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第1話 突然ですが長年の片思いに終止符を打とうと思っています。
「敦の作る料理、本当美味しいな」
南山旭は、目の前にあるアクアパッツァにフォークを伸ばした。
疲れている体に素材の自然なうまみが滲みわたる。
「旭にそう言われると嬉しいよ。俺、ビール飲むけど旭も飲むか?」
気分を良くした北尾敦は冷蔵庫に缶ビールを取りに行こうと立ち上がる。
「あぁ、酔わない程度に飲むよ」
ウエディングプランナーをしている旭は、担当していたお客様の結婚式が無事に終わり、その恒例のお疲れ会として同僚の敦の部屋で食事をしながら飲んでいた。
敦とはブライダルスクールで知り合って、もう7年の付き合いになる。
大学時代にバイトをしながらスクールに通っていた旭は、同じ境遇で同じ目標を持つ敦とすぐに打ち解けられた。
普段、考えすぎてしまうネガティブな思考の旭はポジティブな性格の敦に助けられる事が多く、就職活動の時は死にそうな顔をしていたところを何度も励ましてもらっていた。
無事に同じ式場に採用された時は二人して抱き合って喜んだ。
それから、お互い一人暮らしをする様になると時々こうしてお互いの家に行って手料理をご馳走になったり泊まったりしている。
そうしているうちに段々と旭は敦の事が好きになっていった。
しかし、敦は容姿端麗で社交的な為、交流範囲も広い。
恋人くらい居てもおかしくはないし、敦の恋愛対象に男性が含まれているのかも分からないため、ずっと告白せずにいたのだ。
そしてもし、今日恋人か気になる人がいるか聞いて居るのなら、この不毛な恋を諦めてしまおうと思っていた。
ビールの缶を持ってきた敦にお礼を言ってからプルタブを開ける。
目の前の料理と相俟ってアルコールを摂取する手がついつい進んでしまう。
「旭はいつも美味しそうに沢山食べてくれるから作り甲斐があるよ」
「毎日でも食べたいくらい美味しいからな。あぁ、毎日のようにこの料理食べれる人が羨ましいな」
少し酔っていた事もあり旭は普段は言えない本音を吐いた。
「旭だって毎日のように食べてるだろ」
料理を口に運びながら敦は目線を旭に向け、目尻を下げて微笑んだ。
長いまつ毛と茶色く透き通った目に、心臓が高鳴ってしまい、恥ずかしくなった旭は目を逸した。
(俺もって、やっぱり恋人いるのかな)
考えれば考えるほど胸が苦しくなっていく。
旭はビールを一口飲み覚悟を決めて敦に聞いた。
「なぁ、幸せってなんだと思う?」
いきなり恋人いるのかなんて聞いたら気持ちに気づかれてしまうと思い遠回しに探る。
旭があまりに真剣な面持ちだったからか敦は持っていたナイフとフォークを置き、手を止めた。
「なんだいきなり。何かあったのか?」
「大した事じゃないんだけど。俺さ、仕事も上手くいってるし結婚して幸せそうに喜ぶお客様の姿見てるだけで幸せだと思ってたんだよ。でも……」
「ふぅん。旭も結婚してみたくなったのか」
敦が目の前で手を組む。表情は変わらないが、目が少しばかり涙ぐんでいる気がした。
(俺の結婚式を想像して感動で涙ぐんでるのかな?本当いい奴だ)
「結婚ってより、恋人欲しいなって」
「気になる人はいるのか?」
「うん、まぁ……。敦はどうなんだよ」
自然に訊けた筈だと旭は息を呑んでテーブルの下で拳を握りながら返答を待った。
答えがどうであれ、後悔はしないと決めている。
敦は旭の方を真っ直ぐ見て答える。
「俺も気になる人ならいるけど」
旭は目を見開いた。全身から血の気が引いていく。
「そう」
自分でもそっけない返事をしたと思った。
(聞かなきゃよかった)
膝から崩れ落ちそうになり、胸の奥がザワザワする。気持ちに気づかれたくなくて目を逸らし、目の前にあったビールの残りを一気飲みした。
それを見ていた敦は思い出したようにいった。
「そういえば、新しく買ったワインあるんだった。飲むか?」
「飲む。でもこれ以上呑んだら帰れなくなるかもしれないな」
「明日休みだし、泊まっていけばいいだろ」
立ち上がって冷蔵庫にワインを取りに行く。
敦の背中を見ながら、旭はもうどうなってしまってもいいと思っていた。
「分かった。お言葉に甘えて泊まらせてもらうよ」
「ついでに食後のデザートにレモンシャーベットも食べるか?」
冷蔵庫を除いていた敦が振り返って聞いてくる。
「食べる。敦は本当、料理上手だな」
いつかこの料理も食べられ無くなるのかと胸をチクリとさせながら旭は笑顔で答えた。
敦は持ってきたワイングラスと白ワインのボトルを慣れた手つきでテーブル並べると椅子に座る。
「旭の喜ぶ顔が見たいからさ。ほら、先ワイン飲もう」
敦はワインのコルクを開けるとグラスに注いだ。
目の前のワイングラスに映った自分の顔を眺めながら、旭は考え事をしていた。
敦が気になる人と付き合ったら、この自分が座っている席にその人が座るのだろうか。そして、敦と幸せそうにワインを飲んでキスしてそのままセックスとかするのだろう。
もしも、敦が気になる人と結婚したらこういう風に二人きりでゆっくりお酒飲んだりもできなくなるのだろうか。
敦と自分以外の人が結ばれた時に、素直に祝える気がしない旭はどうすればいいのか分からなかった。
「何ボケっとしてるんだ。ほら乾杯」
旭はハッとして敦の方を向いた。いつも変わらない優しい表情をしていて安心するが、何も知らない敦に少し罪悪感で胸が痛む。
敦は目の前のワイングラスを持ち軽く上に上げて、旭のグラスに近づけた。
「あぁ。悪い。乾杯……って何に対して乾杯なんだ」
敦とまた目が合い、心臓が跳ねる。
「美味しい料理と二人の夜にとかどうだ?」
雄っ気の強い眼差しで見つめられ、旭の胸は高鳴るばかりだ。
(敦のこんな表情初めて見た。俺の事、からかってるのか?)
「二人の夜にって恋人じゃないんだから」
冗談言うなよと、旭は無理矢理笑った。
「そっか」
それにつられて敦も笑うと、二人同時にワイングラスに口を付けた。
「このワイン美味しいな」
旭はグラスに残っていたワインを、ジュースのように飲み干した。
「良かった。でも度数高いらしいから気をつけろよ」
敦は少しずつワインを口に含みながら、旭にやんわりと注意する。
「今日は泊まるし酔っても平気だろ。早く飲まないと敦の分まで飲んじゃうぞ」
旭は白ワインのボトルを持つと、ワイングラスに注いだ。
敦は呆れながらそれを見ている。
「全く、しょうがないな。どうなっても知らないからな」
「美味しい酒飲んでどうにかなるなら俺は構わないけど」
本心だった。今の旭は酒の力でも借りないと、どうにかなってしまいそうだった。
そして、明日になったら敦に対する思いを忘れてすごそうと決めていた。
注いだ白ワインを半分まで一気に飲み干す。
こんな無茶な飲み方をしたのは初めてだなと思いながらもう半分を飲み干し、意識をもうろうとさせた。
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