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第1話
「くぁぁ……疲れたぁ」
デスクの横にドスンとダンボールを置くと、俺は呻き声を上げ糸が切れたようにしゃがみこんでしまった。
「本当にお疲れ様でした。大浦 さんじゃなきゃここまで円滑にイベントを終えられなかったと思います」
うっすら疲れをにじませながらも爽やかに笑う雲仙 は、ダンボールを優しく床に置いた。
「いや、警備の予定表状況見て、お前が見落とし指摘してくれたから……」
「警備にまで口出すのはどうかと思ったんですけど……」
「いや、本当に助かった。警備会社の担当者も関心してたぞ」
今日はウチの代理店が運営をした夏祭りの最終日だった。
市が主催の祭りだが、今年は市政55周年ということで、話題と資金集めのためにクラウドファンディングも活用し、通常では考えられないくらい気合と予算が入った長期大型案件だったのだ。
コンペで運営を受注してからも『シセイGoGo!』というキャッチフレーズを掲げる若い市長の要求に応えるべく、頭をひねり、手配に走り回り、本当に奔走した。
この数ヶ月、この仕事にかかりきりのようになってたしな。
……いや、かかりきりならいいが、どんなに忙しくとも容赦無く他の案件にも手を取られるから大変だったんだが。
明日以降も大型装置の撤収作業などはあるが、俺が現場担当をするのはここまでだ。本日分の撤収を済ませたあと、他の社員はそのまま帰宅させ、俺と雲仙が細々とした片付けのために会社に戻ってきた。
大きな仕事を終えて戻ってきた満足感を、無人の会社のムッと暑苦しい空気が澱ませていく。
「大浦さんは明日、代休取ってるんですか?」
「まさか。でも午後出勤にしてるんだ」
「でしたら、今からビール……どうですか?会場で飲みたい飲みたいって言ってましたよね?」
「お、いいねぇ!でも疲れてるから一杯で寝そうだよ」
雲仙の誘いに即返答しながらも、俺は内心驚いていた。
現在二十七歳で将来を嘱望される有望な若手。
甘めの塩顔で女性人気も高いらしい。
取引先のウケもよく、要望に応えるために努力を惜しまない。
いわゆるゆとり世代の成功例だ。
仕事だからととにかく馬車馬のように働き、結果より一生懸命頑張ったことに重きを置いてしまいそうになる四十手前の俺とは意識が違う。
俺たちの世代も若い頃はあまり上司との飲みに行きたがらなかったけど、今の若手は誘いにくい空気を出すのが上手いから、俺は雲仙を飲みに誘おうと思ったことすらなかった。
それがまさかコイツの方から誘ってくるとは……。
「寝ても大丈夫ですよ。僕が背負って大浦さんの部屋まで連れて行きますから。ここからすぐのマンションだって言ってましたよね?」
「ええ……?背負ってって…無理だろう」
「僕こう見えても結構力あるんですよ?」
そう言ってダンボールの横にしゃがみこんでいた俺の腕を掴んでグイッと引き上げた。
俺より一回り細く見える体の予想外の力強さに驚く。
疲れて踏ん張りのきかない俺は、ふらつき雲仙の胸に手をついて体を支える羽目になった。
「お……おう…ほんと、結構力が強いな。けど、俺こう見えて結構、脂がついてるんだよな」
「じゃあ、ビール飲んだあとサウナにでも行って絞りますか?」
「おお!いいねぇ!んじゃ、早く行こうか」
雲仙め、こんなところで交渉上手っぷりを発揮しやがって。
大仕事を終えてビールからのサウナ……!最高だ!
大好きな『サウナ』の一言で気分がギュンと上昇。戸惑いは吹き飛んだ。
俺は雲仙の背中を押し、上機嫌で会社を後にした。
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