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ニギハヤヒ編・7

「ボク思ったんだけど、異界に住んでた方が良いんじゃない?」  異界空間は確かに広い。オロの意見も一理あったが、結局は部屋の中でそれぞれが寛ぎ出した。  何だかんだで一番ここが落ち着く。  いつの間にか仲良くなっているニギハヤヒとオロがベッドの上に転がり出した。  正面からテレビが見える位置には朝陽を背後から抱き込んだ将門がいる。その横にキュウと晴明がテーブルを挟んで座りながら茶を飲んでいた。  ニギハヤヒがいない状態でも狭かった部屋は息苦しくなるくらいに狭い。なんせ二メートルを超える筋肉質な男が追加されたのだから当たり前だ。 「マジで引っ越そう……」  ボソッと呟いて朝陽は将門に寄りかかったままスマホで借家を含めた一軒家を検索していた。  部屋数が増えれば増えるだけ家賃が上がる。自分の給料でやって行けそうな物件を探してみたが当てはまる物件は一件も見つからなかった。  数日後の事だった。  駅からの帰り道にある小さな神社にニギハヤヒが座っているのが見えた朝陽は迷いなく階段を登った。 「ニギハヤヒ、こんなとこで何してるんだ?」 「今日は早かったんだな」 「ああ。早めに終わったんだ」  朝陽は隣に腰掛けてニギハヤヒを見上げる。 「また将門と言い合いにでもなったのか?」  そう言うと頭の上に大きな掌を乗せられた。 「いや。儂はお前が帰ってくる前まではここに来るようにしておる」 「ここにも祀られていたとかか?」 「そうではない。見ての通りここにはもう神はおらん。だが、何組かの老夫婦が飽きもせずに供え物をしに来おるからな。儂が代わりに加護を授けていた」 「か、ご」  意外だった。暴君な神としてしか印象になかったニギハヤヒにそんな良心が有ったとは思わず、朝陽は目を瞬かせる。 「おい、朝陽お前……今儂に対して失礼な事を考えておっただろう?」  ジト目で見つめられ朝陽は慌てて首を振った。 「イヤ、ベツニ」 「嘘が下手すぎやせんか?」  ニギハヤヒは独特な笑い声をあげながら朝陽の頭を小突いた。その手はそのまま朝陽の後頭部に回り、優しく引き寄せる。軽く唇同士が触れてすぐに離れて行った。 「ニギハヤヒは俺の番で良かったのか? お前程の力があれば拒否も出来たんだろう?」  初めて会ったその日に、従順過ぎるのは退屈だから切り捨てていたと言われたのを思い出して、朝陽は真っ直ぐにニギハヤヒを見つめた。 「お前は面白い奴だな。鋭いようでいて鈍い。なのに気遣いには長けておる。儂はお前を寵愛しているつもりだが、それは伝わっておらんか?」  質問で返され、朝陽がムッとした顔をする。 「ニギハヤヒは言っている事と、心の中が相反してそうな時があるからな」  と言うよりも腹の内が読めない。 「ほら、そういう所だ朝陽。儂はお前のそういう所を気に入っておるぞ」 「きちんと説明してくれ。意味が分からない」  視線を伏せて言葉を紡ぐと朝陽の体はフワリと持ち上げられて正面から抱き上げられる。肩口に顔を埋められているので、朝陽からはニギハヤヒの顔は見えなかった。  遠くを見つめ、再度何かを決心したようにニギハヤヒが目を細めているなど知る由もない。 「ニギハヤヒどうかしたのか?」  やたら沈黙が長いことを訝しげに思い、朝陽がニギハヤヒの名を呼ぶ。 「朝陽」  真摯で落ち着き払ったニギハヤヒの声音を聞くのは初めてだった。  何かあったのか、と朝陽は何も言わずにニギハヤヒの逞しい首に両腕を回す。更に抱き込むように抱きしめられてしまい、朝陽の背がしなった。 「儂は、手離したくないくらいには好ましく思っておるぞ」  ——何を?  囁かれた直後地に下される。聞きそびれてしまった。 「さてと。帰るぞ朝陽」 「ああ、うん」  誤魔化された気もしたが、これ以上問いかけてもニギハヤヒは何も言わない気がして、朝陽は差し伸べられたニギハヤヒの手を取る。他人の目があるのもあって、無言で道を歩く。ニギハヤヒは前方だけをしっかりと見ていた。  家の近くまで来た時だった。すれ違いざまに、高校生くらいの少年と肩が触れ合ってしまい、朝陽は謝ろうと振り返る。 「お兄さん、またね」  謝罪の言葉を発しようとしたが少年の姿がない。 「あれ?」  一瞬だけ視線が絡んだ筈なのに、そこにはサラリーマンや大学生ばかりだった。当の本人だけが居ない。朝陽が立ち止まるとニギハヤヒに「どうした朝陽?」と訊ねられた。 「いや、何でもない」  何と言っていいのか表しようのない感覚が、朝陽の胸の内を占めていく。胸騒ぎがした。 →第六話へと続く

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