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5(了)

「俺はお前を選ばねえよ」  静かな口調で朝陽はそう口にした。 「何でコイツらは良くて僕はダメなのさ?」 「お前がダメなんじゃない。俺は自分から望んでコイツらと一緒にいる。コイツら以上に誰かを好きにならない。だからお前は選ばない。それだけの話だ」  道ゆく人が振り返って朝陽達を見ている。中には黄色い声をあげる女子高生たちもいたが全て無視した。 「会社まで私が送って行くよ。また虫にたかられても不愉快だからね」 「一番の虫はそっちじゃないの? 人間に擬態してまでこのビッチに張り付くなんてよっぽど美味しいんだね、朝陽って」  何気に酷い言われようだが、朝陽はスルーする事にした。  今はツッコミを入れている場合じゃない。周りからの視線も痛いが、時間がない。隙をついて走り出そうとしたものの、キュウに腕を取られる。 「朝陽走らないで。お腹の子に何かあったらどうする気なの?」  物部が目を剥く。 「は? お前ちょっと腹見せろ!」  物部にも強引に引き寄せられて、腕の痛みに顔を顰めると、キュウが物部を引き剥がして朝陽を背に匿った。 「五人? 五つ子て何それ。ビッチにも程がない⁉︎」 「ビッチビッチうるせえよクソガキがっ。番の子なんだからいいだろ別に!」  とうとう堪忍袋の尾が切れた朝陽が叫ぶと、道ゆく人が何人か振り返って朝陽達を見ていた。足早に去る者も居れば、黄色い声をあげる女子高生たちもいる。 「行くぞ、キュウ」 「はーい」  キュウの手を取り、駅に向かって歩き出した。  先程とは打って変わって会社まで終始機嫌良くしているキュウが不思議で「機嫌直ったんだな?」と聞いてみた。  キュウに目が痛くなるくらいの綺麗な微笑みを浮かべられる。何故か周囲の人間にスマホを向けられている気がしないでもないが朝陽は無視した。 「朝陽の指って細くて綺麗だよね」  ずっと手を繋いでいたのを本気で失念していた。  一本一本絡ませた指を目の前まで持ち上げられ、ロボットのような動きで周りを見渡す。出社が重なった社員達が立ち止まって見ていた。いや、ガン見である。 「おい、狐。何で朝陽の手ぇ握ってやがる」  将門とニギハヤヒが加わり「今日は儂の日だろう?」と、ニギハヤヒに抱きしめられた。  ずっと手を繋いでいたのを失念していた事に気が付いても後の祭りだ。 「待て……、頼む、待ってくれお前ら」  冷や汗をかきすぎて寒気すらしている。 「あ、皆んな見つけたー!」  オロと晴明までもが集まり、ヨシヨシと番達に頭を撫でられる。唇、額、頬、手の甲に全員から口付けられた。 「朝陽の浮気者っビッチ! 僕だけだって言ったのに‼︎」  そう言って自転車で走り去った物部を見て、外野が騒つく。 「てっめー、物部! 何シレッと混ざってんだっ、悪ノリしてんじゃねえよ! 本当っぽく聞こえんだろが!」  物部が振り返り、愉快犯よろしくベッと舌を出して消えて行く。  ——あいつ、自転車で追ってきたんかよ。  ニギハヤヒに抱え上げられ、正面から抱きしめられる。  瞬く間にシャッター音の嵐にみまわれた。しかも連写だ。 「うう……俺の平穏な人生が終わった」  その時撮られた写真がSNSでバズりまくり、五人は本格的にスカウトされて芸能界デビューを果たした。  *** 「私ね、今度ラノベが実写化された映画出るらしいよ。『悪徳令嬢だけどフラグへし折りまくってたら九尾の狐に溺愛されました』てやつ」 「あー。儂は任侠映画から出演依頼がきてたな。ボス役で」 「俺も平ノ将門怨霊シリーズで主役をやる事になった」 「ボクはモデルやる事になったー」 「オレはアニメ化されたシリーズ物に声優として呼ばれたね。安倍晴明役で」  ——まさかの本人出演‼︎  一部は違うが。現実逃避しながら「頑張れよ」と声をかけた。  朝陽はゲイばれし、それプラス、ポリアモリーでオープンリレーションシップだと会社のみならず電波を通して全国的に公になってしまった。  それも、番達が朝陽の事を名指しで「俺の嫁」発言するからである。  事実は事実だ。番達に悪気がないのは分かっているのだが、朝陽としては秘密にしておいて欲しかった。  全てはキュウが仕向けた朝陽への罰なのだが朝陽は知らない。  会社は寿退社し朝陽は主夫をしている。お陰で妊娠も安定期に入り、出産まで後ニか月くらいだ。  順調は順調なのだが、難もある。  家に記者が押し掛けるのだ。  アポが無いどころか庭に侵入される事があるので、訪問者には晴明が仕掛けた異界に紛れ込むトラップが作動するようになっている。  気がつけば近辺で迷子になるという、まるで山奥に紛れ込んだような感覚に陥るシステムだった。それもあって最近の朝陽は少し荒んでいた。 「また居る……アイツら」  迂闊にカーテンを開けられないし、外出も出来ない。こうも軟禁状態ではストレスが溜まる。  晴明がいれば異界から別所へ行けるが、今は忙しく仕事をしているので月に数回程度だ。 「皆んな呪われればいいのに……」  思わず呟いた。 「朝陽が望むなら叶え(ようか)(てあげるよ)」 「え……?」  番達が本当に謎の呪文を唱え始めたから朝陽は本気で焦った。 「ごめん! 嘘嘘嘘! 嘘だから辞めろ!」  思わず大きな声で叫ぶ。それが腹に響いた。 「あ、れ? 何か……腹が痛い」  安定期に入ったあたりから大きくなりだした腹を押さえて、朝陽が額に脂汗を滲ませる。  腰の奥から太い鉄の棒で押されるような、形容し難い感覚が気持ち悪い。 「え、朝陽もう生まれちゃう?」  オロとキュウがいつになく焦っていた。 「五つ子だからな。早まったのかもしれんな」  ニギハヤヒが言った言葉を遮るように、また朝陽が口を開いた。 「痛い痛い痛い。何だこれ。マジで腹痛い‼︎」 「落ち着け朝陽。大丈夫だ。産気づいただけだ」  将門が毛布を敷いた上に朝陽を横向きに横たわらせて腰を摩った。手馴れ感が凄い。 「朝陽の実家まで間に合わないかもしれない。異界から行こう」  晴明が扉を開いて、ニギハヤヒが朝陽を横抱きにする。  先に将門が「朝陽の体調が急変した」と博嗣に電話を入れ、世話になっている産婆と女医に伝えて貰った。そして全員で朝陽の実家へと急いだ。  急遽帝王切開となって、元気な二姫三太郎が生まれた。  産婆と博嗣は五人の子を眼下に拝んでいる。朝陽は死んだように眠りこけた。  ***  それから一か月が経った。  ゴールデンタイムで組まれた生放送番組に番達が出るとの事で、朝陽と博嗣はそれを流し見しながら生まれた子たちの世話に追われていた。『大家族は上手くいってますか?』という司会者にニギハヤヒが得意げに頷いている。 『当たり前だ。それと儂らの嫁が子を産んだ』 『そうそう。うちの子たちめちゃ可愛いんだよね。朝陽が一番可愛いけど』 『確かに愛いな』 『あれは愛おしい』 『だね~』  と、子どもの話なのか朝陽の話なのかよく分からない話題を其々が発言したものだから、どういう事だと現場は騒然となった。 『え? 皆さんのお嫁さんて男性の方でしたよね?』 『そうだよ?』 『それがどうした?』  オロとニギハヤヒの言葉に、会場が一気に沸く。 「なあ、じいさん。今なんか聞こえたか?」 「知らぬ方が良い事もあるぞ」  交互にミルクを飲ませていた二人は、テレビに視線を向ける。 『朝陽はΩだからな。Ωは男でも子を生むぞ』  ——何言ってんだ、アイツら‼︎  これはもう一種の放送事故だと思っていると、暫くお待ち下さいとテロップが流れて画像が途切れる。過去に類を見ない程の放送事故になった。 「どうしようじいさん。俺、逃げたくなってきた……」 「大丈夫じゃ、朝陽。慣れる。今だから言うが、ワシなんてお前が生まれた時から驚き過ぎて、幽体離脱やら臨死体験に近い経験を良くしてきておる。慣れた気がするぞ」  ——うん、知ってる。じいさんがポックリ逝かないようにしているの俺だからな?  とうとう朝陽は昔に絶滅した筈のΩであり、番である皆はαだと判明し、六人揃って違った意味で一躍有名人となる。さすがに華守人や神造人の存在は彼らは伏せていた。  第二の性別暴露は電波を通して〝朝陽はαである自分達だけのものだ〟と牽制したかっただけだったというのも朝陽は知らない。  その一方で『実は自分も第二の性別を持っている』とカミングアウトし始める人々が増えていき、これを知った政府が慌てて第二の性別の検査を復活させた。  そして変わり始めた世に向けた法案と同性婚を施行するのだが、それはまた別の話である——。     【了】

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