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第8話 お仕置き

 日暮れと共に、街の空気が、喧騒の質が変わる。  欲望を濃く映したようなネオンが街を照らし出す。  そんな街に、ぽつぽつと雨が降り始めていた。  日は沈んでも湿度は変わらない。残る熱気は雨くらいでは冷めることなく、夜を過熱させていく。  薄く烟る闇に、彷徨う数多の欲を映したような極彩色のネオンが浮かぶ。  賑わう街を尻目に、傘も差さず、ユーシーは報告に向かう。  歓楽街のはずれのマンションに着くと、迷わずエントランスを進んでエレベーターに乗り込み、ジンの部屋に向かう。  呼び鈴を押すと、間も無くジンが姿を見せた。 「入れ」  リビングに通される。早い時間だというのに、ジンの姿があるだけだった。いつもなら部下が一人二人はいるのだが、今日はその姿は見当たらなかった。 「珍しいね、ジンだけ?」  客用のソファに座ったユーシーは部屋を見回す。 「ちょうど飯の時間なんだよ」 「ふぅん」 「仕事、終わったんだろ。今朝、うちのやつが見つけた」 「そっか」 「遅かったな」 「うん、ちょっと」  ジンが何か言いたげにユーシーを見た。この程度の誤魔化しが通用しないのはわかっていた。 「ナンパされたんだよ。食事でもどうですか、って。今回は獲物がなかったから、いいかなって」 「わかった、それは咎めねーよ」  ジンは淡々とキャビネットから封筒を取り出した。 「今回の分だ。よくやったな。レイさんからのボーナス付きだ」  差し出された封筒は二つ。言われた通り、入っている金額はいつもより多い。  レイはジンの上役でこの辺りを仕切る組織の幹部だ。ユーシーも何度も会ったことがある。  中身を確認してポケットにしまう。 「ありがと。……なぁジン、昨日、ナンパされた奴に一千万で僕のところに来てって言われた」 「はぁ? 何の冗談だ?」  ジンが眉を顰めた。そういう反応をされるだろうと思っていたユーシーは肩を竦めてみせた。 「さぁ」 「金は貰ったのか?」 「もらった。部屋に置いてきた」  ジンのあからさまな溜め息が聞こえた。 「仕事でもなく一千万出す奴なんて聞いたことねーぞ。何処のどいつだ?」 「さぁ」 「お前なぁ。どこで会った? あのオンボロホテルの近くか?」 「あそこから大通りに出る手前くらい」 「じゃあ、まあ、観光客か。それにしたって、どんな富豪だよ。一千万だろ」  殺しですら、そうそうそんな金額の仕事はない。そんな金額が動く仕事があるとすれば、組織のトップを殺せだとか組織一つ潰せだとか、そんなレベルだろう。スカウトするにもそんな金額を出すとは考えられない。  ましてや殺し屋を身請けしようとする奴なんて聞いたことがない。ストリートチルドレンあがりのチンピラみたいな奴を好き好んで囲い込む奴がいるのか。  ユーシーが考えたことは、おそらくジンも考えている。 「上がる気になったか?」 「わかんねー」  マフィアは一度入ったら簡単に抜けられないことを、ジンもユーシーもわかっている。  ジンはユーシーをマフィアには近付けたくなかったため、あくまで外注というスタンスのようだが、それでも浅い付き合いではない。  殺しの仕事は、ジンの組織からの依頼が大部分で、時折噂を聞きつけた他所の組織からの依頼があるくらいだった。  ユーシー自身、まだどうしたいのか決めかねていた。  一千万という金額は魅力だが、誰かのものになるということがまだ感覚としてわからないでいた。  セックスだけすればいいのか、他のことも求められるのか、わからないせいもある。  売られたことは何度もあるが、代金が自分のものになったことは一度もない。  一千万という金額も、いまいちピンときていなかった。  欲しいものがあるわけでもない。  今の生活に、特段不満もなかった。 「そいつの名前は聞いたか?」 「ルイって言ってた」  連絡先はボストンバッグと一緒に部屋に置いてきてしまった。わかるのはルイという名前くらいだ。 「ったく、お前なぁ、他所のところの奴だったらどうする気だ?」 「白人だし、ビジネスマンぽかったから大丈夫だろ」 「バーカ、最近じゃこの辺りも欧米の奴らが出入りしてんだ。油断すんなよ」 「そうなの?」 「そうだよ。石油王ルーが来てるって噂だ」 「石油王ルーね。実在すんの?」 「実在するから来てるって噂が出てくるんだろ」  このところ、その名前はジンから定期的に聞かされていた。  潤沢なオイルマネーであちこちのマフィアと手を組んでいるという噂の、石油王ルー。  その石油王が香港マフィアに目をつけたという話がまことしやかに囁かれるようになったのがここひと月くらいのこと。 「どこの組織と組むか、どこを潰すか、考えてるんだろうよ」 「ふうん」 「気をつけろよ。外の連中は何するかわからねぇからな」 「ここの連中だって何するかわかんねーじゃん」 「はは、違いねーな」  ジンは声を上げて笑った。 「この件はレイさんに話しておく。次の仕事が決まったらまた連絡するから、しばらくゆっくりしてろ」 「え、もう終わり?」 「報酬は渡しただろ」 「……しねえの?」 「しねえよ。昨日やってきたんだろ。それにあと三十分もしたら部下が帰ってくる」 「なあ、十五分でいいから」 「絶対終わらねーだろ。帰れ」  追い払うような手振りをされ、ユーシーは不服そうな顔をした。 「なあ、ジン」 「今日は機嫌が悪い」 「いいよ、酷くしても」  ユーシーの耳に届いたのはジンの忌々しげな舌打ちだった。 「そういう問題じゃねえ。あんまり煽るな」 「してよ」 「ベッド貸してやるから一人でしろ」 「やだよ。ジンがいい」  盛大なため息が聞こえた。よく知っている。折れたときのジンがつく、参ったよのため息だった。 「……来い」  渋々、といった声色だった。ジンはポケットからスマートフォンを取り出す。何か操作をして、また胸ポケットにしまった。  いつも通りバスルームで清められ、後ろの準備をされる。  ジンがいつものように指用コンドームをつけた。  パチ、と伸縮性のある素材を弾く音がする。 「何回した? トロトロじゃねえか」  ジンの中指が綻んだ蕾を撫でる。ローションを纏わせた指先を埋めては抜いてを繰り返すと、解れきった蕾は誘うようにジンの指にしゃぶりついた。 「っあ」 「熱いな」  ゆっくりと、ジンが指を出し入れする。 「ジン、やだ、はやくしろって」 「駄目だ、何回したか言え」 「なんだよ」 「酷くしていいって言ったのはお前だろ」  ただでさえ石油王ルーの話で神経を尖らせているところにこの話だ。機嫌を損ねても仕方ないとは思う。 「しょーがねーだろ」  そうでも言わなければジンはしてくれそうになかった。マフィアのくせに、ジンは堅物でルールに忠実な常識人だ。 「じゃあやめるか」  そう言うくせにやめるつもりのないジンの指が無遠慮に前立腺を抉った。ユーシーは喉を引き攣らせ、身体を捩る。 「っひ、ぁ、や、覚えて、ねぇ、って」 「そんな回数もわかんねーくらいしたのか?」  指を増やして前立腺を捏ねられると、最早回数を答えるどころではなかった。  勝手に腰が跳ねる。  口から漏れ出るのは言葉の体をなさない甘い喘ぎばかりで、ジンはそれを聞きながら楽しげに笑っている。 「わかん、ねー、っく、多分、四回、とか」 「そんだけして、まだしてぇのかよ」 「だって、ジンの、奥、気持ちい、から」 「ったく、お前、あんま煽んなって」 「は、ぁう」 「気持ちいいなぁ、シャオユー」  目を細めたジンが唇を舐める。その仕草に、ユーシーの背をぞくりと甘い痺れが駆け上がった。 「ジン、なぁ、おく……」  ユーシーの手が、ジンのシャツを掴む。 「ダメだ」  ジンはバスタオルにユーシーを包み、抱き上げて寝室に運んだ。  ベッドの上、後孔にローションを足される。  やっと奥にもらえるのかと思った矢先、綻んだ蕾に捩じ込まれたジンの指が、一際強く前立腺を押し潰した。  ひゅ、と喉が鳴り、ビリビリと、頭の芯まで快感が駆け抜ける。 「ッア、あっ、いっ、て……ぁ」  開いたままの口からは唾液が垂れる。  中は不規則に収縮して、ジンの指を食い締める。 「中だけでいったな?」  射精を伴わない絶頂は長く続いた。  浅い呼吸でなんとか空気を吸うのがやっとで、ユーシーは惚けた顔でジンを見上げる。快感に飲まれ、ジンの言っていることは半分も理解できていない。  ジンの指はねっとりとしこりを捏ねる。 「っい、あ、いってる、から、ぁ、ジン」  ずっと射精無しの絶頂を味わうユーシーは、脚を痙攣させ、足先でシーツを蹴る。 「今日はここだけでいけ」  その気になってしまった身体は奥まで苛めて欲しいと疼くのに、ジンの骨張った指は浅い場所のしこりを執拗に撫でて弾くばかりだった。  お仕置きと言うのに相応しく、サディスティックさの垣間見えるジンのプレイに奥まで満たされないまま、ユーシーは夜更けまで散々啼かされた。

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