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第10話
磯城が意識を取り戻すと、葛城の腕の中にいた。はっとして逃れようとすると葛城に抱きとめられた。
腕の縛めは解かれ、寝衣も着ていた。誰が……まだ頭の靄は晴れない状態で思考する。
「どうしたのです。本日朝議はありませんよ、まだここでゆっくりなさい」
「下がって休ませていただきます」
「下がってとは……ここはあなたの対屋。ほかにどこへ下がるのか……」
苦笑交じりに言われ、磯城は戸惑った。確かにここよりほかに下がる場などなかった。
葛城は磯城の戸惑いを愛し気に眺めた。この誰よりも、何よりも美しい年上の叔父が完全に自分に落ちた僥倖に感謝した。
もう少し戸惑う磯城を眺め、からかいたい思いもあるが、朝の両親への挨拶があった。
「私は父上と母上に挨拶せねばならぬから、退出いたす。磯城はこのままここでゆるりといたせ。昨夜はあまりに可愛がり過ぎた故、ここが少し辛かろう」
そう言って、磯城の双丘を撫でると泰然と退出した。
磯城は半ば呆然と見送った。葛城の態度が変わっていた。言葉遣いも変わっていた。
元々体格差はあった。叔父の自分の方が華奢で小さい。だが態度は常に甥のそれだった。
少年の面影が残っていたのが、堂々とした大人のそれになっていた。
男は女を抱き男になると、一晩で大人になるとも言う。だが葛城は女はとうに知っている。自分か? 自分を落としたが故の自信か……。
何故そこまで己に執着する? 妃にできる姫はいくらでもいるではないか。二宮の王女も気立ての良い王女と噂で聞く。二宮が正后腹でないと言うが、男の自分より良いではないか。王女は他にいるし、嵯峨の伯父上のところにも姫はいる。葛城の妃候補など数あまただ。
磯城はどれだけ考えても、葛城の自分への執着を理解できなかった。
それよりも、専らの心配は葛城がまたいつこの対屋に渡ってくるかだ。最初の事を自省したとの思いは甘かったと昨晩思い知らされた。
つまりは、また渡ってくる。先程の自身に溢れた態度からしてもそれは明らかだ。
磯城の不安は的中することになる。その日こそ渡はなかったが、翌日には訪れ、当然のように磯城の体を開かせ、苛んだ。
それ以後も、葛城は度々磯城の対屋に渡った。葛城の磯城への扱いは完全に妃へのものだった。
媚薬こそ使うことはなかったが、淡水譲りのあらゆる技巧で磯城を翻弄した。時に磯城が抵抗を見せると、媚薬を使うと脅した。あの晩、媚薬によって気が狂うばかりの肉の疼きを味わった磯城は、それを恐れ葛城に従った。
磯城の身体は、完全に葛城の手に落ちていた。心とは裏腹に葛城の訪れに間が空くと、物足りなさを感じるほどに……。
葛城の訪れが絶えて十日が過ぎた。今まではどんなに空いても三日ほどだったため、磯城は戸惑っていた。
最初は物珍しさがあったが、さすがに飽きたのか? 所詮自分は男だ。それだったらいい……。ほんとにいいのか……。
はじめの頃は、渡の無いことに安堵した。葛城に翻弄させられ嬌態をさらすのは、何度させられても磯城の心を削ったからだ。
しかし、これほど空くと磯城は体の疼きに悩まされた。体の奥の消えない種火は高潔な磯城の心を煩わせた。
それが、葛城の目論見だった。
淡水が『少し間を空けなされませ。さすれば八宮様が自ら東宮様をお求めになられましょう』と助言したからだ。
しかし、若い葛城にとっても試練だった。女のもとに通い、直接的な欲望は解消したが、磯城の魅力を再確認するだけにも終わった。
磯城の魅力は際立っていた。元々気高く美しい人だったが、それに妖艶さを身にまとい己を惑わす。腹立たしくもあるが、だからこそ身も心も落としたい。葛城は磯城の心は未だ落ちていないことも分かっていた。
先ずは、体を完全に落とす。自分から己を求めてくるほどに。だから、淡水の助言に従った。
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