60 / 61

「本当にこれで他のαは朝陽と番えなくなるんだろうな」  将門からの問いに、ニギハヤヒが「ああ」と返す。  今のニギハヤヒはもう神宝を持っていない。神宝を自身の子に譲り渡し、今に至っている。朝陽は身籠って穢れを受けた。その後仮死状態になったのもあり、神造人としての生を終えている。その証拠に、朝陽の頸にあった八重山桜紋様は日が経つにつれて薄くなり、契約が何一つないままの陰山桜紋様へと新しく変化したのだ。  一つ、問題があった。  リセットされた事によって、運命自体も変わっている可能性があった。  他のαが出てくる前に再度契り、番が揃ってしまえばこれ以上朝陽が狙われる必要はなくなる。そう考えた。  真新しいシーツの上に朝陽を寝かせて、皆ベッドの淵に腰掛けた。  将門が朝陽の柔らかな黒髪に指を絡める。その時、朝陽のスマホがメッセージを受信して震えた。  赤嶺と書かれたメッセージを勝手に開いた将門が迷う事なく添付ファイルをタップする。 「勝手にやると朝陽怒らない?」  キュウが将門を見たが、将門は眉根を寄せているだけだった。 「これを見ろ」  PDFファイルにされた書類は、家の契約書だった。  問題は貸し出し人である。将門は画面を拡大して名前を見せた。そこに記載されていた名前は、物部天矢……アマヤ本人だと思われる。 「やっぱりあのガキじゃねえか」  ニギハヤヒは腑に落ちない表情で首を傾げている。 「どうかしたのか、ニギハヤヒ?」 「あのガキ。名前からして儂の子孫だと思っておったのだが、本当にそうなのだろうか」 「どういう事だ?」 「霊力の質が違った。それと何故彼奴は異界に態々朝陽を連れ去った? 自分で十種神宝を動かせば良かったろうに」 「確かに。あれだけの霊力を持っていて直系の物部氏だとなれば、朝陽から神宝を取り出して自分でやった方が早い。それを鑑みると、扱わなかったというより……扱えなかった?」  ニギハヤヒの言葉に晴明が答えて、顎に手をやる。  突然異界が開く気配がして、朝陽を庇うように全員身構えた。  そこから顔を出したのは案の定、物部だった。 「そうだよ。僕には十種神宝は使いたくても使えない。物部氏に養子入りさせられただけだからね。物部アマヤという名前は故人となった息子の名だよ。僕の元々あった戸籍と実の両親は物部氏に入った時点で消されている。ニギハヤヒ、貴方の子孫にね。貴方とは血も繋がっていないから、霊力の質が違うのも当然さ」 「てめえ、何しに来やがった。また朝陽に何かする気か?」 「要らないよ、こんなビッチ……。もう神造人じゃないなら用済みだ。あーあ、計画台無し」  要らないと言いながらも、物部が朝陽を見る目は愛着を帯びている。手を伸ばして朝陽の頬を撫でたがその手はキュウに払われた。 「朝陽に触らないでくれる?」 「僕の勝手でしょ。その前に君達が住んでいるこの家は僕の個人的な持ち物だって忘れないでよね。当分の間は貸しといてあげるよ」  昔に想いを馳せるように何処か遠い目をした物部は肩を竦め、その姿はまた異界へと消えた。  朝陽がその話を聞かされたのは次の日の昼過ぎだった。  ベッドの住人と化しながら、朝陽はスマホを手に昨夜の話を聞いている。 「もしかして此処って昔の物部の家だったのかな。それで個人的に買い直したとか?」 「朝陽はどうして物部アマヤが気になるんだい?」  晴明からの問いかけに、朝陽は「うーん」と唸った。 「アイツ、なんか俺と境遇が似てると思ったんだ。俺にはちゃんと血の繋がったじいさんがいたけど、物部は誰も居なかったんかなと思ったらちょっと同情しただけだ」  さりげなく聞いた赤嶺には、物部と親戚だった事も最近知ったと告げられている。  突然知らない番号から着信が入り、朝陽はハンズフリー通話にした。 『住みたいなら、金なんて要らないからそのまま住んでていいよ。その代わり、僕が成人したら籍入れてあげる』 「ふざけるな‼︎」  朝陽が答える前に皆が同時に叫んだ事により、霊波干渉を受けたスマホから妙な音が響いて通話が途切れる。  少し話してみたいと思っていた朝陽は残念に思ったが、かけ直さなかった。 「朝陽!」  キュウが声を荒げて朝陽を呼ぶ。 「はいっ」  声が裏返ったままキュウを見ると、その目はかつてない程に病んで据わっていた。 「私、芸能界入って稼いでくるから引っ越そう。そしてアイツとは完全に縁を切る。分かった⁉︎」 「あー、うん……分かった」  そう言わざるを得ない剣幕だったので、朝陽が大人しく頷く。するとキュウが綺麗に笑んで見せた。 「もし内緒で会ったりなんてしたら、私にも考えがあるからね。その時は覚悟してなよ」  朝陽にだけ氷河期が再来した。  その二日後だった。  会社に向かう途中で、後ろから走ってきた自転車にベルを鳴らされ、朝陽は左側に身を寄せた。  しかし、その後ろ姿は何処からどう見ても物部で、朝陽は条件反射の如く壁に張り付いた。 「壁が友達って寂しい人だね、貴方」  引き返してきてまで声を掛けた物部を避けるように無視を決め込む。  だが、そんな朝陽を嘲笑うかのように物部が朝陽の腕を引いた。 「あのな~! 何なんだよお前はっ。俺の事殺そうとしてたくせに!」 「してたけど、それが何? 今は単に貴方に興味があるだけだけど?」 「ツンデレでヤンデレ属性サイコパス盛りとかキャラ濃過ぎんだろっ。やめろ!」 「別に誰にも迷惑かけてないからいいでしょ」 「かかってんだよ、俺にっ‼︎」 「貴方にしかしてないから当然だよ」 「あーさーひー?」 「ほら見ろ! キュウが怒って……、え……キュウ?」  振り返るとおどろおどろしい妖気を放っているキュウがいて、朝陽はまたしても壁に張り付いた。 「こんな心の狭い番なんて捨ててしまいなよ。僕の方がよっぽど貴方の事を理解してやれる。どうせ人間からは嘘つきだとか化け物だとか蔑まされて来たんでしょ? 僕は貴方の唯一の理解者だ」  ——ああ、やっぱりだ。  似た物同士の同族嫌悪。けれどそこからは何も生みだせやしない。空しくなるだけだ。話してみたい気はするが、朝陽はもう関わらない事を選択した。

ともだちにシェアしよう!