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第9話

開襟シャツのボタンが弾け飛び、生白い胸板と貧相な腹筋が暴かれる。すぐさま下着ごとスラックスを剥かれ、勃起したペニスが外気にさらされた。 顔を煽る蒸れた匂いにひび割れた唇をなめ、呉が揶揄する。 「出来上がってんじゃん」 「今はだめです、表でシーハンさんが待ってるんですよ!」 一瞬だけ動きが止まり、すぐ再開する。 「で?」 神父が絶句。 抵抗が止んだ隙を突いで首筋を啄み、鎖骨を吸い立て、痩せた腹筋と恥骨付近に口付ける。 「聞こえなかったんですか。廊下に娘がいるんですよ、ほったらかしておくなんて正気じゃありません」 「はなっからマトモじゃねえよ、俺は」 夜鈴が死んでから。 そのずっとずっと前から。 ひょっとしたら最初から。 露悪的に開き直り、神父の手首をギリギリ締め上げ、ペニスの先端からしとどに滴る蜜を指で捏ね回す。 「あッ、ぁっ、ぁあっ」 呉が人さし指と中指を束ねて抜き差し、綴じ窄まったアナルを押し広げる。頃合いを見て三本目を足す。 「やっ、ンっふ、ふぅっ」 シーツを丸めた爪先に巻き込み蹴り立て、涎をたらして喘ぐ。全身の皮膚を性感帯に作り変えられ、恥骨の奥がじれったく疼く。片手で摘まみ転がす胸の突起が切なげに尖り、鈴口から分泌されたカウパーの濁流が会陰を濡らす。ドラッグには催淫効果が含まれていた。 「女は柔くて細くてすぐぶっ壊れちまうから物足んねえ。お前ならしまいまでイケんだろ」 「こんなことするためにきたんじゃありません、帰ります」 「その状態で?」 「気の毒な女性たちをもてあそんで気が済んだでしょ、絶倫も大概にしてください」 「まだ足んねえ。全然足んねえ」 背けた顔に無理矢理口付け、暴れる両脚をこじ開け、準備が整ったアナルに太い剛直を打ち込む。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぁあぁ」 挿入と同時にペニスが痙攣、神父の下っ腹に大量の白濁が飛び散る。 「すっげ、挿れると同時に出ちまった」 「ラト、ル、やめ、ふぁあっ」 挑発的に舌なめずりし、腰を叩き付けるように抽送を開始する。息も絶え絶えに制すが当然の如く無視され、廊下で待ってるシーハンに喘ぎ声を聞かせたくない一念で唇を噛み、力任せの蹂躙を耐え凌ぐ。 「ふっ、んっ、んっんん゛ッ」 「助けてほしけりゃ役立たずの神様にお祈りしてみろよ」 太く固いペニスが連続で前立腺を突き、前が再び力を取り戻す。 「シーハン、さんが」 「どうでもいい」 「それでも、父親、ですか!」 直腸を擦過するペニスがまた膨らんで脈打ち、絶頂の訪れを予期した呉が、神父が下げたロザリオの鎖を引っ張る。 「あッ、が」 「ははっ、よく絞まる!」 喉に食い込んだ鎖が気道を圧迫し、肉襞がうねり収縮する直腸がペニスを食い締める。 「首絞めプレイで感じまくるとかマジ変態だな神父様。見ろ、シーツがびしょ濡れだ」 「ぁっ、ふ、ううっ」 遂に限界を迎えたロザリオの珠が切れて飛び散り、涼やかな旋律を奏で床一面に撒かれる。 しかしまだ終わらず、今度は神父の首に両手を回す。 「殺す気、ですか」 「それもいいな」 優しく微笑んでじりじり圧を加えていく。 「死んでくれよアウル。俺の為に」 「お断り、します。貴方の為に死ぬ気なんて、毛頭ありません、よ」 「ツレねえこと言うな。長ェ付き合いだろ、一緒に死線を乗り越えた」 苦しみ喘ぐ神父を見下ろす顔は、サディスティックな悦びにぎらぎら輝いていた。 「私を殺したところで夜鈴さんは生き返りません」 「当たり前だろ」 神父の顔に呆れた色が浮かぶ。 「それを認めるのが嫌で葬式に来なかったんですか。臆病ですね相変わらず。その年になってもまだ、貴方は逃げてばかりだ」 「うるせえ」 「ボトムの墓地を選んで埋葬した理由、当ててみせましょうか。夜鈴さんはマフィアを嫌っていた。貴方にマフィアを辞めてほしがっていた。そんな彼女をマフィア専用の墓地に葬るのは、嫌だったんですよね」 膨れ上がる怒りに伴い、首に巻いた手に苛烈な殺意をこめる。 「面倒だっただけだ。女なんかいくらでも」 「夜鈴さんの代わりはいません」 「人間なんてみんな血と糞が詰まった肉の袋だ」 「貴方の代わりもいません。シーハンさんの父親は一人だけです」 「作りたくて作ったんじゃねえ。ガキなんて欲しかなかった」 夜鈴だけでよかった。 他は余計だった。 ずっとふたりで暮らせたらそれで。それだけで。 ばらけた赤毛を額に散りばめ、脂汗に塗れた顔を歪め、不規則な呼吸の合間に切々と語りかける。 「夜鈴さんは、貴方を怖くなくしてくれたんですね」 怖くない。 大丈夫。 守ってあげる。 「私では役不足です、彼女の代わりになれません」 「夜鈴は特別。お前は別格」 「心中相手に選んでくださったのは光栄ですが、共に生きたいと願ったのは一人だけでしょ」 「見透かすんじゃねえ」 「夜鈴さんの最期を思い出してください。彼女が託して逝ったものを」 「知るかよ。なんでだよ。なんで誰も彼も押し付けてくんだよ。俺は俺をやめられねーんだ、それ以外になれねえんだ、どうしてわかんねえんだ」 真っ当な生き方ってなんだ? 良い夫、良い父親ってなんだ? 苦しい息の下から諭す神父を締め上げ、風貌と精神が荒廃しきった呉が吐露する。 「お前はいいさナイトアウル、勝手に引退して隠遁して順風満帆の余生送ってるもんなァ?お前ははなから真っ当だった、出会った時からなんも変わらずブレもしねえで真っ直ぐだった、ぶっ殺すのはゲスい悪党だけで女子供にゃ手にかけねえ信条貫き通して全くあっぱれな善人だよ、きっと心の底じゃあ天に御座す神様ってヤツを信じてんだろうさ」 俺はお前になれない。 どうあがいても。 「テメエがほんの少しでも人としてのマトモさってヤツを分けてくれりゃ、夜鈴は死ななかった」 どうして俺はこうなんだ。 どうしてお前になれねえんだ。 「もっと上手に『フリ』ができた」 血が繋がった実の娘を愛そうとした、必死に愛してるふりをした、赤の他人の子供にさえそうできるお前に倣って可愛がるふりをした、なのに心の底から愛することだけはできなかった。 「アイツに似てたら愛せたのに」 なんで俺に似ちまったんだ。 静脈が青く浮く腕が力んで傷が開き、純白の包帯に血が滲む。 返事をあてにしない独白を経て、俯けた顔に底知れない絶望を滾らせ、感情を爆発させる。 「お前にできることが俺にできねえなんてぜってえおかしい、死んでも認めねえ!銃の腕なら俺が上だ、殺した数も勝ってる、うまい酒飲んでイイ女抱きまくって日和った神父よかずっと楽しんでんのにテメェがガキや修道女どもに囲まれてずっと前からそうしてたみてえに笑ってるだけで出所知んねー劣等感がしゃしゃって惨めになんだ!邪魔するヤツあみんなぶっ殺して死体の山の上で笑ってきた、でも笑えねえんだよ、夜鈴は人殺しが嫌ェなんだ、人殺しが親父なんて嫌だって言うんだ、これが俺で俺にはこれっきゃねえのに」 枯れた涙に代わりぼたぼた滴る血が、遅すぎる懺悔に似て軋む罵倒を受け入れ、体と心の痛みに耐える神父の顔を濡らす。 「最後に本音を聞かせてやる、ずっとテメェが目障りだった、主だ神だ賢しげにのたまいやがって。お前は嫌んなるほど真っ当だよアウル、全然関係ねえ他人の為に泣いて怒れるもんな、アブノーマルな鱗持ちを差別しねえもんな、テメエ自身の弾道とおんなじテコでも曲がんねえ正義感をお持ちでハイハイご立派でございってか、ンな奴に真隣で正論ほざかれたら虫唾走んだよクズが!!」 「貴方、も、やり直せたはずだ!自分から和解の機会を棒に振ったんじゃないか、どうして懺悔に来なかったんだ、ずっと告解室に詰めてたのに!」 「同情されんのは願い下げだ!!」 「ツマらない見栄と意地張って人生の優先順位もわからなくなったんですか、蟲中天の幹部である前にシーハンさんの父親であることを忘れないでください、母親失った子どもを人に預けっぱなしにして一度も会いに行かないなんて見損ないました!」 「ガキを産ませたのは女を繋ぎ止めてえからだ、じゃなけりゃ誰が父親になんか!」 驚愕と悲哀が波紋を広げる紫の目の横、真っ赤な血が一筋こめかみを伝っていく。 自分が発した言葉にうろたえたか、呉が酷薄に表情を消し、神父の首ねっこを押さえる。 「シーハンは夜鈴を縛り付けるための道具。保険だ」 「ラトル」 「夜鈴は情が深ェ女だから、亭主に愛想尽かしてもガキがいりゃ別れられねえだろうって踏んだ」 妊娠が判明してすぐ堕ろせと命じた。 夜鈴は断じて従わず、どうしても許さないなら一人で産むと言い張った。 最終的に譲歩したのは、本気で惚れた女を手放したくなかったから。 「じゃあなんでシーハンさんを殴らなかったんですか」 「夜鈴がキレる」 「損得勘定で動く人じゃないでしょうに」 「ちょこまかして目障りだった」 「愛してたんですね」 「泣き声にイライラした」 「大事だった」 「違ェ」 静かに深呼吸し、駄々をこねるように自分の首を絞める男を仰ぐ。 「いい加減認めておしまいなさいラトルスネイク、貴方はもうすっかり手遅れなほどありふれた父親だ。シーハンさんが初めて立った時歩いた時は真っ先に報告してくれましたね、去年の春節の祭りは家族揃って楽しんだんでしょ、名前は貴方が付けたとお聞きしました、彼女の人生が歌うように楽しい想いで満たされるように祈って」 「前の夜に抱いた騎乗位が得意な娼婦の名前」 「目を背けないで言えたら信じてあげます」 本能的な忌避感が働き、苦々しげに呟く。 「どんだけ虐げられたって曲がらねえ奴はいる、お前はその筆頭だ。お前を選んでりゃ夜鈴は死ななかった」 「貴方が私だったら、夜鈴さんは選びませんでしたよ」 神父が寂しげに微笑む。 「それに……私が愛した女性は生涯ただ一人です」 「バードバベルで心中してりゃ墓に小便ひっかけてやったのに」 「墓標を立ててくれるなんて優しいですね」 「テメエは死に場所見誤ったんだよ、アウル。ボロ教会でエセ神父なんてがらじゃねえだろ、賞金稼ぎ続けてりゃ儲かった」 「人殺しに疲れたんです」 「勝手に抜けやがって」 「ラトル」 「こちとら止まれねェのに、やめられねえのに、勝手に上がっちまいやがって」 あの頃は楽しかった。 「俺が前で暴れて、テメエが雑魚を始末して、ずっとそうやって回ってたじゃねえか」 お前がいて。 エンゼルがいて。 お前らと馬鹿やってる時だけ、最低な人生がまんざら捨てたもんじゃないと思えた。 なのに目の前の男はあっさり銃を捨ててスラムの教会に引っ込み、今じゃご立派に更生を果たして修道女やガキどもに慕われるお優しい神父様をやっている。未練なんてなかったんだ、これっぽっちも。 「人殺しで徳が積めるわきゃねえのに全部忘れたふりして、しけたカソックに身を包んで、神は常に見てらっしゃるとか胸糞悪い説教かましやがって、偽善がすぎてイライラするぜ。ああそうさだから思い出させに行ってやったのさ堕ちるところまで堕ちた本性ってヤツを、テメエだって殺ったじゃねえか、さんざん血をかぶったじゃねえか、なのに何でンなあっさりやめられんだ」 「守りたいものがあるからです」 「俺だってあった!!」 手の震えが激しさを増す。 「あったよ……」 大事にしようと思って、大事に仕方がわからなくて、一人で空回りすんのに嫌気がさして、家族から離れた。 「教えてくれよアウル、どうすりゃよかった。蟲中天をやめりゃよかったのか。ガキをこさえなけりゃよかったのか。一緒になんなきゃよかったのか。一生地下に引きこもってりゃよかったのか。親父を迎えに行かなきゃよかったのか」 俺の引き金は軽い。物凄く。 「……賞金稼ぎを続けてたら」 戦慄く唇が何百回、何千回、何万回と繰り返しては打ち消し続けた仮定を零す。 「テメエは狡くて臆病で不意打ちが得意な狙撃手だから、窓の外から肩か背中を撃って夜鈴を……いんや、賞金首だけ仕留められた。確実に」 辛うじて保っていた均衡が崩れ、呉をラトルスネイク足らしめる最後の虚勢が剥がれる。 「得意だろそういうの。バードバベルでもやったじゃん。またしてくれよ」 汗ばむ頬に片手を添え、神父が訥々と返す。 「貴方の地獄は貴方だけのものです。私には癒せません。夜鈴さんをまねて寄り添った所で不毛な同族嫌悪に陥るだけだ」 所詮人はわかり合えない。 他人の地獄には立ち入れない。 「踏み躙られた尊厳にプライドで添え木してきた貴方は同情を撥ね付ける、常に対等で在りたい相棒を依存先にした弱く愚かな自分を憎む。仮に私に泣き付いたとして、あとで頭を吹っ飛ばしたくなるはずだ」 根元が黒くなった前髪をかき上げ、情けなく歪んだ素顔を暴く。 「貴方さえよければいくらでも抱かれてあげますから、シーハンさんに会ってください」 「目の前で母親ブチ殺したんだぞ」 「当たり散らしたくなくて遠ざけた」 「俺は俺の大事なものっきゃ大事じゃねえ。夜鈴が死んじまったら大事なもんなんて何もねえ」 噛み付くようにキスをし、仄暗く囁く。 「一緒に死んでくれ」 脛骨が折れるのが先か窒息するのが先か、呉の首を押さえた神父の手がくたりと落ちてシーツに横たわり…… 「|爸爸《パーパ》?」 いとけない声に振り返る。 数インチ開いた戸口に、円らな目を見張ったシーハンがたたずんでいた。

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