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第1話 世南
賑やかな声が聞こえて、藤野世南はふと横に目をやった。四、五人の男子生徒達が輪になりながら騒いでいる。
「白瀬は何組?!」
「えーっと・・C組だ」
「俺クラス一緒〜!」
「えーまじかぁ。俺A組だわぁ」
「寂しくなったら遊びにおいでって」
「くっそぉ〜!!いいなぁお前ら〜」
新学期のクラス発表に一喜一憂する生徒達の姿は春の定番の光景だ。
都会に比べれば生徒数は圧倒的に少ないこの山間の高校でもそれは変わらない。
世南は再び手元に視線を戻すと、クラス分けの紙を見つめて呟いた。
「俺は・・」
その瞬間肩にドカっと重さを感じて世南の足元がガクリと揺れる。
「藤野!クラス一緒だったなぁ!」
後ろから小森武一が世南の肩に腕を回して嬉しそうに話しかけてきた。
世南はニコリと笑って答える。
「小森、はよ。まじ?同じクラス?」
「何!?まだ見てねーの?おんなじおんなじ!今年もC組でーす」
「・・C組かぁ」
世南は改めて手元の紙に目を落とす。
たしかにC組の欄の中間より下辺りに『藤野世南』の名前が書いてある。
世南はもう一度上から順にC組の欄を見ながら小さくため息をついた。
しかし小森はそんなことには気づかず明るく話し続ける。
「担任も去年と同じマツキヨさんだよ!ありがたいねぇ。マツキヨさんバイトに寛容で助かるから」
「小森、今日もバイト入れてんの?」
「あたりまえっしょ!午前授業最強!シフトいつもよりロングにしてる」
「体壊すなよ?」
「だいじょーぶ!身体の強さは誰にも負けない!」
「はは!縄跳びは苦手なのにねぇ」
「うっせ!それより早く教室行こうぜ」
小森は一年生の時同じクラスになって仲良くなった。バイトに命をかけていて、学生生活よりそちらに重きを置いている。
友達がいてくれるのなら、きっと大丈夫・・
世南は心の中でそう呟きながら、教室へと向かった。
二年の教室は校舎の三階にある。端から一列にA組からD組まで教室が並んでいて、C組は右側から二番目だ。
ガラリと扉を開けると、すでに多くの生徒が自分の机に座っている。
世南も出席番号を確認しながら自分の席を探した。窓から二列目の真ん中に机はあった。一緒にきた小森は廊下から二列目の最前列だ。
最前列だとわかり小森は明らかに顔をしかめている。
世南が自分の席に着席すると同時に教室の扉が勢いよく開いて数人の生徒達がワイワイと入ってきた。
「教室3階になったのだるいわぁ!」
「遅刻したらもうアウトじゃんね?走ったらめっちゃ息切れるし」
「鍛えろよテニス部〜」
先ほど外でクラス分けの紙を見ながら騒いでいた男子生徒達だ。
その中でも髪色をベージュブラウンに染めた人物が特に大きな声で目立っている。
その彼が教室に入ってすぐの最前列に座っている生徒に気がつくと、先ほどと変わらない大きな声で話しかけた。
「あれ?!鮎川じゃん!なんだよ同じクラスなの!?」
鮎川と呼ばれた生徒はそれまで机に突っ伏して寝ていたが、ダルそうに顔を上げた。
切長の瞳で綺麗な顔立ちをしている。
「なんだよ白瀬か・・俺の名前一番上にあっただろ。出席番号1番舐めんなよ」
「悪い悪い!俺自分の名前しか目に入らないタイプなんで!」
白瀬は大きな声で笑いながら言った。
「白瀬と一緒とかクソダルいな。来年はクラス替えないんだから、卒業まで一緒ってことだろ。さらにダリィ・・」
鮎川は黒のサラリとした前髪をポリポリと掻きながら冷たい視線を白瀬に送る。
「いきなり悪態つくのやめろよ鮎川君〜2年間よろしく〜!」
白瀬は何も気に留めていない顔をしてバシバシと鮎川の肩を叩いた。
「てか鮎川いるなら今年の体育祭うちのクラス優勝もらったようなもんじゃん!やったな!」
白瀬はそう言いながら近くにいたクラスメイト達に話しかける。
「鮎川、足めちゃくちゃ速いから!」
「そうなの?」
「私知ってる!鮎川君って去年うちの高校から唯一インターハイ行ったんだよね!?」
「えぇ〜そうなんだ!」
「今年の体育祭楽しみになってきたな!」
白瀬を中心にして数人の生徒達がワイワイと盛り上がる。
しかし話題の中心にされた鮎川は表情を崩さず軽くため息をつくと、
「白瀬、早く席座れよ」と言って再び机につっぷした。
世南がその様子を傍観していると、先ほど一度は席に座ったはずの小森が眉毛を下げた状態でやってきて不安そうに言った。
「やばい、このクラス行事に力入れる系かな・・」
「うーん・・どうだろうね」
世南は笑いながら首を傾げる。
「俺、今年は去年よりバイト増やしたいんだよ〜。来年になったらあんまり稼げないかもしれないしさ・・文化祭とかすごい作業あったらどうしよう・・」
小森はしょぼんと肩を下げた。
小森の家は小森が高校に上がったタイミングで両親が離婚し今は父親と二人暮らしだ。
決してギリギリの生活を送っているわけではないのだが、早く自立したい気持ちから自分に必要なお金は自分で稼ぐと決めているらしい。
そのため一年の時から放課後はいつもアルバイトに励んでいた。
しかし責任感の強い性格なので学校で何かやるべき事があるならそれを蔑ろにはできない。
不安そうに眉尻を下げている小森を見て世南はポンと自分の胸を叩いた。
「そしたら俺が小森の分やっといてやるって!心配するなよ!」
「えっ・・でも藤野だって妹達の面倒見るのに忙しいじゃん。一年の時もすぐ保育園お迎えとかで帰ってたし」
「まぁ・・でも妹達も今年5歳になるし、母さんも部署が変わって仕事が少し楽になるって言ってたから大丈夫っしょ!小森の穴は俺が埋めてやるって!」
「藤野ぉ・・」
「誰が誰の穴を埋めるって?」
小森が両手を広げて世南に近づこうとした瞬間、世南の頭上から低音の良く通る声が聞こえた。
「冬馬君!珍しく早いね!?」
世南は目の前の人物を見上げて笑いかける。
「一応今日は頑張ってみた。やっと2年生になれたし」
竹之内冬馬は綺麗なシルバーアッシュの髪をガシガシと掻きながらフワァとあくびをして言った。
「今年も世南と一緒のクラスでよかった。俺が無事2年になれたのもバンド続けられてるのも世南のノートのおかげだし」
「ちょっ、冬馬君!俺もいるけど!?」
そばで話を聞いていた小森が悲しそうな顔で叫んだ。
「おぉ、小森もよろしく。小森がいるとずっと話し続けてくれるから俺話さなくてよくて助かるわ」
「わかる!小森のお喋り聞いてるの楽しいよな」
「俺は別にラジオDJじゃねーぞ!」
小森が突っ込んだところで、担任の松下先生が教室に入ってきて言った。
「はい、おはようございます。みんな席に座ってください」
松下先生の言葉に従い立ち話をしていた生徒達がそれぞれの席に戻っていく。
小森は先ほど怪訝な顔をしていた最前列の席へと戻っていった。冬馬は少しの間ウロウロと机に貼られた番号を確認していたが、自分の番号を見つけたのか小森の隣の列の1番後ろの席へ着席した。
世南がその様子を見ていると、先程教室の入り口で盛り上がっていた白瀬が冬馬の前の席に座るのが見えた。
ーあの二人は合わなそうだなー
そんなことを思いながら世南は視線を教室の前に戻した。
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