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 ◇◇◇ 「っ!」  明け方近い時間帯だった。突然家の中で異界への扉が開く気配がして、晴明は急に腰を上げた。 「どうした?」 「今、この家の中で異界へ繋がる扉が開いてすぐに閉じた」  将門からの問いかけに答えながら、晴明が朝陽の眠る部屋へと急ぐ。 「朝陽!」  ベッドの上で寝ていた筈の朝陽がいない。晴明がシーツの上に手をやると、そこはたった今まで誰かが寝ていたように温もりがあった。 「今までのは単なる目眩しか」  そろそろ仕掛けて来るとは踏んでいたが、まさか自分の他に異界への扉を開ける者がいるとは晴明は考えもしていなかった。  朝陽から聞いていた話では、毎回物理的な手段を用いていた為、今回もそうだろうと思っていたのだ。 「晴明、どうした?」  続々と顔を見せ始め、全員部屋に集まった。 「朝陽が異界に連れ去られた」  後を追うように、晴明もすぐに異界への入り口を開いた。  ◇◇◇ 「う……?」  スマホのアラームよりも早く目が覚めたと思ったが、寝室ではなく別の場所にいるのが分かって朝陽は飛び起きた。  ——どこだ、ここ? 「おはよう、お兄さん。よく眠れた?」  声をかけてきたのは物部アマヤだった。 「どういう事だ?」  寝入った時はきちんと寝室のベッドの上で寝ていた。  それは間違いない。家には常時結界が張られている上に、家の中には己の番達も全員揃っていた。彼らにバレずに朝陽だけを連れ出すなど不可能に等しい。 「以前、お兄さんの霊体がここの空間と繋がるように時限式の扉を作っていたんだよね。驚いた?」  ケラケラと笑いながら軽く言われる。此処は晴明が開く空間と似ていた。同じ異界なのではないかと推測出来る。 「俺はお前に用なんてない」  朝陽の言い分を無視して物部が続ける。 「僕はあるよ。ちゃんと貴方にも伝えたでしょ?」  確かに言われた。だが、了承した覚えはない。 「俺がいつ了承したよ」  鼻で笑って朝陽が視線を逸らすと、物部は気にもせずに続けて口を開いた。 「物部アマタケとニギハヤヒは元々同一人物だった。祟り神と言われていた面がアマタケだよ。今のニギハヤヒは表の面。それを本来の姿に戻すのさ」  朝陽は微かに反応してみせる。 「本当は八岐大蛇も欲しかったんだけど、かつての霊力の十分の一にも満たない八岐大蛇だとお話にならないんだよね」 「そんな事して一体何になる。お前……一体何がしたいんだ?」 「全てを海に帰すのさ。小さな物差しでしか他人を判断しない、こんなつまらない世界なんていらなくない? 貴方なら分かってくれると思ったんだけど勘違いだったのかな」 「で、自分は何もせずに高みの見物かよ?」 「高みの見物なんてする訳ないじゃない。側で見ていてこそ楽しいからね。お兄さんの番たちが堕ちるとこ、見てみたいでしょ?」  それこそ正気の沙汰とは思えない。巻き込まれて死ぬのがオチだというに、何が楽しいのかさっぱりわからない。否、理解が出来ない。 「見たいわけないだろ。それにアイツらはそんな事にならない」 「お兄さんがいる限りはね。でも貴方が居なくなった世界じゃどうかな?」  ニギハヤヒが言っていた、己の死とはこの事なのかも知れない。  己を生贄とする事で皆んなの暴走を狙っている。それなら尚更無事で帰らなくてはならない。  物部は異質な程に破壊への執念が凄まじい。ここまで滅びに執着するのであれば自身が祟り神になれるのではないか。何がこの男をそうさせているのかも理解不能だった。 「物部アマタケを生き返らせろ」 「嫌だ」 「そう言うと思っていたよ」 「やるんならてめえ一人でやれよ。用足しも一人で出来ねえガキは家帰って寝てろ」  鳩尾に衝撃が走り、ゲホゲホと咳き込む。朝陽の視界が歪んだ。 「連れてって」  答えは分かっていたような顔で物部が背後にいた男たちに声をかける。  咄嗟に霊力を込めようとしたが、普段通りに扱えなくて目を瞠る。  ——霊力が練れない?。 昨日のあの玉のせいか⁉︎  五人分の治癒玉の副作用は大きかった。いつ復活するのかも皆目見当もつかなかった。 「もっと抵抗してくるかと思ったんだけど拍子抜けだね。まぁいいか」  その内の一人に担がれて朝陽は場所を移動させられる。  黒いシーツを被せた祭壇の上にうつ伏せで転がされ、両手を後ろ手に縄で拘束された。  男たちは直ぐにどこかへ去っていく。その間に何とか霊力を捻り出そうとするものの、やはり上手く行かない。朝陽の掌に集まりかけた霊力は霧散した。 「そういう事か。お兄さん今|碌《ろく》に霊力使えないんだ?」  誰もいなかった空間から突如声が上がり、朝陽の体が大きく戦慄く。無理やり体を起こそうとした瞬間、後ろから思いっきり床に叩きつけられた。 「何の、話だ」  薄っすら笑みを浮かべて言ってやれば、物部が笑い出す。 「そのまま、普通に殺しちゃえって思ったけど、やーめた。先にお兄さんの精神から殺そうか」 「あ?」 「ここに居る奴らに輪姦されちゃおうよ。その方がアイツらに効率的なダメージを与えられそうだしね」 「ふざけんなっ離せ!」 「たくさん抵抗していいよ? その方が燃えるから」  物部が喉を鳴らして笑った。  嗜虐心しか宿っていない声音の後で、薬品の匂いがする布で顔を抑えられる。朝陽の意識はまた遠のいていった。  再度目を覚ますと朝陽はまだ祭壇の上にいた。先程とは違って仰向けにされていて拘束も解かれている。  しかし、自分の体の上に男たちが数名群がっているのに気がつき、即座に霊力をぶつけて蹴散らした。が、上手くいかない。やはり霊力は集束しないままだった。  ——集束しない……?  ふと思いついた事があり、朝陽は両手を祭壇に押し当てた。  纏まらない物を無理やり纏めようとするからいけないのではないかと考えたからだ。  纏めようとはせずに、そこから一気に最大出力で霊力を流し込む。  雷鳴のような音が轟き、目の前にいた男たちが全員霊力で感電し動きを止める。四方八方から短い呻き声や悲鳴が聞こえ、男たちはやがて消滅した。  直後、何故か視界がブレたような気がして朝陽は眉間に皺を寄せて目を窄める。  ——何だ? 気分が悪い……。  起きたばかりだからか息が上がり頭もふわふわしていた。 「そのまともに霊力が使えない体でよくやるよね」 「うるっせえよ! 誰がアイツら以外に股開くか。てめえがヤラれてろ!」  さっきと同じ要領で、重なって押し潰そうとしてくる男らの体を、吹き飛ばしながら朝陽がそう言うと物部が嘲笑した。 「僕には殺すなとか言ってた癖に自分は迷いもしないんだね。あ~あ、やっぱり口先だけか~」 「もうその手に乗るかよ。お前の陰湿な手口はウンザリだ。俺は自分の守りたいと思った物を守る。それでいい。別に誰にでも認められる良い子ちゃんを目指してるわけじゃねえんだよ。俺は俺だ。それで悪と言われるのなら悪でいい」 「そう。前はあんなに動揺してたのにね」  目を細めて見せた物部を鼻で笑い返す。  両手を肘より上に掲げ戯けて見せた物部を視界に映した。  ——あ、れ?  物部の姿が二重にブレて見え、朝陽は目を擦った。気分の悪さといいやはり体が変だ。 「やっと効いてきた?」  突然大きく心臓が脈打ったのが分かり、朝陽は心臓に手を当てる。 「ほら、そんなに動くから薬の回りも早まっちゃったじゃん」 「お前……ッ、俺に何をした?」  発熱したかのように全身が熱くなってきて息苦くなった。  朝陽は荒い息を肩で押し殺し、祭壇を降りると目の前にいる物部を睨みつける。 「ヒートにする薬と、激物を体内に注入しただけだよ。お兄さんのその体は〝容れ物〟だからね。それプラス……」  気が付けば、物部が目の前にいて目を瞠った。手を伸ばされ、頸に触れられる。 「何して……る……っ」 「ねえ、お兄さん。やっぱり気が付いてなかったんだね? 僕も貴方の番候補者なんだよ」  首筋を撫で上げられて、ゾワリと全身総毛立った。心臓が破裂しそう程に脈打っている。 「触るな!」  その言葉が冗談じゃないのは、肌を指すプレッシャーが物語っている。  ——何でだよ⁉︎ もう番契約は全員分埋まっている筈だろ。 「もし貴方が華守人のままだったら番は五人のままで済んでたのにね。神造人の番は無制限。貴方が望むまま番える。ニギハヤヒはそんな大切な事も教えてくれなかったの?」 「は……っ? 無制限⁉︎」  信じたくない気持ちが大きくて物部から距離を取る。  これ以上背後に回られないように、途切れがちになっている意識の中で懸命に足を動かすが、力が入らなくなって、ついに朝陽の足が止まった。  祭壇から数歩行った所で崩れ落ちる。膝が笑っていて上手く立てない。 「やめろ。いや、だ……っ、俺に近づくな!」  寄ってきた物部に腕を引かれて、立ち上がらされる。  よろけたところを支えられて、朝陽はまた物部に祭壇の上へと寝かせられた。 「さっきまでの威勢はどうしたの? ねえ〝朝陽〟僕に抱かれる準備を始めなよ?」  薬に輪をかけて更に強制発情させられる。体の感覚をおかしくさせる薬を打たれているせいで、言葉だけでヒートにさせられた朝陽の体は大きく震えた。 「ぅ、ああ゛あ゛あ゛‼︎」  その瞬間、体がバラバラになりそうな程の痛みが全身に走り朝陽が叫ぶ。  どれだけ呼吸しても酸素が足りなく感じて、短い呼吸が過呼吸へと変わっていく。  下肢を大きく割られ、その間に身を割入れられた。 「やめ、ぁ、ああ、あ゛あ゛あ゛! いや、だ!」  呼吸が上手く出来ずに喉に手を当てる。苦しさで生理的に溢れ出た涙で視界が歪んだ。  しかし、朝陽の体に触れようとした物部の手が弾かれる。 「こざかしい真似してくれるじゃん」  朝陽の体を五重になった結界が包み込む。  朝陽の感情に比例して発動する仕組みになっている結界は、朝陽が拒絶している全ての事象から護る為に展開されていた。  朝陽が寝ている間に、番の五人が其々張った五種類の加護の結界である。 「ねえ、朝陽。これじゃ貴方の事を抱いてあげられないけどいいの? 番である僕を拒む気?」  害意のない甘い声で囁きかけ、物部が朝陽の顔を覗き込む。  ヒートを強制的にかけられ薬と激物で混乱している朝陽に、また囁きかける。 「朝陽、番の僕を拒むの?」 「い……らない。お前……、なんか……、いらな……ッ」 「嘘だね。僕に抱かれたくて堪らないって顔してるのに、本当にいいの?」  節々が痛みを発している一方で、体は疼いて疼いて堪らなかった。  Ωの性質がこんなに忌まわしいと思った事はない。己の意思に反して体は戦慄き、空気の揺れにすら反応する。 「朝陽」  声だけで下っ腹が疼いた。 「ホントΩって浅ましいよね。素直に僕を求めて後ろを向きな。挿れてあげるからさ」  頷きそうになる首に力を入れて、左右に頭を振った。

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