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左遷太守と不遜補佐・8

「……はい。では支度をして参りますので、太守さまはお着替えを」 「着替え?」 戸の側に吊るされた木の鈴を涼やかに鳴らすと、女官が二人そろって、綺麗な色をした包みを恭しく抱え入室した。 「太守さまの官服でございますよ」 「……へ? か、官服? 俺が?」 いままでそういうものとは無縁だったからだろう。赤伯は猫のような目を丸くしている。 「ええ。あなたは太守さまですから。その威を、きちんと纏っていただかなくては」 お手伝いさせていただきます。 頭を下げる女官らが包みを解き、官服を広げたかと思えば、赤伯の衣服に手を伸ばした―― 「では、あとは頼みましたよ。またのちほど」 「ちょっ、待て待て待て! 青明! 待ってくれええ!」 その声に振り返れば、赤伯は必死の形相で自身を抱きぼろ布を守っていた。まるで追い剥ぎに遭遇したようだが……また少し異なる様相が浮かんでいる。まさか、彼は――ほんの少しの悪戯心が、青明の胸中に芽吹いた。 丁度いい、蒲公英の仕返しに、これくらいなら可愛いものだろう。 「どう、されたのですか?」 あえてゆっくりと、赤伯の様子を問う。 「か、官服って絶対に着なきゃいけないもんなのか? 俺、訓練着の方が動きやすいんだけどっ」 「それはなりません。その身分、地位、威光を身に纏うことも大切な職務でごさまいますよ。民との違いを身に示す。まずはそこを弁えてこそ、です」 赤伯の言い分をすっぱり切り捨てると、くるりと戸の方へ背を向ける。そしてまた、響く焦り声。 「あっ、待て! 分かったよ! 着る! 着るけど!」 「一体なんですか、騒々しい」 「あのさ……じ、自分で着替えるのは、駄目、か?」 「…………ご自分で、着付けられるのですか? 初めての、官服を」 青明は一層発言に抑揚を付けながら、赤伯をやや冷めた目で見やった。しかしそれは先ほどまでとは違い、本心からのものではない。 「ふう…………まったく……あれやこれやと、世話の焼けるお方ですね」 唇の中に笑みを隠しながら青明は茶器を女官へ手渡した。 「下がって結構。わたしが代わりましょう。……あなた方は件の準備に合流しなさい」 「はい、青明さま」 その言葉に従って、若い女官たちは静かに礼をして去っていく。気のせいか、彼女たちもどこか安堵した様子ではあった。

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