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第8話

異国情緒あふれるチャイナタウンでトラムから下車し、入り組んだ路地の奥のアパートをめざす。 開襟シャツとスラックスに着替えた神父は、すれ違うひとびとが秒で忘れる地味で無個性な男に化けていた。 中華街に出向くのにカソックは目立ちすぎる。マフィアの友人に会いに行くのに余計な注目は買いたくない。 輪回しをする子どもや麻雀に興じる老人の集まりを尻目に歩き、アパート入り口に佇む厚化粧の女に気付く。 「貴女は……」 「あら神父様、久しぶり。誰かと思っちゃった」 夜鈴の葬儀で会った娼婦がいた。 腕にシーハンを抱えている。 「カソック脱いで前髪下ろすと若く見えるのね」 「お久しぶりです。シーハンさんもこんにちは」 シーハンがプイとをそっぽを向く。 「はは。嫌われてしまいましたか」 「照れてるだけよ、恥ずかしがり屋なの。ちょうどよかった、この子お願いできる?」 「え?」 唐突な提案に当惑する神父に対し、あっけらかんと続ける。 「お得意様と食事に行く約束してるの。で、お役目返上に来たってわけ。最初の話じゃ数日、長くても一週間って話だったのに、ずるずる延びて気付けば一か月たっちゃった。そりゃ十分な額のお金はもらってるけど、小さい子がうろちょろしてたんじゃ商売上がったりよ」 「待ってください、急におっしゃられても困ります」 抗弁する神父にシーハンを預け、真剣な顔で断言。 「夜鈴がいなくなってへこんでるのはあの人だけじゃない。この子の方が余っ程……いい加減塞ぎこむのはやめて、父親らしくしてもらわなきゃ困るのよ」 顔には憔悴の翳りが色濃く漂い、慣れない子守りに疲れた本音と、親友の忘れ形見を世話する傍ら、彼女を撃ち殺した呉に対する怒りを押し殺してきた内面がうかがえた。 「呉氏のことは何か聞いてますか」 「相変わらず滅茶苦茶やってる。舎弟を引き連れ遊び歩いて、行く先々で暴れ回っちゃトラブル起こしてるみたい。さすがにやりすぎて上にお灸据えられたのか、最近は謹慎してるっぽい。ていうかね、女房が死んだ直後から娘を預けっぱなしってどうなの?一度も会いに来ないし……人でなし」 憤懣やるかたなくなじる女に、同調はせず聞く。 「故人とは親しい間柄だったんですか」 「駆け出しの小娘の頃からずっと。お互い男の愚痴やのろけをぶちまけ合って、泣いたり笑ったりしてきた仲」 「同棲を始める前から?」 「マフィアなんかやめとけって何度も忠告したんだけどね。特にあの人は……ほら、良い評判聞かないし」 「否定はしません」 「しかもアブノーマルでしょ、一緒になった所で苦労するだけってわかりきってる。誤解しないで、別に偏見とかじゃないの。私のお客にも鱗持ちはいるし。でもねえ、マフィアでイレギュラーは二重苦よ。体を売るしか生活の手立てがない私たちのような底辺女が、これ以上厄ネタしょいこんだって寿命を縮めるだけ」 諦念が滲む嘲り。 「世の中は平等にできちゃないのよ。予想通り、最悪の結果になった」 「別れを考えていたというのは」 「上手くいってなかったのはホント。でも」 もったいぶって言葉を切り、達観した目でアパートを見上げ。 「……アレで惚れた男にはとことん尽くすタイプだから、結局見限れなかったと思うわ。死に急ぐことでしか生きてる実感もてないクズ旦那を捨てる位なら、一緒に地獄に落ちる方を選んだはず。子供は道連れにしないでしょうけど」 「シーハンさんの様子は」 「全然だめ、お喋りしない。首を縦に振るか横に振るかで辛うじて意思疎通できるって感じ。大人しくて手がかからないのは有り難いんだけど、大人の男が来ると凄い勢いで泣き出して止まらないし、ぶっちゃけ扱いあぐねて。夜泣きや指しゃぶりも酷い。一番心配なのは食の細さ。味が違うせいかしら、私の手料理ちっとも食べてくんないの。心の傷ってヤツ?素人にはお手上げ、ちゃんとしたお医者に診せるのを勧めるわ」 二人の会話中、シーハンは親指をしゃぶり続けていた。赤ん坊返りしたように幼稚な仕草が痛ましい。 「大人の男性に怯えるなら私は」 「大丈夫よ、神父さまだもん」 ドヤ顔の申し開きに根負けしたのと、子供に口論を聞かせたくない老婆心が上回りシーハンを抱き取る。 「わかりました。お預かりします」 「よかった。じゃあねシーハン、元気で。|爸爸《パーパ》と仲良くするのよ」 女は露骨に安堵していた。今の呉に面と向かって意見したがるのは命知らずしかいない。そこへ都合よく神父が現れ、これ幸いと後を託したわけだ。 踵を返す女に小さく手を振り、シーハンがおずおず顔を上げる。 「私を覚えてますか」 「|妈妈《マーマ》を埋めたひと」 「間違ってはいませんが」 「……|妈妈《マーマ》、もうおきた?」 「……」 幼いシーハンは母の死をよく理解してない。いずれ起きるものと信じている。 眼鏡の奥の目に痛切な色を浮かべ、真実を教えるべきかしばし迷い、優しくずるい嘘に逃げる。 「まだです。ねぼすけさんですね」 「そっか」 がっかりしたようにうなだれ、透明な表情で神父の胸に寄りかかる。いとけないぬくもりを優しく包み、穏やかに言い聞かせる。 「私はシーハンさんの|爸爸《パーパ》のお友達です。シーハンさんが生まれるずっと前に、一緒にお仕事してたんですよ。今は……腐れ縁とでも申しましょうか」 「腐れ縁って?」 「離れたくても離れられない厄介な間柄です」 「仲良しなんだね」 「かもしれません」 神父の答えに納得したのか、不安げに揺れる瞳で階段の先の扉に凝視を注ぐ。一か月ぶりの帰宅に緊張するシーハンをしっかり抱き直し、咳払いしてドアを叩く。 「いらっしゃいますか。私です、様子を見に来ました。いるんでしょ、開けてください」 誰何するも返事はない。 「シーハンさんをお預かりしました。彼女だけでも」 続いてノブを捻れば抵抗なく開き、昼でもなお薄暗い玄関に踏み込んで息を飲む。 入ってすぐの床に裸の女が倒れていた。 一人ではない。二人、三人……四人。 「大丈夫ですか、しっかりしてください!」 「あ……ぅうっ……」 シーハンを片手に移し、玄関先に伸びた女を揺さぶる。半眼の瞳は朦朧と濁り、口角に白い泡が付着していた。股間には乾いた愛液と精液がこびり付いていた。 「ゆるして、ぃきたくない」 一人目と折り重なった二人目は失神していた。頸部には指の形に窪んだ青黒い痣……首を絞められた鬱血のあと。口元に手を翳し、息があることに安堵する。 三人目は電池切れした極太バイブを陰部に挿入されたまま、やはりこれも失神している。 「!ッ、」 すかさずシーハンの顔を覆い、耳元で囁く。 「ゲームをしましょうか。私がいいと言うまで絶対目を開けないでください。勝ったらご褒美をあげます」 「いいよ」 「おりこうさんですね」 頷きに笑顔を作り、小指を絡めて約束したのち、三人目のヴァギナに突き刺さったバイブを掴む。 「今抜きます」 「ァあぁんッ」 摘出の衝撃でプシュッと潮を吹く。よく見れば至る所に使用済みの淫具が落ち、黒い縄が這っていた。 女たちの多くはヴァギナやアナルに、あるいはその両方にグロテスクなおもちゃを挿入されたまま放置されていた。 両手を縛られた者や目隠しされた者、猿轡を噛まされた者もいる。呉が凌辱したのだ。 「なんてことを」 シーハンが嘗て両親と暮らした家には、呉が食い荒らした女たちが累々と転がっていた。 哀れな女たちの縄をほどき、猿轡を外し、前後の孔に栓をしたおもちゃを抜いて介抱する。 「けほけほっ」 「呉氏はどこに」 背中を労わるようになでて聞けば、震える指で奥の部屋をさす。 「歩けますか?」 「なんとか……」 「よかった。早くお帰りなさい」 数分後に待ち受ける修羅場を予期し、目覚めた女たちを手早く送り出す。 「ここで待っていてください。入っちゃだめですよ」 シーハンを廊下に待たせドアを開く。室内には新たに三人、女が倒れていた。 呉はベッドの上。上半身は裸、下半身にはジーンズを纏い、胎児の姿勢で丸まっている。 「起きてください。この惨状はなんですか、説明を求めます」 「ん~……」 肩に手をかけ、シーツに散らばった錠剤と倒れたコップの中身に凍り付く。 「アルコールで薬を流し込むとか自殺行為ですよ、非常識が極まって死にたいんですか!」 寝室の床には空の酒瓶やテイクアウト中華の紙パックが投げ捨てられ、足の踏み場もないほど散らかっていた。ゴミに埋もれた女たちはぐったりしている。 「主よ、許したまえ」 胸の前で十字を切るや一人一人を抱え、リビングのソファーに運んで毛布を掛ける。 呉はびっしょり汗をかきうなされていた。|過剰摂取《オーバードーズ》によるバッドトリップ。 悪夢を見てるのだろうか、瞼の向こうの眼球が激しく動いているのが皮膚痙攣でわかる。 ほうっておくのはまずい。帰ってこれなくなる。 ドラッグの恐ろしさは過去の体験で痛感していた。 「起きなさい!」 鋭く叫んで頬をひっぱたく。呉が薄っすら目を開ける。 「……アウル?なんでいんの」 「文句を言いに来たんです。奥方の葬儀をすっぽかして、一か月何してらしたんですか」 「埋葬費用を追加で取り立て?」 「遺族、それも故人の伴侶が姿を見せない葬儀なんて前代未聞です。参列を拒んだ理由があればお聞かせ願いたいです。王氏が身内用の霊園を手配してらしたそうですね。一等地を確保したと聞きましたよ、何故そちらに……」 「るっせ」 邪険に手を払い顔を背ける。反応が鈍い。悪態も覇気に乏しく、破れかぶれの虚勢が透けて見えた。 伸びた前髪の奥、どんよりした目を覗き込んで問い質す。 「ドラッグをやりましたね」 「だから?」 ふてぶてしく鼻を鳴らし、シーツに撒かれた錠剤を噛み砕く。 「奥方に先立たれたショックで女と薬に溺れてらしたんですか。一か月ずっと」 半ば廃人化した醜態がもどかしく、眉を吊り上げ詰め寄り。 「臭いですよ、ちゃんとシャワー浴びてます?家中に倒れてる女性たちは」 「俺様ちゃんが買い上げた」 「謹慎処分の意味わかってます?」 「家ん中なら好きにしていい」 「ハードコアなSMプレイも合意の上なら差し出口は申しませんが、気絶するまで責め立てるのはやりすぎです」 葬儀に立ち会わず墓参りに訪れず、心の傷を負った娘を他人に預けっぱなしにして、一か月していた事といえば漁色の極みの酒池肉林。 家に呼んだ女たちを単なる肉のかたまりとして貪り、薬を盛ってまた嬲り、縛って犯して殴って絞めて。 「あきれました。ソドムですかここは」 「ゴモラじゃね」 「貴方の体重と同じ重さの塩をバスタブに溶かして死海を再現する準備はできてます」 久しぶりに見る呉は不摂生が祟り康せこけ、頬骨が鋭さを増していた。髪も染め直してない為、根元が地毛の黒に戻りかけている。目の下の隈は充分な睡眠をとれてない証拠。 萎んだ全身に饐えた匂いと倦怠を纏い、腿のあたりが黒ずんだジーパンの足を投げ出すさまは、妻の死から立ち直るどころかさらなる深みに嵌まりこみ、ドラッグとセックスと暴力で現実逃避してきた日々をほのめかす。 「医者は?行ってないんですか」 「面倒くせえ」 「撃たれたんでしょ、化膿しますよ。歩けなくなったら」 「地べたを這いずるさ。蛇らしく」 「馬鹿言わないでください、破傷風は怖いんですよ!」 すぐさま立ち上がり、部屋中を検める。 「救急箱はどこに」 「知んね」 「整理整頓してください」 家の事は何から何まで死んだ女房に任せっきりだったらしい。本当にどうしようもない男だ。 戸棚の奥をあさり、埃をかぶった救急箱を取り出す。 戻り際、ベッド横のゴミ箱に目が行く。写真立てが逆さまに突っ込まれていた。 写っているのはシーハンを肩車した呉と腕を組み、輝かんばかりに微笑む夜鈴。春節の催しで撮ったものらしく、お揃いのチャイナ服でめかしこんでいる。 背後の広場には色とりどりの紙吹雪が舞い、張子の龍が踊っていた。 祝日の家族を切り取った一枚だが、床か壁に叩き付けられたガラスにはひびが入り、斜めの亀裂が夫婦を引き裂いている。 ばれないようにすくい上げ、テーブルに伏せておく。 「手当てするのは久しぶりですね」 「ヤブ医者ごっこしたな」 「私はヤブではありません。上と下の口に注射して唾付けときゃ治る主義を貫いた貴方はともかく」 「麻酔ぬきで縫うのはヤブじゃねーの」 「物が揃ってなかったんだから仕方ないでしょ、大袈裟に痛がりすぎなんですよ」 消毒液の瓶と筒状の包帯を手に取る神父をよそに、呉はバリボリ錠剤を食べる。 「睨むな。痛み止め」 血糊が固まった裾をゆっくり捲られ、傷と生地が剥がれる痛みに顔が歪む。 ジーパンの下から露出したのは不潔に黒ずんで弛んだ包帯。 予想通り、何日も取り換えてない。申し訳程度に傷口を覆った包帯の隙間から黄色い脂肪と膿の層が覗く。 賞金稼ぎをしていた頃にいやというほど嗅いだ、人間が腐っていく匂いが鼻腔を突く。 呉の場合は肉より先に魂が腐ってしまったようだが。 「バードバベルじゃエンゼルが看護してくれたもんな」 懐かしい名前がほろ苦い感傷を呼び起こす。 「……包帯の巻き方が下手でした」 「練習台になってやったんだろ。優しいねアウルちゃんは」 「仕上げにPain pain go awayされるのは参りました」 「俺もやられた」 「包帯の上からキスして」 「それはお前だけ。特別扱いかよ、妬けるぜ」 嘗て青春を過ごした街と恋した少女の記憶が甦り、包帯を巻く表情が和らぐ。 今を遡ること十数年前、神父は呉と組んで賞金稼ぎをしていた。稼ぎ名はナイトアウル。 バードバベルは当時ふたりが滞在していた辺境の街で、既に灰燼に帰している。 神父は惚れた女を守れなかった。 呉と同じく。 『愛してるわ。飛んで』 炎に飲まれゆく街から深手を負った恋人を逃がし、力尽きる間際の少女が微笑む。 「優しくしてくれ」 弱った声が追憶を断ち切る。 油っぽい前髪に表情を沈め、しおらしくせがむ情けなさに苛立ちが募り行く。 「今日は随分と可愛げあるんですね。率直に申し上げて気持ち悪いです」 甘えたことをぬかすなと叱咤し、人さし指大の銃創にキツめに包帯を巻き直す。 「医者で縫ってください」 「お前がやれ」 「専門じゃないので悪しからず」 救急箱の蓋を閉じた拍子に、右腕に穿たれた歯型が目にとまる。 「どうしたんですこれ、穴が開いてるじゃないですか。手は大事な商売道具でしょうに」 呉はベッドに胡坐をかき、けだるげに神父を見詰めていた。 「自分でやったんですか」 「……寝ぼけて」 本当に|あ《・》|の《・》ラトルスネイクか? もはや返事はあてにせず、犬歯が食い破った前腕に包帯を巻いていく。 「しっかりしてください、自傷行為なんてがらじゃないでしょ」 今度こそ包帯を巻き終え、救急箱を閉ざす。 「ラトルスネイクは気が触れたと世間じゃもっぱらの評判です。行く先々で暴れ回って、たくさんの人や物を壊して、自暴自棄な振る舞いを悔い改めねば後始末に追われてる蟲中天の方々が愛想を尽かしますよ。定例の幹部会も欠席してるそうですね」 「ストーカーか」 「僭越ながら情報収集させていただきました。ぱたりといらっしゃらなくなって、修道女たちが寂しがってますよ」 「厄ネタ追っ払えてせいせいしたろ」 「娯楽が少ない場所なのでお客さんは歓迎です」 「クチプロレスで濡れるとか終わってんね。尼さんの無聊の慰めになる気はさらさらねえ」 「夜鈴さんのご遺体を拝見しました」 錠剤を摘まむ手が止まる。 「安らかな顔をなさっていました。葬儀屋の処置がよかったのでしょうね、綺麗に死に化粧を施されて……」 「ふうん」 放り込んで噛み砕く。 「最後に会いに来るのが夫の義務では?」 「病める時も健やかなる時も共に在るとは誓ったが、くたばった時は勘定に入れてねェ」 「ラトルスネイク」 神父の声が殺気を孕んで冷え込む。 「なんで頭を潰したことになってるんですか。撃ったのは心臓でしょ」 「だっけ?」 「シーハンさんが血と脳漿をかぶった」 「忘れちまった」 「死体に縋って|妈妈《マーマ》と発した?それが初めて喋った言葉?できすぎと言わざる得ません」 やるせなげに顔が歪む。 「貴方が撃ったのは一発だけ、娘を縊り殺そうとした伴侶の心臓に叩き込んだ。苦しまなかったとはいいませんが、それは能うかぎり最小限の痛みでした。シーハンさんが血を浴びたのは事実でしょうが、抱き止めた貴方はもっと血にまみれたはず。母の死に際し初めて喋った言葉が|妈妈《マーマ》?お涙頂戴の三文芝居の脚本にしたって盛りすぎだ、いかにも恥知らずの売文の徒が部数を伸ばす為に書きそうな安っぽい悲劇だ。シーハンさんは三歳、語彙は年相応。心を閉ざしたといえど乳離れできない赤ん坊じゃないんですよ」 喋れば喋るほどに現在と過去が錯綜し砕けた敬語に素がまじり、冥府の夜明けに似たパープルの眼光が激情を吹き零す。 「貴方の所業を騙る有象無象を均して、汚名返上してください」 無気力にうなだれる呉の顔を挟み、当たり前に共闘していた頃に戻って繰り返す。 「まだわからないのか?リボルバーに弾を込めて、前言撤回させに行くんだ」 凄腕狙撃手として三桁の標的を屠り、引退後の余生を神に捧げた男に復讐をけしかけられ、厭世的に片頬笑む。 「殴り込みに付き合ってくれんの」 「貴方が望むなら」 即答する。 「一人でも行きます」 「やめとけ」 「間違いは正さなければ」 自分だけでは限界がある。 ラトルスネイクを女房殺しの冷血漢と叩き、娼婦上がりの夜鈴の過去や父の職業が原因でシーハンがいじめられていたこと、少年時代の呉と王の繋がりまで書き立てた雑誌や新聞を買い占め、焼き捨てたところで意味がない。 前々から呉を煙たがっていた身内が謹慎期間にあやかり、嬉々として嘘を広めたのだから。 「結構過激なのな」 「こんなの間違ってる。絶対に」 「間違いじゃねえよ」 「R.I.P弾は余ってます」 「物騒だって」 「自慢の牙が泣いてますよ」 「悪名はマフィアの勲章。ただで広げてくれんなら有難てェ」 「貶められてるのに?」 「女房殺しは本当の事」 「仕方ないじゃないですか、子供を守る為に……」 「よく知ってんな」 「現場に居合わせた方にお聞きしました」 「運転手?送り迎えやらせてたし顔合わせてもおかしかねえか」 荒みきった凶相が禍々しさを増し、蛇の瞳がぎらぎら底光りする。 「いくら渡した?」 「世間に流布した噂は嘘です。ふざけたデタラメだ。私は知っている。貴方は確かに血も涙もない外道の人殺しですが、女房殺しと誹られるのはおかしい。あの場はああするより他なかった」 神父はモルグへ足を運び、夜鈴の解剖を担当した監察医に話を聞いていた。 彼女の体内からは致死量のドラッグが検出され、呉が銃口を向けた時点で手遅れだったと判明した。 「死者への冒涜は許せねえってか」 「遺族への侮辱が許せないだけです。ラトルスネイク、貴方はもっとお喋りだったはずだ。得意の二枚舌を使って周囲を丸め込み、大手を振って世渡りしてきたはずだ。今の落ちぶれようは見てられません」 新たな錠剤を摘まむ手をはたき、薬をむしりとる。 「独り言は虚しいです。どうでもいいことは喋りまくるくせに大事なことは言わず」 直後、呉の顔が眼前にきた。 「寂しいんだ。アウル」 顎の先端を摘まんで。 「慰めてくれ」 素早く唇を塞ぎ、大胆に舌をもぐらせる。 「ッ!!」 我に返って突き飛ばした時には、舌の裏側に苦い粉末を塗りたくられていた。 「効くだろ、これ」 「ぁ、うぐ」 「女ども帰したんだろ。余計なことしやがって、お愉しみ中断した責任とれよ」 唾液に溶けた粉末が全身に回り、倦怠感と脱力感に囚われた神父を組み敷き、乱暴にシャツを引き裂く。 「上から目線で説教かます暇あんなら俺がいる所まで堕ちてこいよ、神父様」

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