2 / 25

第2話 夢であって欲しい

 全身がポカポカと温かい。心地良さに小さく息を吐くと、すぐ傍で何かが動く気配があった。 (あったか…気持ち良い…。………今何時だ?)  今日は体育もあったから、夕飯を取り上げられたら空腹で寝付けないかもしれない。俺はただでさえ発育が悪いのにこれ以上食いっぱぐれたら確実に成長期終わる…!! 勢いよく跳ね起きた俺はそのままの勢いで何かに頭突きをかました。 「あでっ」 「ぐっ」 「は、え、なん…どこだここ、ってうわ!?」 「おい、ちょこまか動くんじゃねぇ」 「その声!俺を拉致した釘バットだな!?」 「釘バ……!?変な呼び方するんじゃねぇ!」  どうやら俺の顔を覗き込んでいたらしい男は、俺からの熱烈な目覚めの挨拶によって額を抑えていた。 釘バットなんて物騒なものを持ってたからもっとイカれた、ゴホン、治安の悪い見た目をしてるもんだと思ってたが意外や意外、スーツを身に纏っている。 慌てて逃げようとして、男とは逆方向へ振り返ったらそこには 「見たか?元気の良いこった、梅漸に一発かましたぞ」 「いやぁ学生はなんたって元気なんが一番だしな。しっかし初撃からの展開が遅いのがな~~~俺だったらそのままグッと喉潰しにかかるんだが」 「見てみぃ、あの細腕じゃ引っ掴んだ衝撃でテメェが折れらぁ」 「おい釘バットってのはなんだ」 「ああ、連中がふざけて渡したのを律儀に持ってったらしい」 「真面目だからなぁ、アイツ」 「にしたってそんなはしゃぐ年でもないじゃろ、もっとええもん持たせたれ」 「そうだそうだ。コイツは紙切れさえ武器だっつって渡したらぶん回すぞ」 「そりゃただの馬鹿だろ」 「「「ガハハ!」」」  強面の男がズラッと正座して並んでいる。 俺これ知ってる。任侠映画とかで見るやつ。恰好はスーツだったり和装だったりで統一感ないけど絶対そう。絶対そうだって後ろの方に立ってる人たちの腰からチラッと見えるもんこの国で持ってたら即行逮捕されるヤツ!!!  俺はもう必死に膝と両手でシャカシャカ移動して、釘バット男を盾にするべくその後ろへ回り込んだ。 「おいスーツが皺になる、掴むな」 「安全の保障がなければこのスーツがどうなっても知らないぞ!」 「……お前今の状況はわかってるのか?誰が誰脅してんだ」  目隠し外されてて助かった。目覚めても動けないで強面集団から観察会ずっとされてた可能性ある。今もめっちゃ見られてるけど。  ソっと顔を引っ込ませ、釘バット男の背中から部屋の内部を注意深く見る。 和室ってことしかわからんなんだここ。  さっき見た感じ、畳の部屋…大部屋っぽかった。元々の部屋がデカいってよりは襖ぶち抜いて複数の部屋を一つとして使ってる感じ?咄嗟に手をついて起き上がったけど、俺の住んでいる家に和室はないから懐かしい感触だった。 左手だけスーツを離し、畳を撫でる。昔は、畳の匂いにも馴染みがあって、それで。それで。 「ええ賑わいようじゃな」  なんか、空気が変わった。誰か部屋に入って来たっぽい。 「親父!」 「帰ったか、梅漸。随分と早いこって」  大変威厳のある声の主を、釘バット男は親父と呼んだ。この人の登場で和気あいあいとしたお喋りは鳴りを潜め、空気はピンと張りつめている。 「ちょうど今、挨拶に向かうところでした」 「そんなんはええ、俺も今日んとこは休みじゃ。しっかし梅漸がなんぞ持ち帰るんは珍しいからのぉ、こんだけ集まっとるっちゅうことは……大事か」 「この上無く」  粗暴な喋り方だったのに釘バット男は背筋を正して丁寧な喋りだ。ということは、今入って来た人がここのトップってことか? 恐る恐る背中から顔を覗かせるとド正面に大柄な男が立っていた。 着物だ。着流しってやつかな。周りに比べると結構ラフに見えるから本当に休んでたのかも?良いなぁ平日なのに。 なんて思ってたら目が合った。うわよく見たらすごいデカい傷が目のところにある。 「……灰蛮のカタっちゅー話ぞ」 「所有権は今“漸”にあります」 「でかした」  しでかしたの間違いでは? 「おい」 「ふぺぁ」 「なんぞ締まりのねぇ声だ」  だって急に釘バット男が俺のこと前に押し出すから!!なんて正直に言えるはずもなく。俺はただ震えて見上げるだけだ。 そんな俺を笑って見下ろす大柄な男は、なんとなく雰囲気が柔らかい。 笑ってればこの人、あんまし怖くない、かも。 「……お前は俺のガキだ。今日からな」  言うだけ言うと俺の返事も聞かずに大柄な男は踵を返した。両側へ控えていた男たちが一斉に頭を下げる。 やっぱ偉い人なんだ。話の間廊下に控えていたらしいスーツの男たちが、大勢で大移動しているのが見える。 「話は聞いてたな。“蛮”の連中は一歩たりとも中に入れるな」 「「「応」」」  さっきまで茶化してる雰囲気すらあったのに、全員が釘バット男の号令に応えて一斉に退室して行った。 よく考えたらここ、部屋の上座ってやつじゃね?ってことはこの男も高い役職に就いてるってことか? 一体コイツらは何の集団で、なんなんだろうここは。 「まさか借金取りの根城?」 「似たようなもんだ。行くぞ」 「え、行くってどこにっ」  さっきは担がれるようにして運ばれたのに、今度は縦抱きにされた。具体的に言うと抱っこ。 「うおおおおお何してんだ下ろせ」 「馬鹿いえ、まだ立ち上がれないはずだぞ」 「は?!そんなはずないだろ赤ちゃんじゃあるまいし」 「ほれ」  激しく抗議したらほれとか言いながら下ろされた。いや、上半身は支えられてるから正確に言うと下ろされてるとは違うんだけど。どっちかと言えば背後から持ち上げられてる猫みたいな感じなんだけど。 納得がいかずにピーンと伸ばした足で廊下を掴む。掴もうとした。 「あれ?」  そのままストン、と床に座らされる。マジで立てない。どゆこと。 「話が進まねぇからとっとと行くぞ、赤ちゃん。這い這いで俺に案内されるのとどっちが良い」 「人権を要求する」 「おおよちよち」 「だぁああああ」  頭をなでなでされてから再び抱っこされて、だだっ広い屋敷(暫定)の中を見せびらかすように練り歩かれた。 コイツマジ覚えてろよ!!!!!

ともだちにシェアしよう!