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左遷太守と不遜補佐・25

青明は太守館の一文官となり、二度と赤伯の前に姿を現わそうとはしなかった。 赤伯が執務室へ会いに行っても、拒絶するように、うまい具合に逃げられた。 くやしいことに、太守に補佐指名の権限はない。それは都合のいい人事とされ、不正であるという決まりであった。 補佐もまた世襲制をとっている場合がほとんどで、そちらも表向きは王が管理をしている。 ……ようやく、ようやく青明と手を取り合い、前へ進めたと思っていたのに。 「ねえ、君が直接、僕にお茶を飲ませてくれたら嬉しいのだけど?」 「わ、私は太守様のお茶をかえにきただけで、補佐様のためにきたわけでは……!」 新しい補佐は終日、女官や、下手をすれば若い男の文官にまで声をかけては色を振りまいていた。 書簡の分類や墨の交換も、今の赤伯はすべて自分でしていた。多少は不便であったが、それでも政策の土台は既に出来ているため、仕事が滞ってしまうことはない。 しかし何よりも、赤伯は――。 「寂しいよ、青明」 本来は補佐を伴う視察も、一人で執り行っている。 一人で農場へ赴き、民に声をかけ、また一人で太守館に戻る。なんて寂しい道程だろう。決して遊んでいる訳ではないが、たどたどしい蹄の音と、それをからかうと冷たくあしらう声がもう聞けないのかと思うと、張り合いがない。 「はあ……戻ったよ」 「おかえり~」 本日も、紫明は執務室に持ち込んだらしい長椅子に横になり、だらだらと過ごしている。 こんな姿が灰明の耳に入ったらどうなるのだろう、と一瞬過ったが、それこそ野暮だと、胸の奥底にしまい込んだ。 「あっ、そういえば左遷太守君に、これを渡すのを忘れていたよ」 「なんだ? 異国の土産じゃないだろうな」 「ん~……惜しい、かもしれないね?」 懐から巻物を取り出すと、突き出すように赤伯に差し出した……ところで、赤伯はその巻物を見て固まった。これは王室で使われている柄だ。 「えっ……?」 慌てて開き、その文字を追う。 「異動? ひと月後に、太守異動?」 「はは。君もよほど忙しいねえ」 紫明の声は耳に入っていないのか、机に巻物を放りだすと、赤伯は官服が乱れるのも構わずに走り出した。 「おやおや……王の勅命を、乱暴にするなんて。いけないな」 彼もまた赤伯の同行は気にもせず、巻物をきれいに整えると、それに一つ、口づけを落とした。 「ふふ、僕の弟も面白いことになりそうですよ……陛下」 囁く紫明の瞳は、楽し気に揺れていた。

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