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case.啓吾-2
お勧めの店があるからと連れてこられたのは、学校近くの裏道にあるお好み焼き屋さんだった。店の前に立つと、キャベツとソースの焼ける良い匂いが漂ってくる。
「こんな所にお店あったんだ。知らなかった」
「だろ? 体育祭の実行委員やってた時、先輩に聞いたのよ。めっちゃ美味しいって言ってたから、結人に食わせてぇなって思ってたんだ」
「そうだったんだ。えへっ、ありがと。すっごくイイ匂いだね。早く食べたーい」
「おう。好きなだけ食えよ」
「やったぁ!」
座敷に6人掛けのテーブル席が3席、カウンターが5席だけのこじんまりとした店だ。僕たちが店内に入ると、他にお客さんが1組居た。高校生とは思えない程、ガラの悪い男の5人組み。日曜なのに制服を着ている。
その中の1人に見覚えがある。けど、誰だか思い出せない。気のせいだろうか、その人に睨まれた気がする。
テーブルを1つ挟んだ席に通され、注文を終えると啓吾が小声で聞いてきた。
「なぁ、アイツら知り合いか? 結人、めっちゃ見られてない?」
「うーん·····1人は見覚えがあるんだけど、思い出せないんだよね。どこかで見た気がするんだけど」
「あれ、灰田の制服だろ? 場野以外に不良の知り合いいんの?」
「灰田高校····? 八千代······あぁっ!!」
「わぁっ····どったの?」
思い出した。僕を見ていたとか何とかで、八千代が足を蹴っていた人だ。八千代に手を引かれ逃げてしまったので、あの後どうなったのかは知らない。が、もし僕を覚えられていたらマズいかもしれない。
それを啓吾に話すと、どこかに連絡し始めた。話す声は軽いのだが、その眼差しは真剣に見えた。
「ねぇ、誰に連絡してるの?」
「ん~? あ~、ごめんね。何もないよ。オカンからLINE来てたから、返事返してただけだよ~」
「····大丈夫? 急用とかじゃないの?」
「あー、うん。大丈夫。何時に帰ってくんの~? って。結人は気にしなくていいから、いっぱい食べな。ほら、もう焼けてんじゃね?」
「うん。いただきまーす」
何かを隠している。僕と居る時は、ほとんどスマホなんて見ないくせに。啓吾は嘘が下手だから、すぐにわかってしまう。何も問題がなければいいのだが。
たらふく食べて店を出ると、先に店を出た灰田高校の人達がたむろしていた。ガラが悪すぎて、横を通るだけでも怖い。
極力、目を合わさないように通り過ぎようとした。だが当然の様に、そうは問屋が卸さなかった。
「お前、ゲーセンで場野と一緒に居たよな?」
(やっぱり、あの時の人だったんだ····)
「ひ、人違いじゃないですか····」
一歩退いた僕に、男は二歩、躙り寄ってくる。
「おい、何だよお前ら」
啓吾が僕を庇って前に立つ。喧嘩なんてした事なさそうなのに、カッコつけすぎだよ。
「何お前。この子の彼氏? カッコつけてんじゃねぇぞ! 俺ら、場野に用があんだよ。今すぐここに呼び出してくんねぇ?」
(あれ? 僕、女だと思われてる?)
「やち····場野くんに何の用····ですか?」
「やっぱ知ってんじゃねぇか。さっさと呼べよ!」
「ひぅっ」
荒げられた声に驚き、咄嗟に身構えてしまった。
「はぁ~······、あのねぇ、俺ねぇ、場野に怪我させられたのよ。足蹴られてね。脛の骨にヒビ入ってたのよぉ! お前をちょっと見てただけで。あんのヤクザ、その後だってなぁ──」
「ははっ、だっせぇ」
八千代をヤクザ呼ばわりされ、カチンときた僕は言い返そうとした。しかし、先に言葉を放ったのは啓吾だった。
啓吾は本当におバカなんだから。なんでこのタイミングで煽るのだろうか。
「んだとテメェ!」
ゴヅッ──
「啓吾!!」
「痛ってぇ······」
啓吾が頬を殴られた。口内が切れたのか、血が出ている。殴り返してやりたいが、非力な僕になす術はない。
「や、やめてよ! 啓吾は何も····何もしてないのに何で手ぇだすの!? 野蛮だよ!!」
怖かったけれど、啓吾が殴られたのに黙っていられなかった。頑張って悪口を言ってやろうと思ったけど、咄嗟の時って何も出てこない。悔しいやら怖いやら、勝手に涙が滲んできたけど、そんなのはどうだっていい。できる限りの力を込めて睨みつけてやった。
「ちょっ、結人····黙ってて? 結人が手出されたら、俺殴られ損でしょ」
「ゆいと····はぁ? お前、男かよ。ははっ! 可愛すぎじゃねぇ? 嘘だろ? おぁー、お前だったら抱けそうだな。輪姦してやっから来いよ」
男は僕の手を引っ張り、仲間の元へ連れようとした。だが、啓吾がそれを阻んだ。男の手首を掴み、軽くひねりあげた。
啓吾は、何でも穏便に事を済ませたがるから喧嘩なんてした事はなさそうだけど、だからと言って弱いわけじゃない。筋トレしているのだって、無駄じゃないのだ。
「テメェ、結人に触ってんじゃねぇぞ」
啓吾は、唸り声のような低い声で言った。男は呻き声をあげて僕の手を離した。その隙に、啓吾の後ろに隠れる。
相手を睨む瞳も、僕には発したことのない声も、こんな状況なのにカッコイイと見惚れてしまった。
そして、啓吾は片手で僕を庇いつつ、捻りあげた手を投げ捨てるように離した。
「いでぇっ! ぁにすんだテメェ!」
もう一発殴ろうと男が振りかぶった時、啓吾の後ろから拳が飛び出した。八千代だ。八千代は僕を抱き寄せながら、拳を打ち込んだのだ。
拳は見事に鼻に入り、男は後方の仲間の元へ吹っ飛んだ。
「おい、場野だ」
「やべぇな。この人数じゃ無理だろ」
「オイ、コイツ気絶してんぞ」
「一旦退こうぜ」
男の仲間たちが口々に言う。青筋の立った八千代は、僕と啓吾の頭をポンポンとして男たちに歩み寄る。
3人はすぐさま逃げ出し、出遅れて残った1人の胸ぐらを掴む八千代。そして、何かを言ったようだが、僕と啓吾には聞こえなかった。
すると、血の気が引いたその男は、ノビている男を引きずってその場を去った。
「お前ら、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないよぉ····。啓吾が殴られちゃったよぉ」
「俺は大丈夫だよ。はぁぁぁ~····結人が手ぇ出されなくて良かったぁ」
僕は、啓吾の口端から垂れた血をハンカチで拭い、そのまま腰を抜かしてしまった。
「ヘタレがよく守ったな」
「啓吾はヘタレなんかじゃないよ! ずっと僕のこと庇っててくれてたんだから!」
腰を抜かしていても僕の口は強気だ。だって、身を呈して僕を守ってくれた啓吾が、冗談でもヘタレだなんて言われて良いはずがない。
「お、わりぃ。····そうだな。結人が無事なんは、コイツのおかげだもんな。悪かったな」
素直に謝った八千代に、啓吾は肩透かしをくらったような顔をした。
「い、良いけど別に。それより、来てくれてあんがとな」
「そうだよ! なんで八千代がここに来たの?」
「俺が呼んだ。アイツらめっちゃ結人の事見てきてたし、話聞いてたらちょっと危ないかなって思って。けど、流石に俺1人で5人相手すんの無理だからさ、応援呼んだの」
啓吾の勘の良さには恐れ入る。
「俺の撒いた種だしな。遅くなって悪かったな」
「揉め事は起こさないようにしないとね。けど、来てくれてホントありがとう」
「お前が無事で良かったわ。はぁ······。守るもんができたんだから、もう簡単に揉め事は起こさねぇよ」
八千代が僕の頭を撫でながら言う。
「またそんな甘い事言って誤魔化すんだから······。そうだ、さっき何て言ったの? あの人、すっごくビビって逃げたみたいだったけど」
「んあぁ····。今度結人に関わったら、本気で全員殺すぞって。そんだけ」
「だけって····はははっ。場野に言われたら、そりゃ逃げるわ」
「八千代は過激すぎるよ····」
「あ? 普通だろ。嫁に手ぇ出されてんだぞ。それより腹減ったわ。何か食いに行こうぜ。····って、そう言やお前らデート中か。わりぃな。帰るわ」
「別にそれは良いけどさ、もう帰るつもりだったし。けど、俺ら食ったとこなんだわ」
「僕、まだ食べれるよ?」
「えー····お好み焼き2枚と焼きそばも食ってたよな? ホント、結人のお腹は四次元だね。結人が食えんならいいよ。何か食いに行こ」
「んなら、ファミレスでいいか? 結人もデザート食えんだろ。今回の、俺が原因だし奢るわ」
「なんでこの期に及んでちょっと上からなんだよ。奢らせてもらいます~だろ!」
「お前、自腹な」
「あー、ウソウソ! 奢って頂きますぅ」
「あはは。啓吾ったらゲンキンだねぇ」
こうして僕たちは、近くのファミレスに寄って帰路についた。
とんだハプニングに見舞われたが、そこまで大事にならずに済んで良かった。啓吾の怪我も口内を少し切っただけで、2、3日もすれば治りそうだ。
デートも一筋縄では行かないなんて、前途多難だなぁ。なんて思いながらも、啓吾と八千代の男らしさに惚れ直したのだった。
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