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第2話
青年の勢いに圧倒されながらも、なんとかカイが笑みを浮かべてそう言えば、青年はハッとしたような表情をし、姿勢を改めた。
「すみません。お会いできて嬉しかったとはいえ、あまりに不躾でした。ヒューゴ・ラッドフォードです。軍では大尉を務めています」
「カイ・ウィンスターです。ラッドフォードということは、もしかしてラッドフォード公爵の?」
「はい! とはいえ、俺は三男なので公爵位は一番上の兄が継ぐ予定ですが」
ヒューゴはそう言うと、少し照れ臭そうに笑んだ。
快活ではあるが粗野には見えず、どことなく品があるのは公爵家の出だからだろう。
ラッドフォード公爵の末の息子は隣国に長く留学しているという話を聞いたことがあった。だから、カイのことも何も知らないのかもしれない。
「だけど、驚きました。ウィンスター博士はお若いとは聞いていましたが、まさかこんなにきれいな方だったなんて」
「え……」
ヒューゴは少し照れたように首を傾げると、カイのことを夢見るような瞳で見つめる。
「バトラックスって、傲慢な女って意味じゃないですか。だけど、ウィンスター博士は女神のような美しさだ」
世辞ではなく、本気でヒューゴがそう言ってくれていることはその瞳を見ればわかる。
外見に関しては、過去に幾度もこんなふうに賞賛を得てきた。嬉しくないわけではないのだが、どう反応すればよいのか困ってしまう。
だけど、女神って……。
十代の頃であれば、まだ線も細く女性に見えないこともなかったが、二十代も半ばとなった今はさすがにそんなことはない。
「過分な言葉を、ありがとうございます。ラッドフォード大尉も、とても素敵ですよ。」
無難な言葉を返したつもりだったのだが、ヒューゴの目つきが目に見えて変わった。
「嬉しいです。あなたのような美しい方にそう言っていただけるなんて……実は、こんなふうに自分から誰かに話しかけることなんて滅多にないんです」
距離を詰められ、ヒューゴが自然な動作でカイの手を取った。表情にはあどけなさを残すわりに、そのスマートさに面食らってしまう。
「カイと呼んでも?」
微笑むヒューゴに対し、カイは一瞬目を瞬かせたが、すぐに口元に小さな笑みを浮かべてやんわりと手を離す。
「かまいませんが、おそらく私の方が年上だと思いますよ?」
「え?」
カイの台詞に、今度はヒューゴの方が面食らったような顔をする。
「そうだな、カイはお前が陰でオッサン呼ばわりしている俺の一つ下だからな」
二人の間に入ってきた第三者の声に、カイは驚きとともに聞こえてきた方へ顔を向ける。
「フォ、フォークナー大佐!」
目の前のヒューゴが、思いっきり顔を引きつらせた。
「マテウス……」
カイは声をかけてきた男性の姿をとらえると、呟くようにその名を呼んだ。
ヒューゴ以上に上背のある長身に、逞しい身体。凛々しい顔立ちに甘さはないが、同じ男のカイでも見惚れるほどの美丈夫だ。
漆黒の軍服を身に纏った姿は、この会場の誰より目を引いた。
マテウス・フォークナー。空軍大佐となった青年は、カイの学院時代の一つ上の先輩であり、旧友でもあった。
旧友、とカイは思ってはいるものの、マテウスの方はそう思っているかはわからない。幾度も話したことがあるとはいえ、その際にマテウスのカイへの対応は、おおよそ穏やかなものとは言えなかったからだ。穏やかどころか、むしろ嫌われていたのではないかと思うほどに。
だから、目の前にいるマテウスを認識した時にも、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
「久しぶりだな、カイ」
けれど、そんなカイの心境とは裏腹に、マテウスは穏やかな笑みをカイへと向けてきた。それこそまさに、久方ぶりにかつての友に会えて、嬉しいというような。
「うん、久しぶり」
だから、素直にカイもマテウスに笑みを返すことができた。
「マテウスの活躍は聞いてるよ。空の戦神、マテウスが指揮した部隊の勝率は他の部隊とは桁違いだったって」
「たまたま運が良かっただけだ。あと、機体の改良もな?」
意味深な笑みを向けられ、こそばゆい気持ちになる。おそらく、マテウスも戦闘機の改良を行ったのがカイだということを知っているのだろう。
「え? カイとフォークナー大佐はお知り合いなんですか?」
二人の世界になってしまっていたことが、面白くなかったのだろう。慌てたようにヒューゴが口を挟んできた。
「マテウスは学院時代の一級上の先輩なんですよ」
カイが説明すれば、納得したようにヒューゴが頷いた。さらに。
「そうなんですか? フォークナー大佐、水臭いじゃないですか。ウィンスター博士とご友人で、しかもこんなに美しい方だったなんて聞いてないですよ」
「お前に話す義理はないし、そもそも大戦が終わってから夜会で片っ端から貴族の姫君と浮名を流しているお前には、必要ない情報だと思うが?」
マテウスの言葉に、これ以上ないほど思い切りヒューゴが顔を引きつらせた。やはり先ほどの動作を見ての通り、ヒューゴはかなりの場数を踏んでいるようだ。
カイからすればおおよそ予想がついていたことではあるのだが、なぜかヒューゴは焦ったようにカイを見つめてきた。
「ち、違うんですカイ! ちょっとフォークナー大佐が大袈裟に言っているだけで……」
あたふたと身の潔白を説明しようとするヒューゴの様子がおかしくて、思わず口元を押さえてしまう。
そこでふと、カイは自分たちに対し周囲の視線が集まっていることに気づく。
カイ一人でも比較的目立つ方ではあるが、今を時めく戦闘機のパイロットが二人もいるからだろう。それこそ、若い貴族の女性たちは今か今かとばかりに二人に話しかける機会を狙っているようだ。
ヒューゴに話しかけられたことで留まってしまったが、元々は帰宅の途に就こうとしていたのだ。自分は退散した方がよいだろう。
「すみません。せっかく話しかけていただいたんですが、僕はそろそろ……」
カイの言葉に、マテウスも周りの様子に気づいたのだろう。
「ああ、ちょうどよかった。俺もたまたま帰ろうとしていたんだ。カイ、よかったら送っていく」
「は?」
声を出したのは、カイよりもヒューゴの方が先だった。
「じゃあ、俺も……」
「お前は女性たちの相手をするのに忙しいだろう?」
後は任せたとばかりにマテウスはヒューゴに対して微笑むと、そのままカイの肩に手をまわして歩くよう促した。
「で、では……」
とりあえずヒューゴに声をかけたものの、マテウスの足は速く、ヒューゴの返答を聞く前にその場から移動することになってしまった。
ちらりと後ろを振り返れば、未練がましくヒューゴは自分とマテウスを見つめていたが、そうこうしている間に若い女性たちに取り囲まれてしまっていた。
少し可哀そうな気もするが、マテウスの話では女性の対応は慣れているようだし、問題ないだろう。
マテウスに肩を抱かれたまま、カイはパーティー会場を後にすることになった。
「よかったの? 今日の主役が」
パーティー会場にいた人間の多くは、マテウスを一目見たい、あわよくばお近づきになりたいと思っていたはずだ。
「女王陛下への挨拶は終えたし、かまわないだろ」
けれど、当のマテウスはそういったことには一切興味がないようだ。相変わらず、我が道を行っているなあと感心する。
「それより、えっと……?」
会場の外に出てもなお、自分の肩に手を添えているマテウスに目線を送れば、
「ああ、悪い」
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