定の友人も沢山いるようだった。
俺も声を掛けに行きたかったが、いつも周りに人がいる咲良にはなかなか近付くことができず、話しかけることができないまま数ヶ月が過ぎてしまった。
話すチャンスを伺う為に、俺は咲良を見かける度に目で追っていた。すると、あることに気付いた。
日に日に咲良の周りから人が減っていっているのだ。日を追うごとにどんどん人が少なくなっていき、ついには一人でいることが当たり前になっていた。
疑問には思ったが、チャンスだと思った。それに、運までもが俺に味方してくれたようで、同じクラスになることもできた。
なぜか友人にはやめておけと止められたが、俺は相変わらず一人でいた咲良に、すかさず声を掛けにいった。
「なあ、昼飯一緒に食べないか?」
すると、窓際を向いていた咲良はこちらにゆっくりと顔を向けるのだ。
いつも遠目から見ていただけだったから、初めて近くで見る咲良の破壊力が凄かったのを、今でも覚えている。
肩に付くか付かないかくらいの絹の様な綺麗な黒髪、色白な肌、吸い込まれそうな大きくて綺麗な瞳。
その大きな瞳が俺の目をじっと捉えると、咲良は口を開くのだ。
「いや、いい」
・・・・・空いた口が塞がらないとはこのことだろう。
まさか、断られるとは思っていなかった。ずっと焦がれていた高嶺の花は、こんなにも冷たい人間なのかと、とてもショックを受けた。
そのあまりの冷たさから、ああ、だから周りにいた友達がいなくなってしまったのかと、その時の俺は思っていた。
そして、初めて咲良に声を掛けた日の放課後に廊下を歩いていると、思いもよらない人物に引き止められた。
振り向くと、生徒会長である那智、そしてその隣にはアイドルであり副会長である類が、やれやれとした表情で那智の少し後ろに立っていた。
「・・・え、俺、ですか?」
生徒会が俺に一体何の用だろうか。何かをやらかした記憶もないんだが。
すると、次に那智が放った言葉に、俺はまたしても空いた口が塞がらなくなるのだ。
「君、一年の朝日くん、だよね。単刀直入に言うけど・・・、咲良くんに近付かないでくれるかな」
「・・・・・はい?」
すると、俺の反応を見た那智はわざとらしくはあ、とため息を付くのだ。
「朝日くん、頭の良い君なら分かるはずだよ。これがどういう意味か」
いやいやいや、どういうことだよ。
なんだ、近付くなって。
「えーっと・・・、那智先輩は、咲良くんと付き合ってるってことですか?」
「まあ、いずれはそうなるね」
い、いずれ・・・?
ますます訳が分からないが、とりあえず何を言っているかは分かった。
生徒会長の命令なんだから黙って従え、ということだろう。いやいやいや、そんな無茶苦茶な・・・。
「ま、そういうことだから。・・・じゃあ、失礼するよ」
すると、きびすを返した那智と類は、その場を後にした。
この学校の生徒会はかなり特殊ではあるが、まさか、ここまで横暴だとは・・・。というか、これを咲良に声をかけた俺以外の奴全員にも言っているということなのだろうか。
だから、咲良は今一人なのか?
・・・生徒会長なんて、俺には関係ない。明日、もう一度咲良に声を掛けてみよう。
ーーこの出来事が、俺の日常が崩れるきっかけになることを、この時の俺はまだ知らない。
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