17 / 17

第17話

 ――ここは、どこだろう……。   夢の中で、慧はあたりを見回す。  そこは、一面紫色の絨毯を敷き詰めたようなラベンダー畑だ。さっきまで煙るように降っていた霧雨は止み、青空に切れ切れの夏雲がぽっかりと浮かんでいる。  呼ばれて振り向くと、ラベンダーの花束を抱えたライトが笑顔で立っていた。見慣れない作業着は航空整備士のユニフォームなのかもしれない。  そう、ここに来るのにライトの整備した飛行機に乗ってきたのだ。とても安全で快適だったその乗り物は、今慧に新しい世界を見せてくれている。  ライトは慧に両手いっぱいのラベンダーを渡すと、高い空を指差した。飛行機が白い雲を描きながら飛んでいく。ライトに肩を抱かれながら、慧はそれを見送る。    ――あぁ、なんて、幸せなんだろう……。  そう思ったら、急に瞼が熱くなってきた。  綺麗な風景が次第に遠のき、ゆるやかに覚醒する意識とともに慧は目を開けた。  夢の名残で少しだけ潤んだ瞳に映ったのは、無造作にケトルに挿されたかすみ草だ。やわらかい朝日に包まれて、可憐な白い花がふわふわと揺れている。 「起きたか? おはよう」  声に振り向くと隣に横たわったライトが夢の中と同じ顔で微笑み、慧の髪を撫でてくれた。昨夜の熱情は穏やかな愛情に変わり、今は豊かな幸福感で二人を包んでくれている。 「夢を、見てた……」 「どんな夢?」 「君の整備した飛行機に乗って、北海道に行く夢」 「へぇ、夢にまで見てもらっちゃぜひ実現させないとな」 「ラベンダー畑と青い空が、とても綺麗だったよ」   瞳を閉じると鮮やかに画像が戻ってくる。もう心のアルバムに思い出用として綴じる必要はない。きっとそう遠くない日に、本当のアルバムに綴る日がくるだろうから。  夢の中の青空が、ほとんど思い出すこともなくなっていた田舎の空と重なった。 「ライト……ひとつ、お願いがあるんだ」 「何? なんでも聞いてやるよ」 「母さんに電話して、君のことを話してもいいかな。恋人ができたって」  ためらいがちに切り出された慧の望みに、ライトは屈託なく笑って頷く。 「朝飯食ったら早速しようぜ。俺もお袋さんに、とうもろこしの礼を言いたい」  窓から差し込む朝日を受けた恋人の笑顔が急に霞んできて、慧は濡れた目をそっと拭う。  運命はとても不思議だ。思い出だけを残し泡のように消えてしまうはずだった恋は、今確かめられる尊いかたちとなって、慧の手の中にある。  視界の隅で、小さな幸せがより集まったような花達が、これからの二人を祝福するように微かに揺れた。                  ☆ END ☆

ともだちにシェアしよう!