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第36話 宝物

 薫とこんなにまで深く愛し合ことができるなんて夢……のようだ。今、当たり前のように俺の事を優しく抱き締めてくれている薫。 薫といると、空気までが柔らかく感じられるんだ。……そして思うんだ……好きだって! 大好きだって!。  俺の左腕には何本かの痕が付いている。一本を除けば、良く見なければ判らないくらい薄くなっているが、その一本をなぞる度母親の姿が浮かぶ。  薫がいない生活にも慣れてきたと、自分も親も思えるようになっていた。  そんなある日、俺は独りで留守番をしていた。ゲームをしていたし俺は、喉が乾いて台所で水を飲んでいた。水切り籠に果物ナイフが……不意打ちだった。 それは意識の外からフラフラと現れ、気づいたらバスタブのお湯は赤く染まっていた。 そして母親の姿がスーッと消えていく……ごめん……。 家族は一緒に乗り越えようと頑張ってくれていたのに……俺だってそうしたいと思うようになっていたのに。  ただ薫のいない人生なんて要らないと心の奥で思っていたんだろうなぁ。 忘れる訳ない。必死に考えないようにしていただけなんだ。  大学に入ってからも両親と姉貴は頻繁に泊まり来ていた。いや交替で来ていた。そんな日々が半年以上は続いて、やっと俺の口から友達の名前が出てくるようになった。家族は喜んだ喜んだ。 徐々に見に来る回数も減っていった。 二年の後半からは、ほぼ来なくなっていた。きっと両親も姉も泣いていたんだろうな。あの頃の俺を思えば……生きているだけで良しとする。ずっと守られていた俺。大切にされて来た俺は幸せものだよ。  然し誰からも守ってもらえずに、涙を枯らし、震えていた薫のあの五年はどうだ! 過酷な状況、あり得ない扱い。 十七才の薫 良く良く生きていてくれた。薫有難う! 薫の強さが伝わってくる。 もう寝息を立てている。安心してくれているんだね。薫ノート寝顔をはじめとして見つめながら心底思うよ。 俺の宝だ。命だと。 我慢出来ない! ごめんね。 そっと額に口づけ。 そっと頰に口づけ。 そしてそっと薔薇色の唇に口づける。 薫! 全身全霊で愛し続けるよ! やば! 目が合う…… 「誠? 眠れないの? 抱き締めてあげるよ。おいで……」 俺は薫の胸に顔を付ける。 「誠。本当に可愛いよ」 背中を優しく撫でられると、瞼が重くなってくる。 いい匂いがするよ……心地良い…… 薫! 薫! 生きていてくれて有難う! 探してくれて有難う! 愛し続けてくれて有難う!

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