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左遷太守と不遜補佐・26
「うわ、二人乗りは……さすがにきつかったかな」
「急に文官の部屋へ飛び込んで来たかと思えば、こんな馬に乗せられて……わたしは、これでもつまらぬ書簡整理に忙しいのですよ」
人さらいのように太守館を飛び出した赤伯は、適当に馬を走らせる。
馬のたてがみ側に青明を座らせ、背後から手綱を握るのはもちろん赤伯だった。
「……あまり離れたところに行かれると、馬の負担になりますよ。わたしは重いのですから」
ちくちくと言葉で刺してくる青明だが、それも寂しさの裏返しと、うぬぼれてもいいのだろうか。
「あのさ……」
馬を立ち止まらせると、手綱を握りながら青明の肩に額を置いた。
「俺、太守異動になった」
「……さよう、ですか……」
太守と補佐の関係が外れ、更に異動ともなれば、いよいよ彼らが共に在る理由はなくなってしまうだろう。
「一緒に来てほしい」
「……えっ?」
青明がなんとか振り返ると、赤伯はいたって真摯な表情だった。
「『俺』を支えられるのは青明、お前だけなんだ」
「……しかし……」
「もちろん、異動先にも補佐はいると思うし、ここを離れれば俺はお前の太守サマじゃなくなる。……だったらそれでいいじゃないか!」
どこまで前向きなのか。
この訓練兵上がりの太守さまとやらは。
だがしかし、その人柄に心動かされなかった訳ではない。あれほど頑なに冷えていた心を、溶かしたのは彼だった。
「わたしで、お役に立てるのであれば」
「青明!」
「うわっ……!」
背後からぎゅうと抱きしめられて、青明はたてがみを掴んだ。
「これから、新しい俺たちが始まるんだな」
赤伯のどこまでも温かな言葉に、泣きそうになるのを堪え、青明は静かに頷いた。
遂に見つけたのだ、この人の前……それが、自分でいられる尊い場所。
と、青明がじんわりと胸の温かさを覚えたころ。
「あー……これは」
「なんですか」
太守の手が、元補佐の腹部を何やらまさぐっている。
「思ったより、ぽよぽよしてるんだな?」
その問いかけとほぼ同時に、乾いた音と楽しそうな悲鳴が、夕暮れの訪れ始めた都市をこだました。
左遷太守と不遜補佐 了
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