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第1話 とばっちり
放課後。まだ生徒 がまばらに残る教室で、俺の親友は突然俺の肩を掴んでこう言った。
「突然だが、重大発表だ」
振り向きざまに見た顔は真剣そのもので、俺は掴まれた肩もそのままにヤツを見つめ返した。
俺を見下ろしていた端正な顔が「くっ」と小さく呻いたかと思えば、手を震わせ顔をかなり下に俯かせる。こういう仕草をして初めて俺より頭が下に来るの、何となくムカつくな。
先を促すように肩を小突けば、吐き捨てるように重大発表とやらは敢行される。
「金が無い!!」
直後すぐに手を振り払い、とっととカバンを引っ掴む。心配して損した。
「帰ろ」
「待て待て待て待て話を聞け」
「お前に金がないなんていつものことじゃん。なんて呼ばれてるのか教えてやろうか?」
「わかってるわかってる。万年金欠だろ」
「口癖なんだろそれ。クラスの連中どころか学年全体に轟いてるぞ」
「不名誉過ぎる」
「お前の名前知らなくても『金欠の奴』で大体通じるから便利だよな」
「俺は今激しく傷付いた。よって慰謝料を請求する」
ん。と出された手にのど飴を乗せてやった。夕飯までこれで持たせてくれ。
「アレ、もしかして喉の調子悪い?」
「いや。味が好きだから持ち歩いてるだけ」
「そっか。ならいいや」
「俺もう帰るな?」
「いや愚痴だけ聞いて行ってくれ。ファミレスカラオケ金かかるからここで」
「俺暇じゃないんだけど」
帰ってすぐ米炊かないと良い時間に飯が食べれないし。と続くはずが、目の前でへにょりと垂れた眉に気を取られて口を噤んだ。
「いつもよりヤバいんだって。実は俺の父親がさ」
ドゴォッ!!
声を遮るように鈍い音が背後で響く。続いて何かがガシャンと落ちる音がした。
教室にまだ残っていた連中が俺の後ろを見て青ざめる。
誰も声を発さないが次の瞬間、カラカラと何かを引きずる金属音がした。
「話は本当だったのか。全く信じられねぇな」
地を這うようなとか、唸るような、という表現が的確だろうか。明らかに苛立った低い声がすぐ後ろで発せられる。
俺も信じられない。なんかヤバそうな奴に背後取られてるどうしよう誰か警察呼んで。
俯いたフリしてちょっと後方確認したら釘バットが見えたんだけど。マジでいるんだアレ使ってる奴。絶対これ不審者じゃんこんなん無理じゃん。お前のあだ名明日から釘バットなの大丈夫か?人生最大の過ちだろ。
というかそもそもコイツ生徒か?もし部外者ならなんでこんな奴ヌルっと校舎に入れる仕様になってるんだ。
「お前、灰蛮じゃねぇか。まさかこんなもんを隠してたとはな」
「あ?何言ってんだコイツ」
「しっ…!刺激しちゃいけません!!!」
不審者改め釘バットは明らかにこちらに向けて話しかけている。この距離、角度。間違いない。なんか近いし。
これバット振り回されたら普通に当たるんだが。打ち付けられるんだが釘が。
そんな近くに釘バットが来ているというのに俺の親友、真城は普通に「何言ってんだコイツ」とか相手に聞こえる声量で言い放ったのだ。お前は良いよ当たらない距離にいるからな。でも俺はどうかな!!最悪あばら持ってかれるんだが!?
慌てて小声で諫める俺を見て真城はめちゃくちゃ苛立ち始めた。
前も後ろも怒り出したもう駄目だ何見てんだよお前ら早く先生呼んで来て。
「随分と舐めたことしてくれたもんだな、灰蛮。胸糞の悪いあの野郎はどこに居んだ」
「居場所ならむしろ俺が知りたいくらいだね」
「あ?」
「とっとと帰れ、梅漸。越権行為って言うんだぜ、こういうのは」
「越権だ?馬鹿言ってんじゃねぇ何勘違いしてんだ。これは三家、引いては全門の問題だ」
というか灰蛮?梅漸?真城の名前はそんなんじゃないし、なんかのニックネーム…いやハンドルネームか?ネット上の名前とか…。
妙な呼び方を訝しんでいたら突然背後から腕を掴まれて、その勢いのまま引っ張られた。叫ぶ余裕もなく、喉奥からひゅっと小さな音だけがする。
「借金のカタはコイツで良い。所有権は俺たち“漸”が持つ」
瞬間背中が熱くなった。なんだ?熱源を押し付けられたみたいにジワリと皮膚の表面が熱くなったと思ったら腹の中に移動した?
そのまま動けないところをひょいと担ぎ上げられる。
「うあぉ」
いや背高すぎだろ担がれてるのに普段よりも目線が高い。足をバタバタさせても男はビクともしなかった。
「お、下ろせ!」
「背中にでも掴まってろ。落ちるぜ」
「待て梅漸!そいつは」
ふと男が立ち止まって真城を振り返った。
教室全体が息を吞み、恐怖に震えだすのが肌でわかる。
今度こそ誰も男…釘バットマンを止めることはなく、それまでの日常は遠ざかって行った。サッサと教室を抜け、校舎を抜け、そのまま真っ黒な車に押し込められて目隠しをされた。
まさかの拉致。
借金のカタって映画とかドラマとか漫画で見る、アレか?
そんなもの、万年金欠の代名詞•真城に払えるわけがない。
(嘘だ嘘だ嘘だ)
担保扱いなら殺されることはないだろうけどそれは五体満足五臓六腑に至るまで無事といえる契約なんだろうか。
こういうとき、真っ先に浮かんだのは真城がよくよく口にする言葉だった。
心の底からこれを叫ぶのは人生で初めてである。口も塞がれてるから声出ないけど。
誰かっ、金をくれ―――――――――!!
こうして俺こと平凡な男子高校生、神崎武彦 。
生まれて初めて気絶というやつを経験しました。
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