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第1話

 同棲して三年、最近レス気味の俺達に年下の恋人から突然提案された一言から事は始まる。 「あ~~~……のさ、ちょっと話があるんだけど……」  いつものように俺、高橋郁哉は持ち帰っていた仕事をリビングのテーブルに置いたノートパソコンで片付けていた時に、幼馴染みで四つ年下の恋人、山﨑遼平の台詞で手を止める。  言いにくそうにしている遼平の態度で、俺は一瞬にして、あぁ、この時がきてしまったのか……。と心の中で神様に両手を組んでいた。 「何、改まって……? 怖ぇ~んだけど……」  同棲して三年だが、付き合った期間を含めると五年。遼平が高校生の時から付き合っていて、俺が社会人になる時に一緒に暮らし始めた。幼馴染みという事もあり、遼平の両親も俺と一緒に住む事に対してさほど何も思う事無く了承してくれて……、結構スムーズに同棲がスタート。  最初の頃はそりゃもう楽しくて、慣れない仕事に悪戦苦闘しながらも、家に帰れば遼平が居ると思えば頑張れたし若い遼平の性欲にもついていけてたんだけど……。  段々仕事にも慣れて、この生活リズムにも慣れてくると遼平が居るのが当たり前になって、家族みたいな存在? って言えば良いのか……。勿論、遼平の事は好きだから一緒に暮らしてるんだし、俺からその……別れを切り出すとかは考えた事も無いワケで……。  ケド、遼平は? って考えた時に……ちょっとゾッとしたよね。  先週、やっと仕事の繁忙期が終わって、久し振りに一人で友達が経営している飲み屋に顔を出した時に、そんな事を彼女から言われてドキリとした事を思い出す。 『仕事にかこつけて恋人を蔑ろにすると、他で素敵な人を見つけちゃうかもね♡』  この彼女は俺と大学が同期の奴で、大学の時から何かと相談に乗ってもらっている奴だ。だから遼平の事も知ってるし、俺達がそういう関係だっていうのも理解している。  社長の彼氏にお強請りして飲み屋をしてる一見オットリした感じの負けん気が強い奴。誰に対してもズバズバ言うから好き嫌いがハッキリ別れるタイプで、俺は嫌いじゃない。 『え!? …………、イヤイヤ俺達は大丈夫だろ』  その時も一緒に来てない遼平の事を気にして、面白がって脅してるんだと……。冗談言うなよ。なんて返した俺に 『アンタから色々聞くけど、私ならそんな彼氏嫌だわ~。キープしてて他に良い人見付けたらすぐに切るわね』  …………………。  言われて俺は、一抹の不安が過ぎる。  本当に最近ゆっくり遼平と会話したのはいつだった? とか、一緒に出掛けた記憶も最近のは全く思い出せないとか……。  え? 俺等って最後いつセックスしたっけ? 『アンタ……本当、遼平君が可哀想過ぎるわ……。久し振りに仕事が一段落しても、恋人放っといて飲みに来るとか……』  追い打ちをかけてくる友達の台詞を聞きながら、俺の顔は赤から青に変わる。  仕事が慣れてくると、一人で任される事も多くなって……、それに伴って遼平を構う回数も少なくなった。それでも最初は俺なりに、誘われれば受けてたけど……、それも段々とフェラになって、最近じゃお互いのを抜き合うだけになってた気が……。  先日までは繁忙期プラス、プロジェクトチームに参加してた事もあり、家の事まで遼平に頼りっきりで……。  えっ? ……俺、マジでヤバいかも……。 『やっと自覚した?アンタ、マジでヤバいわよ』  走馬灯のように友達に言われた一言が蘇って、俺はゴクリと喉を鳴らす。  テーブルを挟んで俺の真正面に静かに遼平は座ると、言い辛い事があるのかモジモジしている。  あぁ……、止めてくれ。そんな顔を俺に向けるんじゃ無い。  繁忙期が終わって、家の事は協力出来てただろ? ゴミ出しとか。……まぁ、たまに出し忘れて遼平に出して貰ってたけど……。  洗濯とかさ。……干しっぱなしで寝こけてて、遼平が取り込んでくれたり……。  あ、食べ終わった後の食器洗い……、何枚か皿、割ったな。  思い返してみて余計に遼平の負担が増えた事を思い出すと、俺はガクリと項垂れる。 「ちょ……、どした? いきなり項垂れて」  俺が項垂れてパソコンに額をくっつけそうな勢いに、遼平は途端に心配そうな声を上げるが、俺はそのままの状態で 「イヤ……、何でも無い」  ………………。そうだ、言うなら早い事言ってくれ!こんな状態をずっとは俺のメンタルが保たないっ!  遼平に呟いて先を促す。  早く言ってもらって終わらせたい。もし、遼平が別れ話をしたとしても、終わらせなければ良いだけだ。なんて、自分勝手な気持ちが持ち上がる。  何も言わない遼平に、俺は顔を微かに上げてチラリと上目遣いに髪の隙間から覗き込むと、少しだけ困ったような表情で俺を見ている遼平の顔があり、ドキリとしてしまう。  その顔……。そんな顔、俺がさせてるのか?  途端にツキンと傷んだ心臓に、俺は膝に置いていた手をギュッと握り込むと 「何だよ……話って……」  あぁッ、あぁ~~……。自分から聞いてしまったッ! コレもう逃げられないやつッ!  自分で自分の顔をビンタしたい衝動に駆られるが、グッと堪えて遼平の言葉を待っていると  コトッ。  テーブルの上にスマホを置いて、遼平はそれを俺の方へスッと差し出す。 「あの……さ、コレ……試してみないか?」  差し出されたスマホの画面が明るく光っていて、俺はズイッと身を乗り出し画面を覗き込むと 『マンネリになってしまったカップルにオススメ! ポリネシアンセックスの手引き♡』 「……………、ポリネシアンセックス?」  聞いた事も無い言葉を呟く俺に、遼平は途端に喋り始める。 「イヤ、ホラさ……、最近郁哉とゆっくり出来てね~なと思って……。俺なりに色々考えたんだけど、たまたまネットサーフィンしてる時に……コレが目に付いてさ……」  ん? まぁ、二人でゆっくりは出来てなかったな……。主に俺が飲みに行ったりとかしてたし……、誘われても言い訳ばっかして断ってたし、な。  別れ話じゃ無い事が解って、俺は安堵に細く長い溜め息を遼平に気付かれないように吐き出し 「……、まぁ最近は出来て無かったよな、ゆっくり……」 「だろ? ……だからまぁ、良い機会かなって思って……どう?」  遼平はお伺いを立てるように聞いてくるが、それがまるで構って欲しい大型犬に見える。ケモ耳ペターンなのに、尻尾ブンブン振り回してるように見えるのは俺だけか? それに、グッ……、その顔に俺が弱い事知ってんだろッ! あざと可愛い上目遣いをするんじゃありません!!  遼平は俺よりもデカい体格をしている立派な男だ。付き合い始めた高校生の時は、まだ俺の方が身長的には大きかったものの、途中から入部したバスケを始めてからグングン伸びてアッサリ追い越されてしまったし、毎日のように筋トレも欠かさないので体格も普通に遼平の方が大きい。  大学生の今も部活はバスケ部で、よくモテているのかバレンタインの時とかはえげつない程のチョコを持って帰ってくる。  一応、お付き合いしている相手はいると言っているらしいが……。  性格も明るく大らかで、俺がおっちょこちょいのドジで抜けてる所があるから、よく遼平に迷惑をかけるが、怒られたり嫌味を言われた事は無い。  何でも『イイヨ』って言ってくれるケド、締めるとこはキッチリ締めるし、セックスの時は……滅茶苦茶雄って感じで……。 「まぁ……ケド、そのポリネ、シアン? ナンチャラって知らないし……どういう感じのヤツ?」 「だよな……で、郁哉に聞きたい事があるんだけど」 「何だよ……」  そのポリネシアンナンチャラをする事とは別に、まだ俺に言いたい事があったのか? と、俺は身構える。すると、そんな俺の反応に遼平は少し苦笑いする感じで 「イヤイヤ、普通に今週は土日休みなのかなって聞きたいだけ」 「あ……休み? まぁ、繁忙期は過ぎたからな普通に土日休みだけど?」 「そっか、なら大丈夫」 「何が大丈夫なんだ?」  遼平の真意が掴めず聞き返した俺に、遼平はスマホをトントンと指で叩きながら 「コレさ、五日目まではセックス出来ないんだよね」 「……は?」  遼平の台詞に、トントンと叩かれているスマホの画面を俺はもう一度覗き込む。そこには 『一日目から4日目まではお互いの体を愛撫するだけに留め、最大限快感のメーターを高めておきましょう!』  なんて文言が書かれている。 「四日間は愛撫だけ……」  ボソリと呟いた俺の言葉に 「しかもその間は性器に触れられないって」 「え? ……無理だろ……」  素直に言った俺に、クスリと笑った遼平に視線を向けると、どこか嬉しそうな顔とぶつかる。 「何だよ……その顔……」 「イヤ、無理なんだと思って……」  呟かれたが、返す言葉が見付からず黙った俺に遼平はニンマリ顔のまま 「じゃぁ、明日から始めて土曜にするって事で良い?」  と確認をとってくる。  今日は月曜日。火曜の明日から始めて、セックスするのは土曜という事になる。 「まぁ……問題無いけど……」  了承するが、果たして上手くいくのか? という不安も心の中ではあった。

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