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第1話

     1  まばゆいほどのシャンデリアの光が、パーティー会場を照らし出している。  前世紀の終わり、一人の科学者によって発明された白熱灯は、世界から夜の闇を奪い去った。  都市部の夜は、昼間ほどではないにしても十分に明るくなり、人々の生活時間にも変化が見られた。社交の場が増え、一部の貴族たちは夜な夜なサロンやパーティーを開き、楽しめるようになった。大戦の最中はさすがに自粛していたようだが、大戦が終わった今、そういったパーティーはあちらこちらで開かれているという。  華やかな社交の場は、カイにとって無縁な場所というわけではなかった。  この国ではその家名を誰もが知っている、公爵家の一員だということもあるのだろう。三男であるカイは家督を継ぐことはないとはいえ、公爵家との繋がりを持ちたいと思う人間は少なくなかった。  かつてはパーティーの招待状が自宅に何通も届き、断りの手紙を書くのにも随分たくさんの時間を有した。  文書作成をする電子機器が登場している現在でも、貴族たちはこういった招待状は手書きに封蝋という伝統的なものを好んで使う。  カイ自身も文字を書くのは嫌いではなかったが、形式的な断りの手紙の多さに当時は辟易していた。  だから、そういったカイに宛てた手紙がほとんど来なくなった現在は随分気楽ではあった。  元々、カイはパーティーというものが苦手だった。  幼い時分、父母に連れられて参加していた頃のパーティーは、いつもよりも豪華な食事が食べられる、同じ年代の子供たちと楽しく遊べる場所だった。自分たちを監視する大人たちの目がない中、広い屋敷の中を自由に動き回ることもできた。  けれど年頃になるにつれ、そういったパーティーの位置づけも変わっていった。  着飾った男女が談笑を行い、相手の機嫌をとりながら様子を窺いあう。身に着けている衣装一つをとっても、頭の上から爪の先まで値踏みされているようで落ち着かなかった。  そういったこともあり、普段であれば謹んで辞退するところではあるのだが、今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。  主催が王族、しかもこの国の国家元首であること、さらにカイが主賓の一人であるため、さすがに断ることはできなかったのだ。  先ほどカイは、バーチュー勲章をニケルナ女王から賜った。  国土の大半が海上に面し、海上貿易で栄えたブルターニュ王国は世界のどの国よりも先んじて機械革命に成功していた。  近代化により、蒸気機関や空を飛ぶ飛行船、さらに海上輸送機器の開発が進んだ。  ニケルナが即位してからの十年でますます国は発展し、つい先日まで行われていた世界大戦の勝利により、その地位を盤石なものにした。  バーチュー勲章は、軍事や科学、芸術といった様々な分野で国の発展に貢献した人物に与えられる勲章だ。  カイがこの勲章を得たのは、科学分野に関するもので、それは世界大戦でも活躍した戦闘機の改良を行ったことに依るものだ。  機械革命により人々の生活は随分便利になったが、それにより戦闘兵器もまた進化を遂げ、戦場はこれまで以上に凄惨なものになっていった。  元々は航空機の開発をしていたカイが戦闘機にも携わるようになったのも、数日で終わると予測された大戦が数年にも亙り長引いてしまったことにある。  敵国の戦闘機をどれだけ効率よく撃ち落とせるか、攻撃能力を高くすることに他の科学者たちが躍起になっていった。けれどカイが尽力したのは、自国のパイロットの生還率を高めるための戦闘機の改良だった。  当初は軍の上層部に難色を示されたが、戦闘機はいくらでも開発できるが優秀なパイロットの育成には訓練期間も費用も必要だ。そんなパイロットたちを生還させた方がずっと効率が良いというデータを示せば、軍の納得も得ることができた。  実際カイが戦闘機の改良を行ってからは、パイロットの戦闘中の死亡率は軒並み下がり、それは大戦の勝利にも繋がった。  だからこそ、勲章も辞退することなく受け取ろうと思ったのだが。  ……やっぱり、こういった場は慣れないな。  長い間、社交の場に出てこなかったのもあるのだろう、貴族たちの中には顔や名前を知った人間も多いが、皆どこかカイのことを遠巻きにして見ている。  さらに、聞きたくないような会話も、先ほどからちらほらと耳に入ってきていた。 「あら珍しい、ウィンスター公爵のご子息がいてよ。相変わらず美しいわね」 「バーチュー勲章を受けたって話だからな。女王陛下の手前、出ないわけにはいかなかったんだろう」  後方にいた男女のグループが、楽しそうにカイのことを話題にし始めた。 「美しいだけではなく聡明なのね。王太子殿下も、勿体ないことをしたと思ってるんじゃないかしら?」 「それはないだろう、なんというか彼はオメガだが……なんだろう?」 「いや、かえっていいじゃないか。妊娠の心配もなさそうだし。愛人にはうってつけだ」  こちらに聞こえていないとでも思っているのか。それともわざと聞かせようとしているのか。  以前のカイ、それこそ十代の後半の頃であればショックを受けたであろう彼らの話も、二十代も後半に差しかかれば聞き流すことは容易かった。  言いたい人間には、好きに言わせておけばいい。  しかしだからといって、不快に思わないわけではない。  既に女王陛下への挨拶は終えたのだし、そろそろ暇をもらってもいいだろうか。  盛り上がりを見せているパーティーは、カイが一人いなくなったところで気にする人間もいないだろう。そう思いながら、ふと窓の外に視線を向ければ、夜空にゆっくりと銀色の長球が進んでいくのが見えた。  闇夜に浮かぶその姿に、思わずカイは目を細める。  まるで……光の船だ。 「あの」  飛行船に目を奪われていたからだろう。最初カイは、その声が自分にかけられたものであることがわからなかった。 「あの、すみません!」 「は、はい」  先ほどよりも、少し大きな声が聞こえ、弾かれたように慌てて声のした方に視線を向ける。  そこには、カイよりも上背のある逞しい青年が笑みを浮かべて立っていた。  軍服の上からでもわかるほどに胸板は厚く、金に近い明るい茶色の髪は上品な光を帯びている。瞳の色は薄い青色で、十分美男子の部類に入るだろう。  士官の礼装を着た青年は身なりこそきっちりとしていたが、表情にはまだあどけなさが残っていた。カイ自身は実際の年齢よりも若く見られることもあるが、おそらく青年の方が年下のはずだ。 「あの、何か……」  用ですかと、聞こうとすれば。カイが言い終わる前に青年が言葉を続けてきた。 「ウィンスター博士ですよね? バトラックスの改良を行った」  バトラックスは、カイが改良した戦闘機の呼称だ。 「ええ、そうですが」 「やっぱり! 俺、大戦ではバトラックスに乗っていたんです! 戦場ではあの機に何度も助けられました」  顔を赤らめた青年が、興奮したように言う。なるほど、彼は戦闘機のパイロットだったのか。  今日のパーティーは貴族たちだけではなく、大戦の功労者も多く招かれているはずだ。  大戦の勝利は空中戦が大きく作用したという話であるし、おそらく彼も何かしらの勲章を得たのだろう。 「そうだったんですか……」  他の受章者の名前を確認しておけばよかった。誤魔化すようにカイは愛想笑いを浮かべた。 「俺も学生時代は機械工学に興味を持っていたんです。いつかお会いしてみたいと思ったんですが、まさかこんなに早く会えるなんて!」 「こちらこそ、そんなふうに言ってもらえて光栄です……」

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