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キュウ編・2

***  某県内の小さな村にある実家に到着したのは、昼手前くらいの時間帯だった。  L字型になった昔ながらの日本家屋は平屋作りになっている。  柵の代わりに家と庭を囲う様に植えられた木と、縁側から見える桜の木が好きで、朝陽は学生時代には縁側に座ってよく本を読んでいた。  三年しか経っていないのに懐かしさが込み上げてくる。 「態々来て貰って悪かったな」 「全然いいよ。これからはちょくちょく帰る様にする。んで、今回は何があったんだ?」 「これから説明しながら行く筈だったんじゃが、急に法事の経読みが入ってな……。今からすぐ行かねばならん。二時間程で戻るから少し待っていてくれんか?」 「ん、分かった。飯も適当に作って食べとくから、じいさんはもう行っても大丈夫だぞ。気をつけてな」  朝陽と入れ違いに車で出かけていく博嗣を見送って、久しぶりに訪れた実家を堪能する事にした。  昼食を終わらせて暇つぶしに散歩に出かける事にした朝陽は、幼かった頃に少年とよく遊んでいた裏山へと足を運んだ。  中でも一番幹が太くて大きな木。  いつも待ち合わせにしていた場所だった。  ——ここも懐かしい。  当時の事を思い出して、同じ様に木を背にして座り込むと朝陽は目を閉じる。  昔その少年と何か約束をした気がしたのだが、どうしても思い出す事が出来無い。  全身を撫でる風は冷たいくらいだったが、歩いてきて代謝が上がっているからか気持ちが良かった。  そのまま目を閉じて思い出に耽っていた。 「ねえ、こんなとこで寝てると風邪ひくよ、朝陽?」 「え?」  この村には博嗣以外に朝陽を下の名前で呼び捨てにする人物はいない。  と言う事は村の人間じゃない。  弾かれたように目を開けると、かなりの近距離に誰かの顔があった。 「近い!」  両手で相手の顔を押し返す。 「もう少しでキス出来たのに。ざーんねん」  ちっ、と舌打ちされる。  そこには上半身部分が白の長着と、朱色の長襦袢と袴を身に纏った青年がいた。  腕の部位にも朱い繋ぎがあるので、一見巫女衣装にも見える。  染めているのか地毛なのか分からないが、柔らかい毛質の金色に近い明るい髪の毛が風でゆらゆらと揺れていた。  頭の中程で分けられた前髪は耳下まであるくらいには長く、そして毛先だけが後ろ向きに緩くカーブしている。  ハッキリとした二重瞼から覗く瞳も眉毛も同じ色をしていて、男によく似合う。  瞬きをする度に同色の長いまつ毛が上下していた。  醸し出す雰囲気がやたら艶めかしい。  仕草や視線のやり方、小首の傾げ方や微笑み方が特に。  しかし、ハッキリと下の名前で呼ばれたというのに、こんな人物に心当たりがない。 「どうして俺の名前を知っている?」 「私は朝陽の事は良く知ってるよ」  あまりにも妖艶に笑うものだから、朝陽の心臓が一際大きく音を鳴らす。  しかし、男から微かに妖気が放たれているのが分かって朝陽は身構えた。  ——コイツ、人間じゃない。  少なくともこちらの情報は知られている。  朝陽が立ち上がると、男も同じように立ち上がった。  随分と背が高い。  将門よりも高いから、百九十センチ以上はありそうだった。 「朝陽の気配がしたから出て来ちゃった。んー、その顔はもしかして私の事覚えてない?」  人当たり良さそうに笑っているが、目が笑っていない。  無言の圧力がのしかかる。 「え、と。あ……俺もう帰らなきゃ」  不穏な空気が流れている気がして、朝陽が歩き出すと、男もついて来た。  分岐点に来ても、朝陽の隣をぴったりとくっついて歩いてくる。 「何で付いてくるんだ?」 「朝陽の側に居たいから。だって昔約束したでしょ?」 「いや、してない。人違いだと思うぞ。その前に、人外はもうお腹いっぱいだから付いて来るな」  朝陽のセリフに、男はきょとんとした表情をした後で叫ぶように言葉を連ねた。 「朝陽の浮気者‼︎ そんなに人外ばかり食べてるなんて把握してなかったよ、私! 朝陽の処女奪うのは私だと決めてたのに、いつの間にか男も作ってるしさ!」 「そういう意味じゃねえよ! てか、処女とか言うな! 帰れ!」  言葉の持つ意味は、精神衛生上無視する事にした。 「朝陽がここに居るのに帰らない!」  頭が痛い。  将門とはまた違った意味での横暴さだ。  見事に振り回されている気がする。  疲れがドッと押し寄せてきて、朝陽は肩を落として歩いた。 「何処かで会った事あったか?」 「まあまあ。そこら辺の話は着いたらね? 朝陽んとこのじいさんにも話があるから一緒に行こうよ」  博嗣にも用があるなら仕方ない。  朝陽はそれ以上帰れとは言えなくなった。  隣で嬉しそうに微笑みながら男は朝陽の顔ばかり見ていた。  ——何かに蹴躓いて転べばいいのに。  内心で毒付く。  ここまであからさまに見つめられると居心地が悪い。  それに何がそんなに嬉しいのかもサッパリ分からない。  一切視線を合わせていないというのに、斜め上から刺さるような視線が煩わしくて堪らなかった。  己が諦めた方が早そうだ。  朝陽は男に一瞬視線をやってからまた前を向いて歩き出した。 「じいさん、ただいまー。散歩してたら遅くなった。ごめん」  靴を脱いで家の中に入ると、博嗣が歩いて来て出迎える。 「久しぶりの実家だ。のんびりするといい……、え?」  朝陽の横に立っている男を見るなり、博嗣は口をパクパクしながら、男を指差していた。 「じいさんに話があるらしいぞ。何か俺の事も知ってるみたいだし。帰ろうともしないから連れて来た」  膝から崩れ落ちて、博嗣が倒れた。

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