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「な……、に」 「確かに始めは物珍しさの方が上回っていた。だが今は、桜木朝陽という人間に惹かれている。伝わらんか?」 「何で、今頃……」  動揺を隠せずに朝陽の瞳が揺れる。 「朝陽は今まで私達の言葉の一体何を聞いていたの⁉︎ 朝陽だから一緒にいるんだよ! あんなに側に居たのに伝わってもいなかったの⁉︎ 他と番えなんて二度と口にしないで!」 「オレは君がまた生まれてくるのを待っていた。もう離れたくない。このまま繋がりを持ち続けていられるなら、この身が朽ちても構わない!」 「ボクも朝陽の隣がいい。ずっと一緒に居たい。朝陽がいい」 「俺は出会った時からお前しか見ていない。始めっからそう言っているだろう! いい加減腹括って正面から向き合えっ‼︎」  将門にまで怒鳴られて、朝陽の顔がクシャリと泣きそうに歪められる。 「くっそ、バカ……っか」  何故信じてやれなかったのだろう。今まで一体何をしていた。彼らの何を見ていた? 華守人と番という関係で無理やり割り切ろうと線を引いていたのは自分自身だった。 『嫌いにならないで。側に居て欲しい』  昔からそればかりを思っていた。  失うのが怖かった。側に居た者が突然豹変して去っていくのが怖かった。本音を告げて拒否されるのが怖かった。  今まで口にできなかった言葉を噛み締める。本音を殺す事ばかりを覚えた頃には、朝陽はどんどん本音が吐けなくなっていった。 「俺、は……」  何かが流れた感触が頬にあり、手を伸ばすと涙が伝っていた。  いつまで何もせずに、また伝えもせずに諦めるつもりなのだろう。朝陽は胸の内の葛藤を戒めて言った。 「ごめん。悪かった……。俺も、お前らの事……好きだっ。必要なんだ。側にいたい。離れたく……ない。消え、ないで。一人は……嫌だ。お願い、だ。消えないでっ」  嗚咽で、最後ら辺の言葉は声にならなかった。 「泣くな」  将門に引き寄せられて、ペロリと涙を舐め取られる。目を閉じると眦に溜まった涙が頬を伝った。  朝陽の掌が発光し、幾つかの玉が生まれる。切った筈の掌の傷が癒えているのを見て、朝陽は直感の赴くままに生まれ落ちた玉を目の前にいた将門の腕に埋め込んだ。  玉が溶け込むように吸い込まれていったかと思えば、腕の変色さえも止まってやがて治った。 「腕を見せてくれ!」  手早く次々と埋め込んでいく。  ——大丈夫だ……っ、きっと大丈夫。  己に言い聞かせる。心臓が爆発しそうなくらいに大きく鳴り響いていた。ジッと食い入るように見つめて、全員の腕がきちんと完治したのを一人一人丁寧に確認する。  ——大丈夫、だ。  朝陽は心の底から安堵の息をついた。 「治った……っ。良かった。本当に良かった」  自分で自分の宝物たちを無くすところだった。  殻にばかり閉じこもって何もせずに、今までの事を何もなかったままにしたくない。  それでも言葉にするには、朝陽にとってはさっきと同じように、とてつもなく勇気が必要だった。何度も口を開いて、閉じてと繰り返す。きちんと言葉にする為に。 「お願……い、俺の、側にいて欲しい。どこにも、行かない……っで、くれ。お前らが必要なんだ!」  怖かった。か細く声が震える。それでも全員にしっかりと届けたかった。  初めて吐露した朝陽の本音に応えるように、五人の手が朝陽の肩や頭に乗せられた。 「安心して」 「当然だね」 「むしろ離れられると思うな」 「朝陽が嫌がってもボクは朝陽の周り彷徨くよ?」 「当たり前だ。離れる気なんてない」  キュウの言葉を皮切りに、晴明、将門、オロ、ニギハヤヒと続く。本格的に泣けてきて、その場に蹲ったまま泣いた。  *** 「あれ? 朝陽寝ちゃった?」  ベッドの上で将門の腕枕をしたまま動かなくなっている朝陽を見て、キュウが口を開いた。 「クマが出来てる。ずっと寝れてなかったのかな」  ベッドの端に腰掛け、キュウが朝陽の頭を撫でる。 「いや、寝てはいる筈だ。最近やたら下っ腹が痛くて眠くなるって言ってたからな。普段より体温は高いが」  将門の言葉にキュウが目を開いたまま固まった。 「何か思い当たる事でもあるのか?」 「うん。ちょっとニギハヤヒ呼んでくる」 「は? おい……」  将門の飛び止める声も聞かずにキュウが部屋を通り抜けて行く。  すぐにニギハヤヒと一緒に戻ってきて、観察するようにジッと朝陽の腹を見つめた。 「ああ。九尾の睨んでいる通りだな。朝陽は子を身籠っている。それよりもあの怪我でよく流れなかったものだ」 「やっぱり。私たち全員の子かな?」  キュウが嬉しそうに声を弾ませると、朝陽が呻いた。  将門が結構な破壊力を持ったデコピンをキュウにおみまいする。 「朝陽が起きるだろが、バカ狐。静かにしろ」 「はーい……」 「いや、身籠っているのは単体だ」 「えー、そうなの? それは残念。誰の子かな」 「その前に忘れるな。この腹の子を守る為にも朝陽は死なせないようにせねばならんぞ」  分かってるよ、とキュウが声を上げた時だった。 「朝陽のお腹にいるのはオレの子だよ」  さも当たり前のように晴明が言った。 「は? 何で⁉︎」  黒々としたオーラを纏い、瞬きもせずに三人が晴明を見つめている。ついでに目もかっぴらき瞳孔も開いていた。 「晴明ズルくない? どうやって朝陽孕ませたの?」  オロが正体となって現れ、同じく目がかっぴらくのと同時に瞳孔も開いた。 「番契約した時に口約で懐妊するように仕向けたからね」  晴明は、ふふ、と柔らかい笑いを溢しながらも、してやったりとした表情を浮かべていた。 「あの時の約束って、それだったのか……」  薄っすらと目を開けた朝陽が言った。 「そう。華守人はΩの方が孕むのを求めなければ孕まないって知ってたんだよ。オレの子を孕みたいって言ってくれただろ?」  ニンマリと不敵な笑みを刻んだまま晴明が続けた。 「約束通り初めに身籠ってくれてありがとう。契約を結んだ時に、お腹の中の子が簡単に流れないようにオレが結界を張ってたんだ。帰り際に食べさせた玉が結界だよ。こんな事になるなら、朝陽自身にも張っておけば良かった。痛い思いをさせてごめんね朝陽」  近寄ってきた晴明に唇を重ねられた。何度も何度も啄まれる。 「いいよ俺は」 「良くないよ。朝陽だから大切にしたい。オレの番。愛してるよ朝陽。直に子も生まれるしね」 「う、晴明~……ストップ。言われ慣れてないから恥ずかしい。もう勘弁してくれ。死にそうだ俺。ギブ」  真っ赤な顔を両手で覆う。墓場に潜りたかった。  二人の世界を作り始めた晴明と朝陽を離すように、将門が横槍を入れた。 「朝陽もう起きて平気なのか?」 「ああ。平気だ。少し寝たら回復した」  将門の言葉に頷く。  それにこんな騒がしい中で寝れる程、朝陽の神経は図太くない。本当はキュウとニギハヤヒが来たあたりから、眠りが浅くなってきていたのだが、妊娠していた事に驚き過ぎていて、声をかけるタイミングを逃していた。  ——この話聞いたらじいさん倒れないかな……。 「それがあるな!」  ずっと黙り込んでいたニギハヤヒが思いついたと言わんばかりに声を上げた。

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