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第12話

葛城は、磯城の体が完全に落としたことには満足していた。もうおそらく女の相手は出来ぬはずだと淡水は言った。  だが、それ故か男が近づく心配はある。現に大王も……。  磯城は全く自覚がないようだが、最近の婉然とした色気は男を引き付けるものだ。それが、自分故のことと思うと誇らしいが、しっかり見張る必要がある。既に淡水に命じてはあったが……。  葛城にとって、淡水は実に離しがたい舎人だった。男の体の落とし方、必要な薬の準備。内偵にも使える。まさに得難い人材だ。  しかし、その淡水も心の落とし方は疎いようだ。磯城の身も心も落としたいと言う葛城に、時間が必要です。としか言わない。  今、葛城が一番欲しいもの、其れは磯城の心だった。幼い時から一心に思い焦がれてきた人。その憧れの人が腕の中にいても、心は未だ自分にないことは葛城も分かっていた。  たとえ心はなくとも、愛する人の温もりを感じられれば幸せだ。いずれは心も……と、思う。確かに淡水が言うように時間が必要なのかもしれない。  朝餉を終えた磯城は、机にもたれ庭を眺めていた。今日は朝議などの務めもなかったためゆるりとした気持ちでいた。  昨夜葛城に、思いのまま蹂躙された体が熱く、気怠いこともあり、あまり動きたくない気分でもあった。  そこへ、葛城が前触れもなくやって来た。こんな朝の内に何? と思う磯城に言う。 「父上のお召でございます。嵯峨の大臣も召されたようです」  大王様のお召、なんぞ緊急な用でも? しかしなぜ、舎人に命じずわざわざ葛城が伝えにきた? と磯城は思う。 「今日は、なんの務めもないと思い昨夜は無理をさせた……体は大丈夫か?」  成程、葛城なりに己の体を心配しているのか、確かに気怠いが大王のお召だ。行かねばなるまい。まして嵯峨の大臣も呼ばれたとなると、かなりの重要事項だろう。 「ああ、大丈夫だ。支度をする、お待ちくだされ」  二人は、揃って大王のもとに赴いた。公の場での葛城は、磯城に対して非常に慇懃無礼だ。叔父として、後見として敬う態度を崩さない。 「二人とも急に、すまぬな。どうも三宮の動きがきな臭い故にな」 「ああ、頻繫に高松と交流しているのは存じておりますが、叔父上も何かご存じでございますか?」 「頻繁な行き来は、私も存じておりますが、三宮の兄上が高松の姫を娶った故と……」 「ああ、姫の件は高松との結びつきを強めるためじゃろが、隠れ蓑にもなる」 「三宮の兄上が高松に通うのは、姫が目当てだけではないと?」 「そうじゃ、どうも武器を仕入れる動きがあると嵯峨の大臣がな」  それは確かにきな臭い。大王の話を引き取った嵯峨の大臣の話を聞き、二人は危機感を共有する。 「伯父上のところへ常に出入りする者からの情報なら、信憑性は確かでございますな」 「そうでございます八宮様、それ故大王のお耳に入れなければと参上したのだ」 「どうしたものか……東宮、そなたにはなんぞ考えはあるか?」  大王が、東宮である葛城に下問すると、葛城は磯城に助けを求めるように問う。 「そうでございますな……叔父上のお考えは、いかかがでございますか?」 「今は急いて事を荒立てるより、しばらくは様子を見た方がよろしいかと存じます。少々表現はあれですか、泳がせた方が全貌が明らかになるかと……こちらは何も気づいていないという態で密かに内偵させるのが肝要かと」  さすが頭の切れが違うと、この場にいる誰もが思った。  大王は、東宮後見に任命したのは正解だったと思った。  嵯峨の大臣は、未だ壮年にもならぬ年若い甥を頼もしく思った。やはりこの甥が、嵯峨一族の命運を握っていると改めて思った。  そして葛城も、自分の思い人の凛とした佇まい、的確な意見を述べる明敏さ、秀麗な姿、全てが誇らしい。同時にこの高貴な気品漂う貴人が、自分の腕の中で身を震わせ啜り泣く姿を思い優越感に浸る。だからこそ、この人の全てを、心をも自分のものにしたいと強く思った。  各々が、磯城に感銘したことにより、磯城の主導で評議は進んだ。  大王、嵯峨の大臣、東宮の三者それぞれが、あらゆる方策を用いて内密に探りを入れることとなった。  磯城は東宮の後見のため、合わせて一者である。  三者緊密に連絡を取り合うことを確認して、評議は終わった。また、三者の利害は一致することも、言葉には出さずとも認識を新たにした。 「叔父上、内偵の件ですが淡水に命じようと思っております」  磯城は淡水と言う名に反応する。淡水が葛城へ、磯城のことで助言や助力をしていることを知っているからだ。  そして、葛城の磯城への凌辱の場に淡水はいる。そのことに磯城は、怒りと羞恥を覚える。 「あれは、そのようなこともできるのですか?」 「新羅で花郎時代かなり鍛えられたとのよし。それ故、使える舎人と雇入れた者です」  成程、そちらが本職だったのか。確かに花郎はそういった働きもするのは磯城も知っていた。 「そうでしたか、それではそのように命じていただいて結構です。私の方でも探りを入れさせる舎人が、橘の宮にいるので、行ってこようと思っております」 「橘の宮に……くれぐれも気を付けて行かれてください。三宮や高松が何か仕掛けることもあるので」 「ははっ、三宮の兄上もさすがに弟の私になんぞすることはないだろう。心配いらない」  全くこの人は、頭は切れるが、こういう危機感はない。と言うよりも人の悪意に疎いと葛城は思った。  実はそれは、葛城だけではなく磯城を知る人達の共通認識でもあった。故に、磯城の側の人間には心配な点であり、敵方に立てば狙いどころでもあった。  磯城の美点でもあり、欠点でもある。

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