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「え~、咲良ちゃん、そんなに椎名くんのこと好きなの?でもどうせそれも嘘でしょ?俺らにも散々好き好き言ってたもんねえ」 「その気もないのにそうやって気ぃ持たせたら駄目だって。だからみーんな勘違いしちゃうんだからさ」 「··········おい、」  類に何の話だとでも言いた気な椎名を見た類は、「あー·····、可哀想だから椎名くんに教えてあげるね」と首を振る俺を横目に、椎名にふっと鼻で笑うのだ。 「·····この子、こーんな可愛い顔してとんでもなく浮気性でさ、朝日くんと付き合ってたのに俺ら全員にも好きだなんだ言いながら股開いてたんだよ?」 「·················は、?」  すると、押さえ付けてくる那智に未だ抵抗していた椎名の動きがピタッと止まった。  そんな椎名の反応を見る類は「あ、やっぱなにも知らないんだね、君」と笑った。 「俺らがしょっちゅう咲良ちゃん呼び出してんのは、俺らに気ぃ持たせてたお仕置きだよ」 「そ、れ·····って、まさか··········、」 「うん。セックス」  椎名の問いに対してさらりと返答する類に、椎名は言葉を失っていた。その瞳にはもはや色はなかった。 「でさあ、この子ともう何回もヤってんだけど、未だおしりの締まりいいんだよねえ。椎名くんもヤらせてもらった時、めちゃくちゃ気持ち良かったでしょ」 「この子いっぱい喘いでくれるしさ、もしかしたら俺のこと好きなのかもって思っちゃうよねえ」  その気持ち分かるなあ、と類は椎名を見下ろしながらにやっと笑った。  すると椎名は少し何か考えた後に、なあ咲良と覇気のない瞳で俺を見つめるのだ 「········初めて話した時、泣いてたよね·····。本当はそいつらの相手すんの、嫌なんでしょ·····?」  そうだよね、と力の入っていない目で訴えられると、椎名に対して何も言えない俺に、「咲良ちゃん、分かってるよね」と類は耳打ちするのだ。  今まで類の口から聞いたことのないくらい、その声は低かった。俺はこんな状況でありながらも、一瞬で類の言葉の意味が分かってしまった。  そして俺は涙をぐっと堪えて感情を殺し、冷たく椎名を見下ろした。 「········椎名さあ、なに勘違いしてるか分かんないけど、ぬるいんだよお前のセックス」 「たまには味変したくてお前とヤってみたけどさ、喘ぐ演技だけで疲れるわけ。俺、お前よりこいつらとヤるの好きなんだわ。·····もうさ、俺の邪魔しないでくれる?」  そんな俺の言葉に椎名は目を見開くと、その瞳から徐々に光は消えていった。  「わ、キッツ」と類が呟くと、狭い空き教室に少しの間沈黙が流れた。  すると椎名は「どいてもらっていいですか」と、自身を押さえ付けている那智に静かに目を向けた。  そんな那智は類をちらっと見やると、類はいいんじゃない?とでも言うかのようにこくんと頷くのだ。  那智が椎名の上から退くと、立ち上がった椎名はゆっくりとこちらに近付いてくるのだ。俺の目の前まで来ると、ピタッと足音が止まった。  そして、黒い影にふっと顔を覆われた時、バチン!と衝撃と共に頬に鋭い痛みが走った。じわじわとした痛みが頬に広がり、恐る恐る叩かれた肌を手のひらで覆った。  すると、上から低い声が降ってくるのだ。 「·····よく、分かったよ。お前といられて楽しかったのは、俺だけだったってことがさ」 「お前が········、そんな奴だと思わなかった」  そう震える声で俺を見下ろす椎名の目は赤く染まり、潤んでいた。 「···············あ、」  背を向け入口へと歩みを進める椎名に思わず手を伸ばすが、俺の声が届くことはなく、伸ばした手の奥で扉がバタンと音を立てて閉まった。

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