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「咲良、俺の事嫌いじゃないよね?なら、少し考えてみて欲しい。返事はすぐじゃなくていいからさ」 「俺、朝日みたいに咲良のこと放置しないから。ずっと一緒にいてあげるし」 「·············あ、ああ··········。考えてみるよ」  ーー確かに椎名は、気は合うしノリも良いし、良い奴ではある。普通の奴だったら二つ返事で付き合うだろう。  だが、俺は違う。またいつ生徒会の奴らが絡んでくるか分からないし、本当は椎名と友達でいるだけでも危ういのだ。本当にこいつのことを思うなら、傍にはいない方がいい。  それは分かっている。だが、離れ難いと思う俺もいるのだ。  ーー少しだけ、もう少しだけ、椎名の傍にいたいと思った。  あれからお泊まりを続行した俺達は、初めと同じようにゲームや雑談をして、週末を共に過ごした。  椎名はあれ以降手を出してくることはなく、そういうところは誠実で真面目な奴だと思った。 ***  休み明け、椎名の部屋から共に学校へ向かった。  学校に着いて早々、椎名は教師に呼び出された。クラスの委員長である椎名は、何かと教師に頼まれることが多いらしい。  そして俺は廊下の壁に寄りかかり、椎名が戻るのを待っていた。そういえば今日小テストがあったなと、考え事をしていた時だった。 「ーーあっれ~?咲良ちゃんじゃん。奇遇だねえ、こんなところで」  聞き慣れた声にまさかと思い振り向いたと同時、がしっと肩に腕を回されると、ぐっと顔を寄せられるのだ。 「っ·····!··········る、い、せんぱい·····、」 「ね、随分と元気そうじゃない?この間会った時はなーんか暗い顔してたのにねえ」 「まあこの間って言っても、最後に会ったのもう結構前だよね。咲良ちゃん最近、新しいカレシに夢中みたいだし?」  ちらっと職員室に目を向けた類は「ね?」と俺に視線を戻すと、にっこりと作ったような笑顔を向けるのだ。  上手く、類と目を合わせられない。椎名と体を重ねたことは類には関係ない。そんなことは分かってはいる。  なのに、最近俺のところに来なかったくせして、このタイミングで現れるのは正直、タイミングが良すぎるのだ。 「椎名は、そんなんじゃないから」 「·····へーえ?··········じゃあさ、久々に俺の相手もしてよ」 「ーーーえ、」 「お待たせ咲良。先生話長くってさーーーって、あれ··········?」  職員室の扉を開けると、待っているはずの咲良の姿がなかった。  どこに行ったんだろうか。咲良を探してきょろきょろと辺りを見渡していた時だった。 「ーー椎名くん。なにか探し物かな?」  後ろから投げかけられる声に、なにやら聞き覚えがあった。  振り返ると、以前咲良のことで揉めた那智がそこにいたのだ。 「君の探しているものの場所、知ってるよ。案内してあげようか?」  そんな那智は口元に手を当て、不敵に微笑んでいた。  ーー生徒会。  こいつらのことはあまり好きでは無い。  ことある事に咲良を呼び出しては連れ回している、気に食わない奴らだ。こんな奴の手を借りるなどもってのほかだ。 「·····結構です。自分で探すんで」 「じゃ、失礼します」  この場から去ろうと背を向けると、 「ーーー君が見つける頃にはもう、咲良は手遅れだと思うよ」 と、背後から声を投げかけられるのだ。 「··········手遅れって、どういう·····」 「·····まあ、付いて来るかは君の自由だ。好きにするといい」  すると那智は背を向け、教室とは逆方向へと歩みを進めた。  手遅れとは、どういうことなのだろうか。まさか、何かに巻き込まれてるとか。それならば、咲良の居場所を知っているという那智も、それに関わっているということなのだろうか。  どの道、こいつについて行かないと何もわからない、ということには間違いないだろう。  すでに目的地へと向かっているであろう那智の背を仕方なく追いかけ、少し距離を取って後ろを着いて歩くと、後方を歩く俺をちらっと見た那智は「君も可哀想にね」と、嘲笑気味に呟くのだ。  その言葉の真意は分からないが、どういうことかと聞き返そうとはしなかった。  今まで疑問に思わなかったわけではない。朝日と別れ、生徒会から追放された理由を。そして追放されたはずの生徒会からたびたび呼び出され、一体何をしているのかを。  だが咲良にも事情があるのだろうと、今まで踏み込まずに、深入りはしなかったのだ。  那智はある扉の前で足を止めた。空き教室だろうか。 「開けてごらん」  そして那智に促され、扉に手を伸ばした時だった。 『ーーっああ·····ッ』  すると中から漏れ聞こえてくる甘い嬌声に、伸ばした手がとまった。  ーー嘘だろ、今のは、まさか··············、  ーーバンッッ  勢いよく開けた扉の奥の光景に、俺は言葉を失った。  そして、今だから思う。俺は咲良から目を離すべきではなかった、と。

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