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  ***  目を覚ました朝陽は見知らぬ場所にいた。  薄暗くて周りはよく見えない。目が慣れるのに少し時間を要した。 「お兄さん目ぇ覚めたの?」  上半身を捩って声のする方を向くと、アパートの近くで見かけた少年がいた。  乱雑に置かれている木箱に腰掛けて朝陽を見つめている。  ——やっぱりコイツだったのか。  階段を落ちる前に聞いた声には聞き覚えがあった。アパートの近くで『またね、お兄さん』と言った少年の声だ。  ——何処だ、ここ。  周りを見渡す。形状や乱雑に……又は整頓されて荷物が置かれていて、何処かの蔵の中を連想させる。そこで気が付いた。  階段から落ちたというのに、どこも怪我をしていなければ痛くもない。アレは夢だったのかと思いはしたものの、頭を振った。  現実に起こった事だ。では何故怪我をしていない? 朝陽は己の手を見つめ、グーパーと握ったり開いたりを繰り返した。  どこか感覚がおかしい。  ——霊体だけ連れてこられたのか?  地に下半身をつけている状態なので、立ちあがろうとすると酷い眩暈でよろけて、また地に臥した。 「お兄さんの魂、消耗し過ぎているから無理は禁物だよ。体は元気になっても内部はそうじゃない。なんでここまで消耗しているのかは、自分が一番良く分かっているでしょ?」  訝しげに眉根を寄せる。  少年の表情からは感情が読みとれない。足をたえず動かしながら笑っている様子だけを見れば、些か幼くも見える。  だが、どこか得体の知れないところがあって近寄り難い。 「凄いねお兄さん。神を造る人間なんて僕初めて会っちゃった。一週間で五体ってビックリだよ。双子を一人一体て数えれば六体か」  ケラケラ笑い出した少年が不愉快だった。 「お前誰だ? 何故そんな事を知っている?」  家の中で起きた事など他者が知る由もないのに、まるでその場で見ていたかのような口ぶりだ。  筒抜けになっているのが気持ち悪い。 「お兄さんが引っ越したい時に都合良く引っ越し出来たのは何でかなー? 誰かが手引きしていたのかな。とか考えなかった?」  ——まさか家の至る所にカメラや盗聴器具が設置されているのか?   入居する前に手を回せば不可能ではない。そう考えれば、引っ越しの事も、神を産み落とした事も全ての説明がつく。  ——赤嶺も関与している?  話をした時の事を思い出し逡巡する。記憶の限りでは赤嶺にはそんな素振りはなかった。寧ろやめておけと散々止められ、入居した後でも心配された。となれば手回しをしたのは家を貸し出したという親戚の方か? それとも清掃業者? 朝陽が勘案していると新手の男たちが姿を見せた。 「お前ら……」  その男たちはオロを捕まえようとして朝陽が返り討ちにした男たちだった。  かなり雲行きが怪しくなっている。こっちも繋がっていたのかと思うと頭が痛くなった。 「そう。八岐大蛇を捕まえ損ねた奴らだよ。あんな小さい子一匹捕まえられないなんて、どうかしてるよね?」  少年が手を翳して、何かを握り込む仕草をしてみせる。 「がっ⁉︎」  苦痛に呻く声がしたかと思えば、その内の一人が喉を押さえてのたうち回っていた。 「おい、お前何する気だ。やめろ!」 「はい、グシャっと」  少年の声と共に、少年が握りつぶす動作をする。バキバキッと見えない何かに圧迫された様な嫌な音が響き渡り、男が地に横たわって黒い灰となり消えた。 「何してんだよ、てめえは!」  食ってかかった朝陽に向かって、少年は無邪気に笑んで見せた。 「あんな簡単な任務さえ熟せない奴、要らないでしょ」 「だからって殺す事ないだろが!」 「あれえ、おっかしいな~。八岐大蛇を助けた時に似た様な事をしてたのお兄さんだよね?」 「あれは……っ!」 「あれは違うの? 途中経過がどうあれ、その結果相手が消滅したんだから僕のしてる事と同じじゃないかな。それとも正義を振り翳せば何しても許されるとでも思ってる? イジメも戦争も結局はこれと同じ事だよね。誰かにとっての善は、誰かにとっての悪なんだよ。そこに利益が加えられる。身に覚えありすぎるんじゃない? 僕からすれば貴方は計画の邪魔ばかりする悪だ」  何も言い返せなかった。少年の言う事に、心が揺れてしまったからだ。  オロを助ける為、咄嗟に霊力の塊を相手にぶつけて消滅させた。それは紛れもない事実であるし、朝陽は良い事をしたとさえ思っていた。  動揺してみせる朝陽を視界に入れ、少年は口角を上げて笑んだ。  朝陽の心が少しずつ砕かれていく。疑心暗鬼になるよう仕向け為に。 「僕ね、お兄さんに甦らせて欲しい人がいるんだよ」 「は?」  少年の存在に心底反吐が出そうだった。歪な程に口元を歪ませる少年が不快で堪らない。 「何を勘違いしてそう思ったのか知らないが、俺に人を甦らせる大層な力なんてねえよ」 「そうかな~? じゃあどうしてお兄さんの体の中に死返玉があるの? それだけじゃない十種神宝の内、九つが揃ってる。もう一つはどこに行ったの?」 「何言って……?」  話をするだけでこんなに苛ついたのは初めてだった。  何が言いたいのか要領を得ない話し方も一々癇に障る。それに十種神宝を持っているのは、ニギハヤヒだ。朝陽ではない。その内の一つは確かニギハヤヒが博嗣に渡していた。  迂闊にそれらを口にして、博嗣にまで害が及んでしまうのは困る。朝陽は何も言わずに口を閉ざした。

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