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挨拶もそこそこに

 僕たちは、お母さんの気迫に押されぞろぞろと後について行った。丁度お客さんが帰ったらしく、会ってもらえるそうなのだ。  1番奥の部屋の前で立ち止まると、お母さんは綺麗なノックを奏でた。すると、中から低い声で『入れ』と聞こえた。  僕たちは部屋に通され、お父さんの前に並ぶ。着物も相まって、お殿様に拝謁している気分だ。 「おい、琴華(ことか)。誰だコイツら。まずは説明しろよ」 「お客様に失礼でしょうが。まずは挨拶しなさいよ」  お母さんに言われ、互いに名乗らないまま形だけの挨拶をした。そして、八千代が僕たちを紹介する。 「なんだ、八千代の友達か。お前が友達連れてくるなんて初めてじゃねぇか」 「アレが親父の千里な。色々ぶっ飛んだヤツだけど、あんなんでも組の長やってる」 「テメェ、親父様になんつぅ言い草だ。絞めんぞ。あー····ん゙ん゙っ。まぁ、んで、急にどうしたんだ。お前がわざわざ連れきたっつぅことは、何かあんのか」  察しのいいお父さんの問に対し、八千代は僕の頭にポンと手を乗せて言った。 「これ、嫁な」 「······はぁ? 待て。その子、名前男だっただよな。そのナリだから正直パニクったんだがな、聞き間違いじゃねぇんだな? お前は····、もう少し噛み砕いて説明できねぇのか」 「男だけど嫁だ。んで、厳密に言うと俺らの嫁な。これ以上どう噛み砕けっつぅんだよ」  八千代の説明が端的すぎる。伝わるわけがない。 「八千代、馬鹿なの? 全然説明になってないよ? ホント、バカなの? 順序だてて説明できないの?」  焦った僕は、涙目で八千代を責め立てた。 「······お前、その子に名前呼ばせてんのか」 「悪いかよ」  どういう事だろう。八千代と呼ぶのは問題があるのだろうか。 「あの、八千代って呼んじゃマズいんですか?」 「ん? いやぁ、八千代は苗字以上に名前嫌ってたからな。珍しい事もあるもんだと思ってな」 「え····。八千代、名前嫌いなの?」 「千って字をね、場野家では代々男の子の名前に入れるのよ。それが、家を継ぐ云々ってのに繋がるから、嫌だったみたいなのよねぇ」 「桜華、ペラペラ喋ってんじゃねぇぞ」 「それに“八千代”って、八千代が大嫌いだった曾祖父さんがつけたから余計にねぇ」 「千鶴、次口開いたら殺すからな」  八千代が、鋭い眼光を千鶴さんに向けて言った。声のトーンが本気だと物語っている。 「そうだ。なんで千鶴がここに居んだ。許した覚えはねぇぞ」 (え····、その話ここで始めるの?) 「他所様の前でする話じゃないでしょ。まずは、結人くんたちの話でしょうが」  お母さんが話を戻してくれた。本当に良かった。ここで喧嘩でも始められたらどうしようかと思った。 「まぁ、そうだな。で? 挨拶に連れてくるくらいだから、本気なんだろうって事はわかった。······がよぉ、お前ら問題だらけだろ」 「んなもんねぇよ」 「いや、あるだろ。目ぇ逸らしてんじゃねぇだろうな。どうせテメェがタラしこんだんだろ。責任持てねぇなら、さっさと解放してやれ」  お父さんは、静かに怒っているようだ。圧が八千代の比じゃない。 「逸らしてねぇわ。全部解決できるから問題じゃねぇつってんだよ」 「ほぅ····。大した自身だな。俺はまだ認めてねぇぞ。1つ目の問題だァ。ほれ、解決してみせろ」 「めんっどくせぇな····」  駄々をこねるって、こういう事か。お母さんと桜華さんは呆れたように笑っているし、千鶴さんは一生懸命口を噤んでいる。 「八千代、僕が話してもいい?」 「マトモに話の通じる性格してねぇぞ」 「でも、僕が認めてもらわないとダメでしょ? それに、八千代だと喧嘩になっちゃいそうだよ」  僕は、八千代を説得してお父さんと話すことにした。けど、やっぱり怖い。  顔は千鶴さんに続き八千代そっくりで、歳を重ねた渋みがある大人って感じでカッコ良い。座っているから正確にはわからないけど、身長はたぶん190cmくらいありそう。ガタイも良くて、何より威圧感が凄まじい。  あからさまに“俺を攻略して見せろ”って、子供のようにワクワクしている。 「あの、今日は突然お邪魔してすみませんでした。お正月なのに、いきなりこんな話になってしまって····。家族団欒の邪魔もしちゃってごめんなさい」 「それは構わねぇよ。どうせ、桜華辺りが無理矢理連れて来たんだろ。どうやら、俺以外は知ってたみてぇだしなぁ」  本当に察しのいいお父さんだ。 「えっと、外堀から埋めようって作戦らしくて····あれ、これってお父さんに言っちゃダメだったかな?」  僕は八千代に確認したが、笑いを堪えるのに必死で答えてくれない。朔も笑うのを堪えているし、りっくんと啓吾は呆れている。 「あのっ、そうじゃなくて、えっと····ダメな理由····理由····って、教えてもらえませんか?」  今度は桜華さんたちが吹き出した。理由を聞くのは狡かったかな。 「理由····ねぇ。八千代、なんだと思う」 「······ハァ。後継は千鶴が居るからいいだろ。俺は継がねぇ。あとは孫くらいか。それも桜華と千鶴が居るから問題ねぇな。結人が気に入られねぇ要素がねぇ。コイツらもアホだけど悪い奴らじゃねぇ。全クリだ。断られる理由はねぇな」  僕とりっくん、啓吾は呆気に取られて口がポカンだ。 「男同士だとか、人数だとか、そこら辺は問題じゃないの?」 「何の問題があんだよ。まぁあるとしたら、お前を独占できねぇって事くらいだな」 「朔の時もあれだったけど、八千代はもっとだね····。それじゃ、お父さん納得しないでしょ? ダメじゃん」 「なんで納得しねぇの? そっちのがわかんねぇわ。好き合ってる人間が一緒に居て悪いのかよ。そもそも、お前の両親に認めてもらえたら、俺はそれだけでいいと思ってたからな。俺の家族が何言おうと、お前と離れる気ねぇし」 「八千代、それはダメでしょ。それだと八千代、ずっとモヤモヤしたままだよ? 家族と会えなくなるかもしれないんだよ? そんなのダメだよ····。こんな立派に育ててもらったんだから、八千代が幸せになってくところもちゃんと見ててもらわなくちゃだよ! 僕、頑張ってお父さん説得するからっ」 「頑張れよ~、結人くん」 「はいっ」  って、お父さんに応援されてしまった。 「面白がってんじゃねぇぞ、クソ親父が」 「八千代! お父さんにそんな事言っちゃダメでしょ! もう····ホント僕以外には口悪いんだから。ちょっと黙ってて!」 「ふはっ。あの八千代が黙らされてやんの。結人くんはすげぇな。猛獣使いみてぇだなぁ」 「猛獣····そんな感じはしてます。けど、八千代は優しいです。何より僕の事を大切にしてくれてます。僕も、八千代を大切にしたいと思ってます。今は守られてばかりですけど、ゆくゆくは逞しくなる予定です。お父さんが認められないのは、僕ですか? 関係性ですか?」 「······認められない、か。どっちもだな。男同士、まだまだこんな世の中だ。苦労するぞ? 受け入れてくれる奴ばかりじゃねぇからな。関係性はもっとだ。それは結人くんが決めかねてんのか、他が決めさせねぇのか」 「決められないし、決めさせてもらえません。それが、僕たちの出した答えです。だから、僕たちは誠意を持って、それぞれの家族にありのままを伝えるつもりです。簡単には受け入れてもらえないだろうけど、そこはもう頑張る事しかできないです」 「そうか。そんなら頑張れ」 「······え?」 「琴華が····あぁ、俺の嫁な。琴華が突っぱねなかった時点で答えは出てんだ。お前もわかってて連れてきたんだろ、八千代」 「お袋は最終手段だと思ってた。親父がめんどくせぇゴネ方したら絞めてもらうつもりでな」 「そうなの!? 僕、頑張って説得しなきゃって····」 「結人くん。そういう君だから、八千代を頼める。コイツは俺に似て暴君だが、結人くんなら諌めてやれそうだな」 「本当に、僕でいいんですか? 認めてもらえるんですか?」 「あぁ。認めてやるよ」 「やったぁー····、すみません」  僕は、思わず八千代に抱きついてしまった。つい、いつもの癖で、距離感がバグってしまったのだ。 「八千代、責任持って結人くん大事にしろよ。こんな····ふっ······こんな可愛い子······」  お父さんの様子がおかしい。今、絞り出すような声で、可愛いって言わなかっただろうか。 「あーっはははは! 八千代、結人くんすげぇな。俺相手にビビらねぇで話すし、お前とも対等みてぇだし。何より、おもしれぇ。天然か? ふわっふわしてんなぁ」 「だろ。これ天然もんなんだわ。最近、俺らが甘やかすからか、余計ふわふわしてて目ぇ離せねぇんだよ。あと、こいつらも俺と対等だかんな。どいつもこいつもビビんねぇの」  なんだか知らないが、急に雰囲気が柔らかくなった。それに、八千代が皆を認めるような事を言っている。  そして漸く、これまで黙っていた3人が口を開くことができた。 「八千代、お父さんと仲悪いワケじゃないんだね····」 「はぁぁぁ~····。俺、場野が親父さんと取っ組み合いの喧嘩始めたらどうしようかと思っててさぁ、めっちゃ緊張したわぁ」 「俺はゆいぴが何かやらかさないかヒヤヒヤしたよ····」 「なぁ、さっきのおせちの残り食いに行っていいか? 腹減った。結人も腹減っただろ」  りっくんと啓吾、朔は、お父さんへの挨拶もそこそこに、桜華さんと千鶴さんに連れられて部屋を出た。  僕と八千代は残され、お母さんとお父さんと対峙する。不安を隠せなかった僕に、お母さんが優しく話してくれた。 「結人くん。まずは、八千代と居てくれてありがとう。この子は、親の私たちが言うのもなんだけど、粗暴だし人様とは相容れない人種だと思ってたの。うちがこういう家業だから、継ぐぶんにはさして問題はないかと思って放置してたのが悪かったんだけどね」 「兄の千鶴があの調子だから、俺は八千代に継いでほしいってのが本音だ。けどまぁ、それが八千代を縛ることになって、結人くんと引き離す結果になるのは本意じゃねぇ。そこは、俺らが千鶴をどうにかするから心配しなくていい」 「でね、その問題の家業なんだけどね····。結人くん、ちゃんとわかってる?」 「え····っと、ヤクザ屋さんだって聞いてます」 「「ぶはっ····」」  お父さんとお母さんが同時に吹き出した。ヤクザ屋さんではなかったのだろうか。違っていたら、とんでもなく失礼じゃないか。 「あの、すみません。違うんですか?」 「“八百屋さん”みたいに言われたの初めてだわ。うふふっ····。違わないわよ。うちはそう、その、ヤクザ屋さんってどんなイメージかしら」 「えーっと、みんな黒い車に乗ってて、派手なスーツで、指切ってオトシマエ? とかしたり、銃でバンバンする感じです」 「あーっはは! 私もう無理····喋れない····」 「結人くん、よくそんなのと付き合ったな。俺だったら付き合わねぇよ」 「え、だって、八千代はそんな事しませんよ? タバコもやめたし、お酒も飲まないように言いました! 長生きしてほしくって····。喧嘩も僕の為にしないって約束してくれましたし······?」  話しているうちに、段々とお父さんたちの顔が険しくなってゆく。2人は凄い圧を放ちながら八千代を睨みつける。 「アンタ、タバコと酒って何? 聞いてないんだけど」 「なんで言うんだよ····。めんっどくせぇな」 「めんどくせぇじゃないでしょ!?」  この後、八千代は飲酒と喫煙について、お母さんからこっぴどく叱られた。辞めさせたことを感謝されたが、八千代からは睨まれている。    お父さんもお母さんも、僕が八千代とやっていけるのか、家業の事とかも全部含めて覚悟があるのかを聞きたかったようだ。また意図せず何か失礼な事を言ってしまって怒られるのかと思っていた。  聞かれたのが、ちゃんと答えられることで良かった。けど、八千代の機嫌はナナメなままだ。 「八千代、余計な事言ってごめんね? 八千代が悪い事してないの言わなくちゃって思って····」 「結局、悪い事してたんバラしたけどな」  こっちを見てくれないから、八千代の袖を摘んでこっちを向かせた。そして、ちゃんと目を見て謝る。 「ごめんね?」 「······怒ってねぇよ。やってたんは事実だし、俺が悪ぃんだからよ。必死んなって俺の事言ってるお前も、あそこで抱き締めたくなるくらい可愛かったしな」  そう言って、八千代は僕の頭を撫でた。その拍子に、髪飾りが落ちてしまった。  慌てて拾おうとしたら、結構な勢いで八千代とおデコがぶつかった。八千代は凄い石頭で、当たり負けた僕は気を失ってしまった。    目が覚めると、知らない部屋にいた。振袖は脱がされ、軽いルームウェアに着替えさせられていた。八千代の匂いがする。  八千代とぶつかったおデコに、ズキンと痛みが走る。触ると、小さなタンコブができていた。起き上がったら、少しクラッとした。 「起きちゃダメだよ」  枕元で座っていた千鶴さんが言った。 「軽い脳震とうだろうけど、もう少しだけ安静にしててね。みんなは今、隣の部屋でおせち食べてるから、結人くんも後で食べようね」 「····はい。ありがとうございます。えっと、千鶴さんはお医者さんなんですよね?」 「そうだよ。八千代から聞いたの? ヤブだって言ってなかった?」 「言ってました。孕ませるとかなんとかって」 「酷いなぁ。って、結人くんは意味わかってなさそうだねぇ。はは····。これでも一応、医者としてはいい加減なことしてないつもりなんだけどなぁ」  千鶴さんが悪い人に思えないのは、見た目も口調もキツくないのは勿論、何より目が優しそうだからなのだろう。僕に微笑んでくれる八千代のそれに似ている。 「千鶴さんは、どうしてお家を継がないで、お医者さんになろうと思ったんですか?」 「んー····? うちは世間で暴力団って認知されるような家だからさぁ、何かと怪我が絶えないんだよねぇ。オレは喧嘩とか弱いし度胸もないし。ははっ、向いてないんだよね。で、怪我の手当てばっかしてたからかなぁ、なんとなーく自然に医者に向かってたんだ」 「八千代は、千鶴さんの事嫌いだって言ってました。千鶴さんも、八千代が嫌いですか?」 「あはは。ストレートだねぇ。····嫌いじゃないよ。怖いけどね。桜華ほどじゃないけど、可愛い弟だと思ってるし。じゃなきゃ、向いてもない家業継ぐ為に帰ってこないでしょ?」 「それは······僕たちの所為で、ごめんなさい」 「なんで結人くんが謝んの? 誰も悪いことはしてないでしょ」 「でも····」 「だったら、ひとつだけオレの我儘聞いてくれる? そしたらオレ、後継ぐのも苦じゃなくなるかもなんだけど」 「僕にできる事ならなんでも!」  と、僕はまた安請け合いをしてしまった。学習能力がないのに加えて、千鶴さんの狡猾な話術にまんまと乗せられてしまう単純さが要因だ。 「あの、千鶴さん? お部屋で何するんですか?」  休んでいた部屋を抜け出して、千鶴さんの部屋に連れてこられた。 「まぁ、検査みたいなものだよ。頭打ったしねぇ」 「はぁ····。あの部屋じゃできないんですか?」 「できないねぇ」 「えっと、僕にできることって? 検査の後にするんですか?」 「ううん。今からシてもらうんだよ」  そう言って、千鶴さんは扉に鍵を掛けた。これは、流石の僕でも気づいたかもしれない。危ないんじゃないか!?

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