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将門編・6
それが一週間も続けば、朝陽は段々諦めの気持ちの方が優ってきていた。抵抗するのは、単に己が疲れるだけで無意味だと悟ったからだ。朝陽は将門に抱き寄せられるままに、背後からべったりとくっつかれている。それをいい事に、将門は思う存分朝陽を愛でていた。
「随分大人しくなったな。とうとう認める気になったか」
「認めてはないけど、俺は仕事で疲れてるんだよ。更に疲れるのが嫌になっただけだ」
単に慣れただけなのだが、朝陽はそう言ってそっぽ向いた。
——慣れって怖い。
将門と出会って何度目か分からないため息をつく。
「それでいい。お前は大人しく俺に愛でられていろ」
無理やり後ろを向かされて口付けられた。後ろから抱きしめられたまま、二人でまたテレビを見始める。三十分も経てば、朝陽の体からは完全に力が抜けていた。
「俺に懐くなんて……、将門って変わってるよな」
異端者として敵意を向けられても好意は寄せられた事がない。朝陽は何だか胸の奥がくすぐったかった。
朝陽は将門にもたれたまま船を漕ぎだす。将門はそんな朝陽の頭を己の肩に固定させるように乗せ、白くて細い首筋に顔を埋めた。
懐くと言うよりも、将門に執着され、その上で溺愛されている等、朝陽には知る由もない。
「お前の周りにいる奴らは、見る目がないだけだ」
朝陽が会社にいる間、将門は朝陽には気付かれないようによく会社に覗きに行っている。
朝陽は〝部屋の外〟では、笑わなければ、誰とも必要以上に会話すらしない。
家にいる時とは違って〝普通〟を張り付けたような表情をしている。初めはそれを不思議に感じていたが、朝陽の特異体質が関係しているのではと思うようになった。
朝陽は己が他人には受け入れられない存在なのだと自覚している。だからこそ他者とは距離を置き、朝陽も自ら寄って行かない。
良くも悪くも、朝陽が素面のまま関わるのは死者のみだ。それでも死者とも好んで関わらない。その点では己は死者で良かったと思えた。出会ったその日から、朝陽は将門には遠慮がないからだ。
物怖じしない気の強いところも、手先は器用なくせに内面は不器用そうなところも、今では朝陽自身に将門は惹かれ始めている。それと、容姿を合わせ、朝陽は存在自体がとても綺麗で尊く思えた。
部屋の中で一緒にいると特に感じる。朝陽の持つ独特な雰囲気は包み込むように暖かく、まるで朝の陽を浴びているように心地良い。腕の中に抱き込んで離したくなくなるくらいには、朝陽の隣は居心地良い。
名は体を表す。常々痛感させられる。本人に告げた事はないが。知らぬは当人ばかり……。
将門は本格的に寝に入ってしまった朝陽を横抱きにすると、ベッドの上に下ろして毛布をかけた。
「ん、まさ……かど」
「不用意に俺の名を呼ぶな。犯すぞ」
朝陽の唇に指を滑らせ、将門は呟いた。
***
それからまた月日が経ち、週末を迎えて二連休になった時だった。滅多にならないインターフォンが鳴り響き、朝陽は顔を上げた。
モニターで確認するとそこには祖父である博嗣が立っていて、朝陽は迎入れようと玄関まで歩く。朝陽の纏う雰囲気がいつも以上に砕けて柔らかくなる。将門の眉間が不機嫌そうに寄せられた。
「誰だ、この間男は?」
「間男言うな。俺のじいさんだよ」
言わずもがな将門もついてきて、さも当たり前のように背後から抱き込まれる。振り払うのも面倒で、朝陽はそのまま扉を開いた。
「久しぶりだな、朝陽。元気そうだな」
「じいさんこそ元気そうだな」
博嗣の視線が朝陽の背後に向けられる。将門がべったり張り付いているのだから当たり前だ。
「お前はまた変なモノに憑かれとるな。祓えばよいものを」
「祓っても戻ってくるから意味ないんだよ。気にしなくていい。俺はもう慣れたから」
「お前のその諦めの早さは心配になるくらいじゃな」
会話しながら部屋の中を歩いて、小さなテーブルへ案内する。
博嗣は霊の視える朝陽の唯一の理解者でもあり、血の繋がったたった一人の家族だ。そして博嗣が朝陽の元へやってくる時は大抵が何かしらの厄介ごとを抱えている時である。それが分かっているので、朝陽は自分から話を切り出した。
「で、今回は何があったんだ?」
朝陽は三人分のお茶を入れて、テーブルの上に乗せる。息を吹きかけながら、朝陽は淹れたばかりのお茶を口に含んだ。話が早いと言わんばかりに博嗣が口を開く。
「最近、平ノ将門公の首塚から気配が消えたとワシの所へ連絡があってな。お前の会社の近くだから、塚を見るついでに何か知らんか聞きに来たんじゃ。何か視なかったか?」
ブフッ、と朝陽がお茶を噴いた。
背後では将門がひっくり返ってゲラゲラ笑っている。朝陽は将門を一瞥した後で博嗣へと視線を戻した。
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