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第2話

 どろり、と腹の中に温かい液体が注ぎ込まれる感覚で、吉良は目を覚ました。 「は……?」  ぼやけた瞳で身体を見ると、ズボンと下着が取り払われていた。そして、自分の身体の上には、同じく下半身が裸の男がまたがっている。 「なに、……してるんですか」  問わなくても答えはわかっている。が、ついそう聞いてしまった。 「なんだ。起きたのかよ」  彼はこちらの様子を気にすることもなく、言い放った。 「ちょ、っと……」 「まだヤり足りねぇんだよ」 「んぁっっ!!」  彼の性器がナカに差し込まれ、吉良は思わず声を上げた。 「やめ、てください……」  今日で32連勤目。自宅で眠れるのは一週間ぶり。毎日3時間程度の睡眠しか取れていない。さすがに身体がそろそろ限界だ。せめて今晩くらいは寝かせて欲しい。 「は?なに?ヤらないの?」  彼の声色が途端に不機嫌になる。自分の顔がさぁっと青ざめていくのを感じた。  まずい。彼を怒らせてしまった。ドキドキと心臓が跳ねる。 「ちが……すみません」  震える声で謝る。すると彼はため息をつき、ナカのモノをさらに奥へと進ませた。 「あそ。じゃ、ヤるけど」 「……はい」  よかった。今回は殴られなかった。  安物のベッドが軋む。ガツガツと奥を突かれると、喉から甘い声が漏れていく。しがみつくように彼の背中に腕を回した。  ────彼に嫌われるのが怖い。  なぜか、自分はそう思ってしまう。いつからそうなったのかはわからない。だが、とにかく今は彼にそばにいて欲しいと思っていた。  だから、何をされても黙っている。殴られても蹴られても、やり返したりはしない。自分は刑事だから、本当は彼よりもずっと強いだろう。地位も何もかも、本当は自分のほうが上だ。それでも、やり返そうだとか反撃しようだとか、そういう気にはなれなかった。  ただひたすら、彼を受け入れていた。いつか自分のことを愛してくれると信じて。 「ふ、……ん、ぅ」 「感じてんじゃねぇよ、この変態」  前立腺を擦り上げられ、快感のあまり腰が反る。そんな姿を見て、彼はバカにしたように笑った。 「や、ぁっっ!!」  首筋に噛みつかれ鋭い痛みが走る。思わず、顔を顰めてしまった。そんな吉良の反応を見て彼は笑う。ごりゅごりゅと肉壁を擦られ、身体は快感に支配されていく。 「んっ!だめ、……っ!や、い……っ!」  全身を駆け抜ける快感に耐えられず、彼の身体にしがみついて喘いだ。シャツの端っこを、破れそうなぐらい掴む。 「んぁっっ!!い、く……っっ!!」  がつん、と最奥を強く穿かれ、吉良はあっけなく精を放った。 「ん……っ」  彼の甘い吐息が、耳元を犯す。それと同時に身体の奥に再び熱い飛沫が流し込まれていく。その熱さが心地よい。 「あー……気持ちよかった」  ずるり、とナカからまだ熱いモノを引き抜かれる感覚にも身体は反応してしまう。ぐったりとした身体を起こすことさえできない。彼が脱いだ服を乱雑にまとめるのを、吉良はぼんやりと見つめていた。 「シャワー、俺先浴びるから」 「はい……」  そう答えると、彼は部屋を出て行った。パタン、とドアが閉じる乾いた音だけが響いた。 「はぁ……」  一人残された部屋で、吉良は大きなため息をつく。  彼はいつも淡白だ。ピロートークなんてあった試しがない。別に、自分も望んでないから、良いのだけど。  吉良は枕をぎゅっと抱え、顔を埋めた。  馬鹿馬鹿しい関係だということは頭では分かっている。彼はただの公安協力者で、自分は公安刑事。彼は自分にとってはただの犬であり、自分こそが彼の飼い主である。本来ならそうだ。そうでなければならない。  それなのに。今はどうだ。自分は完全に主導権を失っている。彼の顔色を窺って怒らせないよう気を遣ってさえいるではないか。  どう考えても不味い。今の関係は。でも、そう焦れば焦るほど、この底なし沼のような関係にズブズブとハマっていってしまう。  吉良が深いため息を再びついたとき、ドアが開いた。石鹸の香りを纏った彼が、ベッドに転がり込んでくる。 「……伊鶴」  彼が自分の名前を呼ぶ。吉良はゆっくりと顔を上げて、彼の顔を見つめた。  この名前で呼んでくれるのは、彼くらいだ。いつも偽名を使って、存在しない誰かになっている。だから、本名の名字でさえ、ほとんど人に呼ばれることはない。それが、吉良にとっての日常だった。 「伊鶴」  また名前を呼ばれる。その瞬間、ぎゅっと抱き寄せられた。彼の体温が、薄いシャツ越しに伝わってくる。温かくて、心地良い。  彼の前では、公安刑事としてではなく、一人の人間としていられるような気がする。ひとときだけでも、“存在しない存在”から“吉良伊鶴”に戻れるような気が。彼に本当の名を呼ばれるたび、自分はそう思ってしまうのだ。 「無理させてごめんな」  彼の優しい声色を聞いて、なぜかホッとしてしまった。声色ひとつで、彼の機嫌は分かる。  拒もうとした時、彼は少し不機嫌になってしまっていたが、もう怒っていないようだ。よかった。  唇が重なる。舌を差し込まれ、歯列をなぞられれば、頭がふわふわとしてしまう。気持ちが良くて、吉良は自ら舌を絡ませていく。 「ん、ふぅ、……」  唇の隙間から吐息が漏れていく。水温を響かせながら、角度を変え、何度もキスを繰り返した。この甘い口付けが大好きだった。  銀色の糸を引きながら、唇が離される。名残惜しい。そう思ってしまった。 「──さん」  今度は自分が彼の名前を呼ぶ。 「俺を、捨てないでください」  吉良はもう一度唇を重ねて、彼の口を塞ぐ。  答えは聞きたくない。何も言わないでほしい。  きっと自分が望む答えなんて、返ってこないのだから。  

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