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第9話 朝

「ユーシー、起きろ」  ジンの声とともに肩を揺すられ、深い闇に溶けていた意識が浮き上がる。 「仕事で出る」  まだ半分も開かない瞼を擦りながらなんとか身体を起こすが、全身の怠さと瞼の重みで、横になったらすぐにまた寝てしまいそうだった。  カーテンの閉ざされたジンの寝室は薄明るく、カーテンの向こうはとうに太陽が高く昇っているようだった。  ジンはスーツ姿でユーシーのいるベッドに腰掛け、ネクタイを結んでいた。うっすらとジンがいつもつけている香水の匂いがする。外行きの、ジンの匂いだった。  まだ寝ていたいが、ジンが着替えを終えているということは、このまま放り出されかねない。  ジンは約束は必ず守るタイプだ。時間にも厳しい。ユーシーがぐずったところで、待ってくれないのがジンだ。 「ほら、シャワー浴びてこい」  ジンの骨張った手が寝癖だらけのユーシーの頭を掻き回す。見上げたジンの表情は昨夜よりずっと柔らかく、いつものジンだった。 「ジン、みず、ほしい」  昨夜、散々虐められたせいで声が掠れていた。  あんなに喚いたのは久し振りだった。  思い出して、また腹の奥がじくじくと熱を持つ。 「ちょっと待ってろ」  そんなユーシーの内心など知るはずもなく、ジンは薄く笑って立ち上がると、寝室を出て行く。  昨日はあんなに意地悪だったのに、その反動か、きょうはひどく優しく感じる。  水を取りに行くジンの背中を眺めながら、ユーシーはこっそり頬を緩めた。  ジンと一緒に部屋を出たユーシーは、ジンと別れ、タクシーを捕まえて繁華街の外れにある藍真粥店に向かった。  真昼の空は、薄曇りでもまだ眩い。  湿気の多い空気のせいで、少し歩いただけで既に首筋には汗が滲んでいた。  行儀の良い昼前の街は、夜に比べれば静かだった。 「いらっしゃい、シャオユー。今日は早いのね」  店に入ると店主のシン婆が出迎えてくれた。ランチ前の時間だからか、客はまだ少なく、席も空きが多い。 「うん、シン婆、いつものちょうだい」  カウンター席の端に座ると、メニューも見ずにそう告げる。 「あいよ」  店主は笑顔で短く返事をすると、奥の厨房へと入っていった。  まだ頭が働かないユーシーはぼんやりと店内を見回す。壁に設置されたテレビでは、ニュースが流れていた。天気予報では、嵐が来ていると注意を促している。 眺めているうちに、湯気の揺れる中華粥が運ばれてきた。 「どうぞ、シャオユー」 「ありがとう、いただきます」  手を合わせてから、レンゲを粥に沈める。  オフをどう過ごすか思案しながら、掬った粥を啜る。  買い物にも興味はないし欲しいものもない。特段どこかに行こうという気も起きない。  食事はだいたい一日に一度か二度、腹が減ったら馴染みの店で済ませることが多い。自炊はできるが、面倒なのであまりしない。  このシン婆の店の湯気の上がる中華粥と唐揚げがユーシーのお気に入りだった。  粥の下に沈んだ青菜を掬いながら、特に内容の入ってこないニュースを眺めた。  のんびりと完食して支払いをする。 「シン婆、ごちそうさま」 「ありがとう。またいらっしゃい」  店を出て、ユーシーは街をひとり歩く。  フルーツの並ぶ市場を越え、見えてきた古びたマンションがユーシーの自宅だった。  エレベーターで階を上がり、鍵を開け、玄関のドアを開ける。  電気はつけず、薄暗い廊下を進んで、そのまま寝室のベッドに倒れ込む。  小汚い部屋に、無造作に放った真新しいボストンバッグが場違いな存在感を放っていた。  硬いマットレスに、波打ったシーツ。丸めたタオルケットを抱き寄せる。  結局、昨夜はひたすら前立腺を責められただけでユーシーの奥はずっと切なく疼いていた。  ベッドサイドの粗末なキャビネットから手探りで取り出したのは、下品なピンクの球体が連なった長さ三十センチほどのアナル用のバイブと、リモコン付きのローター、ローションのボトルにシリコン製のディルド、コンドームの箱だった。  どれも相手をしろとごねたユーシーがジンに押し付けられたものだった。  ユーシーはアナルバイブを手に取り、コンドームを被せてたっぷりとローションを垂らした。  物欲しげに震える窄まりに宛てがい、そっと押し込むと、ずるずると中に埋まっていく。奥まで飲み込ませてスイッチを入れるとモーター音が響き、連なる球体が振動しながら内壁を刺激する。  無機物が腸壁を震わせ、背筋を甘い痺れが駆け上がる。 「ん、くぅ」  それだけでは物足らず、ユーシーは奥の襞を捏ね、ごちゅごちゅと出し入れする。  不意に硬さのある先端が襞をこじ開け、奥に潜り込んだ。  途端に体が跳ね、視界が白く弾ける。腹が熱く濡れて潮を吹いたのだと気づく。今からゴムをつけようかとも思ったが、もう面倒だし、それどころではなかった。 快感で身体が強張る。  爪先を丸めて快感を逃そうとするが、上手くいかない。脚は勝手にがくがくと震え、跳ねた。 「ひ、あ」  思うように腕を動かせないながらも玩具で襞を引っ掛け、いじめて快感を貪るが、それでも物足りず、ユーシーはアナルバイブを抜く。スイッチを切ると、モーター音が消え、部屋にはエアコンの音だけが響いた。  浅く荒い呼吸を繰り返しながらも、身体は貪欲でまだ満たされない。  次に手に取ったのは男性器を模したシリコン製のディルド。肌に近い色の素材でできていて、太さはないが、三十センチほどの長さで奥を責めるには十分だった。  コンドームをつけてローションを垂らし、蕩けた後孔に先端を宛てがう。  ひくつく蕾に先端を押し付けると、粘ついた音を立ててディルドの先端はつるりと飲み込まれた。  ユーシーはそのままゆっくりと奥まで進めていく。 先ほど行き当たったところまで押し込み、そのままごちゅごちゅと出し入れする。 「っあ、も、すこし」  腸壁を擦り、奥の襞を捏ねる。  シリコンに体温が馴染んで、中を擦る度に温かなものが動くのが堪らない。  だらしなく開いた口からは、熱く濡れた吐息が漏れる。 「は、あぅ」  襞を捏ねながら、ユーシーは腹に力を入れる。  腹筋が震えた。 「ーーっ!」  ディルドが襞をこじ開けて潜り込み、そのまま最奥を突いた。  視界に白い星が散り、熱い飛沫が震える腹を濡らす。中はきゅうきゅうと柔らかなシリコンを締め上げ、背がしなる。  気を抜けば意識を飛ばしそうな特濃の快感を浴びながら、ユーシーは浅い呼吸を繰り返した。  それでも、腹の底にはいつまでも物足りなさが残る。  理由は、わかっていた。 「っあ、やだ、だして」  誰に言うでもなく、声が漏れた。  熱い楔を奥まで打ち込まれたい。最奥で熱い迸りを感じたい。  玩具では到底慰めきれない疼きを腹の奥に残したまま、ユーシーは意識を手放した。

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