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case.啓吾

「──いと。ゆーいと。結人ぉ、おはよ」 「ん····おは······? わぁっ!」  朝、目が覚めたら、啓吾が僕に馬乗りになっていた。 「なっ、なんっ、えぇっ!?」 「へへっ。びっくりした? 結人のお母さんに『結人くんが待ち合わせに来ないから迎えに来ました』って言ったら、普通にあげてくれたよ」  母さん、りっくんの時から思っていたけど、イケメンに弱すぎるよ。僕に確認もせず部屋にあげるの、本当に勘弁して欲しい。  そもそも、待ち合わせ制度は禁止されたじゃないか。スマホで時間を確認すると、迎えに来る予定の1時間半も前、アラームが鳴る直前だ。  とりあえず支度をしたいのだが、啓吾が一向に降りてくれない。 「啓吾? 準備したいんだけど····」 「やぁ~、ね。場野より先に結人の部屋に来ちゃったなぁって思ったら、なんか興奮しちゃって」  啓吾は、布団の上から硬いモノを押し当ててくる。 「だ、ダメだからね! 母さんにバレちゃうでしょ」 「だよね~。結人、いっぱい可愛い声あげてくれるからなぁ。でも、ちゅーくらいなら良くない?」 「可愛っ····もぉっ! 支度できなくなったら困るから後でね。とにかく顔洗ってくるから待ってて」  急いで洗顔と歯磨きを済ませ、母さんに「寝てる時に友達をあげるんだったら、ちゃんと起こしてね」と、一言文句を言って部屋に戻った。すると、啓吾が僕のベッドで寝ていた。   「なんで寝てんのさ····。啓吾? 起きてよぉ」 「ん? あぁ、ごめん。ベッド····、結人の甘い匂いするから眠くなっちゃった」 「ちょ、恥ずかしいからやめてよぉ」 「へへへっ。もうちゅーしていい?」  母さんに聞こえないように配慮してくれたのだろうけど、耳元で囁くように聞かれるのは困る。 「ちょっとだけね。軽いヤツね。ベロ絡めたらダメ──」 「ん。無理」  啓吾は容赦なく舌を絡めてくる。息も絶え絶えに押し返そうとするが、グッと抱き寄せられた腰を離すこともできない。 「んっ、んぁっ····んーっ」 「ん? んはぁ····なに?」 「何じゃないでしょぉ····軽いのって言ったのにぃ」 「無理って言っただろ? もうちょい激しいのするけど、声我慢な」 「え、待っ──」  吐息に声を混ぜないよう、必死に息を殺す。だって、啓吾はキスが上手くて、それだけでイッてしまいそうなくらい気持ちが良いから。  啓吾はキスが好きで、隙あらば長くて深いキスを、僕が抵抗するまでしてくる。普段から、触れ合える距離に居ると、身体中どこにでもちゅっちゅしてくるのだ。時々、人前でもしそうになって焦る。 「ンふぅ····はぁっ····ん······」 「····ん、苦ひぃ?」 「んっ」  かろうじて息を吸い込むが、それを吐く余裕が無い。徐々に声が抑えられなくなる。ぼーっとしてきて、思考もままならない。  啓吾の満足がゆくまで口内を犯され、ようやく解放される頃には腰が砕けていた。 「結人、とろんとろんだな。かーわいっ」 「だ、だって、啓吾がいっぱいちゅぅするから····ばかぁ」 「あはは。ごめんな。そんなんじゃ、すぐに出れねぇなぁ。落ち着くまで膝の上おいで?」  啓吾は、ベッドを背もたれにして胡座をかき、膝に僕を座らせた。 「ん····。啓吾の膝の上、久しぶりだね」 「そう言やそうね。たいがい場野に乗せられてんもんな」 「うん。有無を言わさずって感じだもんね。····なんか慣れないからか、変な感じ。はは····、ちょっと緊張するかも」 「俺は、ずっとしたかったから嬉しい。結人の匂いも堪能できるし、後ろからぎゅってできるし」  啓吾が、後ろから僕の首筋に顔を埋め、スゥーッと息を吸い込む。啓吾の息がくすぐったい。 「あははっ。もぉ、くすぐったいよ。啓吾、甘えたさんみたいで可愛いね」 「えー? 可愛いのは結人だよ?」 「そんなことないよ。啓吾は甘え上手でね、カッコイイのに可愛いの。もうね、反則だよ」 「ははっ。次、そんなべた褒めされたら襲っちゃうからな? はぁ····、そろそろ落ち着いた?」  なんだか、とんでもない宣言をされた気がする。けど、掘り返さないでおこう。 「うん。もう大丈夫。今日はどこ行くの?」 「まずは朝飯な。何か食いに行こうぜ」 「うん!」  啓吾に連れられて、駅の近くにあるコーヒーショップに入った。軽食が美味しいらしい。僕はたまごサンドとカフェオレを頼んだ。啓吾の言う通り、ふわふわの厚焼き玉子を挟んだサンドイッチが凄く美味しかった。    次はどこへ行くのかと聞いたら、啓吾はニタッと笑いドヤ顔でこう言った。   「こないだ、ゲーセンで遊べなかっだじゃん? リベンジすんぞ」 「わーい!」  ショッピングモールのゲーセンに来た。ここに来るのは3度目だ。1度目は八千代と。2度目は、この間絡まれた時。今日は、何も起こらないことを願う。 「で、どれが欲しいの? 俺、ゲームめっちゃ得意よ」 「啓吾って意外とインドア派なんだよね~。じゃぁね······あっ、アレ!」  デート中は、絶対に啓吾から離れないと約束させられた。なのに啓吾は、ずっと僕の腰に手を回している。どれだけ心配性なのだろう。 「何色の?」 「藍色のやつ」 「あれ? 祭りん時さ、場野こんなんのかんざしつけてなかった?」  啓吾は、そういう所によく気がつく。しっかり周りを見ているんだなと感心してしまう。 「アレね、お祭り終わってから貰ったよ」  経緯を話したら、八千代らしいと笑っていた。目当ての景品を網羅して、僕は大満足でゲーセンを後にした。ご機嫌な僕を見て、啓吾もご満悦なようだ。 「よーし、次行くぞ。昼飯はバーガーな」 「バーガー好き~!」  なんだろう。ここにきて始めて、高校生らしい溌剌としたデートを満喫している気がする。八千代と朔は妙に大人っぽいし、りっくんは完全に僕に合わせてくれていたから。  他の3人がダメというわけでは決してないが、こういう感じは新鮮で楽しい。  新発売のハンバーガーを買って、一口ずつ交換して味見する。『啓吾の方が美味しいね』と言うと、僕のと交換してくれた。  にひっと悪ガキのように笑うと、僕の口の端に付いたソースを指で拭ってくれた。それを舐めてしまったのはいただけないが。まるで普通のカップルみたいで、純粋に楽しい。 「結人は今日、ずっとニコニコしてくれてんな。楽しい?」 「うん! 普通のカップルみたいで、なんか新鮮な感じで楽しい」 「えー、アイツらとどんなデートしたんだよ」 「なんかねぇ、みんな独特って言うか、高校生っぽくはなかったかなぁ」 「そうなんだ。俺、ホントに普通だよ? 朔とか場野みたいに、突拍子もない事できねぇし金もねぇし。莉久みたいに全部結人に合わせるとか器用な事もできねぇし。んあ~、バイトもう1個しよっかな~」 「バイトか····。僕もしてみたいな」 「絶対反対されんぞ。俺も反対だけど」 「えっ、なんで?」 「危ねぇの一言に尽きるな」 「なんで!?」 「やっぱね、その危機感の無さだよ」 「えぇー····僕、将来仕事できないじゃん」 「そうね。めっちゃ心配。まぁ、俺らは結人の事、ずーっと家に囲ってたいのが本音だしな。軟禁しちゃいたい」  啓吾はテーブルに肘をつき、にんまりと笑った。   「はっ、はぁ!? もう、啓吾馬鹿じゃないの!? 僕はエリートになって、皆に一目置かれる存在になるんだもん!」 「あっはは。楽しみだな~」 「あーっ! 馬鹿にしてるでしょ!?」 「してないよ。してないけど····俺はさ、家で結人が『おかえり』って出迎えてくれると嬉しい」  優しく微笑んだ顔には、愛しいと書いてある。どうしてこう、顔も見れなくなるほど恥ずかしい事を、サラッと言ってしまえるのだろう。これだからイケメンは怖い。 「うっ····そんなの狡いよ······おかえりってしたくなるでしょ······」 「してよ。俺ら、高校出たら一緒に住むんだよ? できるじゃん」 「で、できる····ね」 「楽しみだなぁ~」  馬鹿な話ではない。僕たちは、本気でそれを目指しているのだから。まさかこんな事になるなんて、八千代に告白された時は思いもしなかったけど。  こうして、チャラ男とデートする未来なんて、優等生ぶっていたあの頃の僕には、想像できるはずがなかった。そう考えると、なんだかおかしくなってきた。 「ん? 何か面白かった?」 「なんかね、今こうしてるのが不思議だなって思って。八千代とお試しが始まってから今まで、怒涛の展開だよ?」 「確かになぁ。俺もこうなるとは思ってなかったわ。最初お前ら見た時、マジでやべぇもん見たと思ったかんね?」 「僕だって焦ったよ。人生終わったと思ったもん。けどあの時さ、啓吾、僕の事守ってくれようとしてたよね?」 「だって、そりゃさ、お前泣いてたじゃん。守んなきゃって思うじゃん?」 「啓吾やっさしい~」 「おい~、揶揄うなよぉ!」 「あはっ。ホントに思ってるよ。啓吾は気が利くし、優しいの。啓吾のそういう所、大好きだよ」 「結人さぁ、そういう事言ってくれんの嬉しいんだけどね? んな可愛く言われると、ムラッと来ちゃうわけよ」 「えっ!? ······常々思ってたんだけどね、僕のどこが可愛いの?」 「あ~····自覚ないのね、やっぱり」 「僕だって男なんだから、カッコイイって言われたいんだけどな。それなのに、皆して可愛い可愛いって····」 「可愛いもん。しょーがねぇじゃん? よし、そろそろ次行くぞ」 「次、どこ行くの?」 「内緒〜」  啓吾は、行き先を教えてくれないまま、僕の手を引いて歩き出した。  行った先はショッピングモールの屋上で、季節外れのお化け屋敷が設置されていた。その前に佇み、僕は血の気が引いていくのを感じた。 「啓吾、まさか······これ入るの?」   「おう。行くぜ」 「待って待って待って!! やだやだやだやだぁ! 僕こういうのダメなの! ホントに無理だよ」 「大丈夫。俺がついてるだろ」  どれほどカッコ良くキメられたって、無理なものは無理だ。 「そんなイケメンぶってもダメだからね!」 「ちょ、ぶってって酷くね? そーだ。じゃぁこうしねぇ?」  啓吾の提案に乗せられ、恐怖心と快感のどちらが勝るか、実験のスタートだ。 「ねぇ、やっぱ啓吾ってバカだよね。ホントに、んっ、バカすぎるよぉ····」 「それに乗せられた結人も、相当バカだろ」  ぐうの音も出ない。耳元でコソコソと「怖がってる余裕もないくらい感じさせてやるよ」だなんて言うから、まんまと甘い言葉に乗せられてしまった。  宣言通り、今のところ恐怖心は差程ない。啓吾はお化け屋敷に入るや否や、僕の頭を抱えるようにして耳を弄っている。お化けがまだ出てこない以上、そっちに集中してしまう。 「んっ····」 「声はダーメ。大丈夫? 怖くない?」  耳元で囁かれ、あわや軽くイッてしまうところだった。身体がビクッと跳ね、啓吾がそれを悟る。 「軽くイッた? ほらな、俺がついてたら大丈夫だろ?」 「まだイッてないもん····。み、耳元で喋らないでぇ」  そうこうしていると、お化けが飛び出してきた。廃病院というコンセプトなので、患者と医者のゾンビのようだ。 「んわぁぁぁぁぁ!! けっ、啓吾っ、啓吾やだぁ! たしゅけてぇ!」 「ぶぁっははは! 落ち着けって。結人、大丈夫だから」 「無理だよぉ! やぁぁっ、こっち来ないでぇっ! ひゃっ······。啓吾、こ、腰抜けちゃった····」 「マジかぁ。一発目だぜ? ったく、しょうがねぇなぁ」   啓吾は呆れ顔で僕を抱き上げると、すたすたと進路をゆく。 「も、大丈夫だから、降ろして?」 「やだ。こんなに怖がると思ってなかったから····ごめんな? 出口手前まで、俺が抱いてってやるから」  どの程度の距離なのかは知らないが、ゴールまでお姫様抱っこはしんどいのではないだろうか。 「手、繋いでくれてたら、歩ける····と思う。頑張る」 「そっか。じゃ、頑張ろっか」  啓吾はいつもこうだ。自分の力でどうにかさせようとする。皆ほど、僕をただ甘やかしたりはしない。  僕は、啓吾の腕にしがみつきながら出口を目指した。途中、何度も腰を抜かしそうになったが、その度に啓吾が「大丈夫」と囁いてくれた。別の意味で、数回腰が砕けそうだった。  無事にゴールまで辿り着くと、可愛らしいお化けのキーホルダーを貰った。啓吾とお揃いだ。 「これが欲しかったんだよね~。結人とオソロイ」  ニカッと笑う啓吾は、無邪気な子供の様で愛らしい。 「えへへっ。頑張ってゴールした甲斐があったね」 「ホントだなぁ。····さてと。あんだけ騒いでたし、そろそろ腹減ってんじゃね? ちょい早いけど、晩飯食いに行くか」 「うん!」  たくさん驚いて、お腹がペコペコだ。夕飯は、啓吾のお勧めの店に行くことにした。

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