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線香花火で占うなんて乙女かっ
香上くんが皆の頭を悩ませ、心を掻き乱している。だが、そんな事はお構いなく、僕は花火が楽しみで仕方ない。
八千代の家の近くの公園で花火をする事にした僕たち。手持ち花火を振り回してはしゃぐ啓吾が、りっくんを追い回している。それを石段に座って見ている朔は、線香花火の優しい灯りに癒されている。
何故だか僕は、八千代の膝の上で八千代に手を添えられて、2人で線香花火を摘まんでいる。遂に、誰も僕と八千代の密着ぶりをツッコむことは無くなった。
「ハァ、ハァ····。まったく、ほんっとに啓吾バカ! 危ないだろ!?」
「もう一本いくか?」
「いかねーよ! ····ハァ。それにしても、ゆいぴも来れて良かったねぇ」
啓吾から逃げ切って来たりっくんが、息を切らしながら言った。息が乱れているりっくんが色っぽい。
「うん! りっくんが居るならって、母さんが言ってた」
「まぁ、幼馴染でよく知ってるし、外面だけは完璧だからね、俺」
「なーに、鼻高々にゲスいこと言ってんだよ。結人の母さんも、莉久に騙されて可哀想だよな~」
鎮火した花火をいくつも握って、啓吾が意地悪な顔で言う。
「で、でも、おかげで僕は皆と花火できてるよ? 啓吾、花火危ないからバケツに突っ込んでね」
「オッケ。まぁ、ホントそこだけは感謝だな。その調子で莉久、化けの皮が剥がれねぇように気ぃつけろよ」
啓吾がりっくんに嫌味を言う。
「ひっでぇの。俺のおかげなのにねー、ゆいぴ~?」
「ね~····あっ、先っちょ落ちちゃった」
「おっ。みんなで勝負しねぇ? 線香花火、誰が最後まで落ちないか」
「啓吾は、ホントになんでも遊びにしちゃうね。面白そうだから、僕やる~」
「俺もやる。勝って景品の結人を抱く権利を手に入れる」
「ちょっと朔!? いつそんな景品ついたの!? ····待って? それだと、僕が優勝したら景品無いじゃない」
「結人が勝ったら、俺らが景品だ。好きな奴を選んで、好きな事をしてもらえばいいだろ。何でもしてやるぞ」
「え、それって····景品になってる?」
「なってるなってる~。じゃ、始めようぜ」
やるとは言ってないけれど、りっくんと八千代が密かに闘志を燃やしている。2人の目が本気だ。
「勝ったら、ゆいぴと“2人きり”でデート····とかありだよねぇ」
「そうだな。邪魔もんナシで好きにできんだよな」
「りっくん? 八千代? 遊びだから、落ち着いて?」
「はい、じゃスタートね~」
啓吾が有無を言わさず対決を始めた。
結果は啓吾が優勝した。勿論、景品は僕。月曜の放課後は絶対親が留守だからと、啓吾の家に連れ込まれる予定らしい。
僕が勝ったら、みんなでカラオケとかゲーセンとかに、普通に遊びに行きたかった。遊園地なんて選択肢もあったんだけど、とても残念だ。
線香花火対決を終えると、今度は朔が乙女チックな事を言い出した。
「なぁ、知ってるか? 線香花火の先が落ちなかったら、願いが叶うって話」
「あ~、聞いた事あるわ。女子が好きそうだよな~····って、結人も好きそうだな」
「えっ! なんでわかるの!?」
「ゆいぴが可愛すぎて心臓痛い」
「わかるわ~。ギュンギュンするよな。で、結人の願いって何?」
「えーっとね、秘密」
僕たちは、それぞれの胸に馳せる想いを、柔らかな灯りに託す。
(結人がいつか俺を選んでくれますよーに。結人がいつか俺を選んでくれますよーに。結人がいつか俺を選んでくれますよーにっ!)
(ゆいぴが俺選んでくれたら死んでもいい····)
(アホらし····けど、もし叶うなら結人が俺を······)
(爺さんになってからでもいいから、結人が俺を選んでくれたら····)
みんな真剣な顔で、小さな火の玉を見守る。
しかし、願いも虚しく、啓吾が束で持っていた線香花火の大きな火の玉が、真っ先にボドッと落ちた。
「ああぁ~~~~~~!! 落ちた····」
「ふっ····大畠はアホなんだな。そんなに重くなったら、当然落ちるだろ」
「わかってんなら教えてよ! 束のが強いと思ったのに~」
「まさか、本当にやるバカは居ないだろうと思ってたから。わりぃ」
「謝られてんのに、ディスられてる。わーん、結人~。朔が苛めるよぉ~」
「啓吾、静かにして····僕の、もう終わるから······」
「お、落ちた」
朔も落としてしまったようだ。続いてりっくんのも落ちてしまった。粘ったが、八千代のも落ちた。残るは僕。
「············あ、お、お、落ちなかった。ねぇ、みんな見たぁ!? やった、落ちなかったー!」
僕は、年甲斐もなくぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
「良かったな。にしても、えらい喜びようだな。何願ったんだよ」
優しい目で僕を見つめていた八千代が聞いた。興奮した僕は、意気揚々と暴露した。
「えへへっ。あのね、皆とずーっと一緒に居、ら····れ、ます、ようにっ····て」
浅ましい願いを、サラッとバラしてしまった。途中で気づいたが、口篭ったところで時すでに遅し。
みんなは顔を見合わせると、無言でそそくさと片付けをして、八千代の家に僕を拉致した。
逃げないよう八千代に担がれていた僕は、無慈悲にもベッドに放り投げられた。
「んわぁっ! ····ねぇ、誰か何か言って? 怖すぎるんだけど······」
「じゃあ、ゆいぴ。俺たちが今、何を思ってるかわかる?」
「へっ? ······わかんないです」
「だろうね。自分がさっき、何願ったかわかってる?」
「それは、はい」
「俺らね、多分だけど、それぞれがいつかゆいぴに選ばれますようにって願ったのね」
「えっ!? そうなの!?」
みんな無言で頷いた。
「で、みんな落ちたよね」
「残念ながら····」
「けど、ゆいぴのは綺麗に残ったよね」
「めでたく残りました」
「あんなの、たかがおまじないだってわかってるよ。それでも、ゆいぴの願いがアレだって聞いたら、俺たちはそれを叶えたいんだよね」
「りっくん····。でも····」
「そだよ、結人。俺らなら、望むままに叶えてあげられるんだよね~」
「俺らの身勝手な願いより、お前が望む形で、お前が幸せだって思う方が、俺らは嬉しいんだよ」
「啓吾、八千代····」
「なぁ、だったら一緒に住まねぇか?」
「······いや、さっくん。それは流石に展開早くない? そりゃ俺だって、今日からでも住みたいけど」
「アホか。今すぐじゃねぇだろ。せめて高校卒業したら、だろ?」
「あはは。ですよね~。けど5人でルームシェアって多くね? 部屋探すの難しそうだよな」
「じゃ、一軒家買うか」
「さっくんはまた、ぶっ飛んでるね~。スケールが違うわ」
「俺が買ってやるよ」
「あ~、場野は買っちゃいそうだよね、うん。朔も買っちゃいそうだけど。お前ら怖いわ!」
「待って待って。ゆいぴが放心してる」
「おーい、結人? 大丈夫かぁ?」
「僕は安易なお願いをしてしまいました。家? 一緒に住むなんて、無理だよ。それに、一生このままって事はないでしょ」
「お前は考え過ぎなんだよ。俺らの人生だぞ。俺らがやりたいようにやりゃ良いんだよ。俺が全部、何とかしてやるよ。安心して我儘だけ言ってろ」
「もう····八千代はめちゃくちゃだよ······言ってる事カッコ良すぎだからね」
「ははっ。いいんだよ、滅茶苦茶でも何でも。お前と居れたら」
「俺思ったんだけどさ。結人の願いって、受け取りようによっちゃプロポーズじゃね?」
まったく啓吾は、深刻な顔をして何を言うかと思えば。
「そうだな。あれはもうプロポーズだな。俺は受けるぞ。あっ、いや、待て。やっぱり俺からしたい」
「お前らアホか。落ち着け。あんなんプロポーズじゃねぇだろ」
「まったく、安定のバカ啓吾だね。ゆいぴの純粋な願いを汚さないでよ······って、ゆいぴどうしたの!? 顔真っ赤だよ」
「た、確かに、ププ、プロ、プロポーズみたいだったね」
顔から火が吹けそうなほど熱い。自分の軽率さに泣けてくる。
「よし、卒業したら一緒に住むぞ。決まりな」
「八千代····」
「決定だな。ちょっと電話してくる」
「待って、朔。どこに電話すんの?」
「知り合いの不動産屋」
「早いよ~。朔の行動力怖いよ~。ねぇ、莉久も何か言ってやってよ~」
「俺も、帰ったら家出る話しなくちゃな」
「お前もかよ! あー、くっそ! 俺も帰ったら家出るって言うからな!」
「ごめん、待って。僕、家出れないよ?」
「結人さん!? ここまできて!? なんで?」
「あー····そっか。そうだったね。啓吾と朔は知らないよね。ゆいぴのお母さんの事」
「結人の母さんが何かあんの?」
「僕の母さん病気でね、心臓が悪くて、数年前に倒れてから、精神的にも参っちゃってて。最近は調子が良いんだけど、やっぱり心配で····。父さんが単身赴任中だから、僕が傍に居ないとって······」
「そうだったんだ。それで、あんま遊んだりしなかったんだな。結人は優しいなぁ~」
「それで家出んのが厳しいのか。そういう事情なら、無理は通せねぇな」
「父さんが帰ってきたら、母さんの事は大丈夫だと思うんだけど····」
「帰ってきたらってお前、親父さんが帰ってくる予定あんのか?」
「あるにはあるんだけど、会社がブラックみたいで延び延びになってるんだ。本当は去年から帰れるって話があったんだけどね」
「親父さん、仕事は何やってんだ?」
「よく知らないけど、IT系だって母さんが言ってた」
僕の知りうる限りの会社の情報と、父さんの名前を聞くと、朔は少し考えた後、ようやく口を開いた。
「······ちょっと待っててくれ」
そう言うと、朔がどこかに電話をしに部屋を出た。まさか、この流れで本当に不動産屋さんに?
数分で戻って来るなり、とんでもない事を言い出した。
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