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啓吾と料理

 朝10時に啓吾が迎えに来てくれた。僕たちは、スーパーで買い物をしてから八千代の家に向かう。   「啓吾、八千代と暮らすのどう? ちょっと慣れた?」 「ん〜、どうだろ。あ、でもびっくりした事はあったよ。アイツさ、結人が居ない時のダラけ方やべぇの。ホント最低限しか動かないんだけど」 「そうなの? 筋トレとかしてずっと動いてると思ってた。あ、挽き肉ってこれでいいの?」 「合い挽きのやつね。それじゃなくて隣の、そうそれ。もうさ、ぜーんぜん動かねぇよ。俺が洗濯するって言ったら余計動かなくなったし。アイツ基本、トイレと筋トレと洗濯でしか動かなかったみたい。掃除は結人が使うとこだけ。マジで結人が居なかったら動かねぇの」 「ご飯は?」 「腹減ったらコンビニ行ったり、しょっちゅうデリバってたらしいよ。だからさ、俺が飯担当しようかって言ったら、好きな時に食うからいいとか言いやがんの! ムカつかねぇ!?」 「あはは。啓吾も、なんだかんだ世話好きだよね」 「まぁ、ずっと母ちゃんの世話してたようなもんだったしな。癖····みたいな?」 「そっか。啓吾、ホントにチャラ男どこ行ったんだろうね。知れば知るほど、見せかけのチャラ男なのかなぁって思うよ」 「あははっ。何だよ、見せかけのチャラ男って。俺さ、そんなちゃんとはできねぇよ。全部中途半端って感じだし」 「それでもね、啓吾は凄いと思うよ。だって、僕は中途半端ですらできないんだもん」 「結人は良いトコいっぱいあるだろ? 頭良いし、なんにでも一生懸命頑張れるし、おまけに可愛いもんな。んでぇ····、えっちが気持ちイイ。俺ら興奮させんの上手だし。煽んのも」  啓吾が耳元で囁いた。僕は思わず、持っていた玉ねぎを落としてしまった。 「ひぁぁっ!? あっ、玉ねぎ····」  転がっていった玉ねぎが、人の足に当たって止まった。その人は、それを拾って返してくれた。 「どうぞ。大丈夫?」 「す、すみません。ありがとうございま····す? あれ、昂平くん?」 「えっ、ゆ····武居先輩? ····お久しぶりです」 「誰? 知り合い?」 「うん。小さい頃よく一緒に遊んでた、1個下の黒瀬(くろせ)昂平(こうへい)くん。昂平くん、友達の大畠啓吾くんだよ」 「どーも····」 「後輩くん? デッカイねぇ」 「うん。僕も久しぶりに会ったんだけど、サイズにびっくりしてる····。すっごいおっきくなったねぇ。何センチあるの?」  たぶん、八千代より大きい。雰囲気が昔とは違って、すごく大人っぽくなってる。大きくなり過ぎだしマスクをしてるけど、目元の泣きぼくろでわかった。 「188です。武居先輩は縮みました? そんなに小さかったっけ?」 「······それじゃ昂平くん、またね」 「ちょっ、冗談ですって。まだコンプレックスなんだ。気にしすぎですよ。小さくたっていいじゃないですか。コンパクトで」 「ぶはっ····結人、この子天然? ワザと?」 「天然だから怒れないんだよね····。ホントに悪気が無いのが手に負えないの」 「えっと····。怒ってます?」 「怒ってないよ。けど、折角会えたのにごめんね。この後、約束あるから行くね。またね」 「あのっ! 俺、今先輩と同じ学校なんです。また、会ったら話し掛けたりしてもいいですか?」 「そうだったんだ! よく今まで会わなかったね。え、なんで聞くの? ダメって言うわけないでしょ」 「ありがとうございます。あっ、引き止めてすみませんでした」 「いいよ。またね。悪さはしちゃダメだよ〜」  僕は、昂平くんに手を振りながらレジへ向かった。 「すげぇ懐かれてんね」 「昂平くんの家、父子家庭でね、小さいのに公園でいつも1人で遊んでたんだ。それでね、りっくんと一緒に声掛けて遊ぶようになって、気づいたら後ろついてくるようになっててね、弟みたいで可愛かったんだぁ」 「そうなんだ。けど、あんなデッカイ奴、学校で見た覚えないんだけどなぁ」 「昂平くんね、中学に上がったくらいからお父さんと折り合い悪くなっちゃって、だんだんグレていったの。随分マシになってたけど、付き合う前の八千代並に怖くなっちゃってさ。学校にも来てなかったし、遊び歩いて帰らなかったりしたみたい。同じ学校なの知らなかったくらいだよ? グレ始めてからは全然会わなかったから」  そういえば、どうして同じ学校だと知っていたのだろう。進学する頃には会わなかったから、知るはずがないのだけど····。 「典型的なヤンキーだな」 「そう。根は悪い子じゃないし、何度か止めたんだけどね····。余計に反抗しちゃったみたいでさ」 「反抗期ねぇ····。アッ····。ごめん、結人。財布忘れた」 「いいよ。教えてもらうんだから僕が出すよ。初めからそのつもりだったし」 「そうなの? あんがとね。そんじゃ、めっちゃ美味しいの作ろうな」 「うん!」  僕たちは八千代の家に着くと、すぐに料理に取り掛かる。今日のお昼はロコモコ丼だ。 「よぉし! まずは何すればいいの?」 「玉ねぎ、みじん切りしよっか」 「みじん切り····」 「そこからかぁ····。半分切るから見て覚えてね」  啓吾がお手本を見せてくれた。小気味よいリズムで切り刻んでゆく。上手い。けど、どうしてそう小さく刻まれてゆくのかイマイチわからない。  見て覚えろと言われたので、とりあえず見よう見まねで包丁をいれる。 「ゆぅぅいとぉ!? ちょ待っ、猫の手って知ってる? こうやって····指切らないようにね? マジで気ぃつけて」  実は、包丁を握るのは数度目なのである。見かねた啓吾が後ろから手を添えて、丁寧に切り方を教えてくれる。ドキドキして、正直みじん切りどころではない。 「目····目ぇ痛い····」 「待ーって待ってストップ! 目ぇ瞑って切らないで!? わかった。玉ねぎは俺が切るから、ボウルに肉出しといて。先に目ぇ洗っといで?」 「うぅ····ごめんね」  僕は目を洗い、気を取り直して作業に戻る。挽肉をボウルに移し、啓吾の指示通りに味付けしていく。 「これね。パン粉の代わりに、フランスパン粗く削って入れんの。肉汁吸ってジューシーになんだよ。大きすぎると食感が残って気持ち悪ぃから気ぃつけてね。あと、指削らないようにな」 「へぇ〜、そうなんだ。指削らないように····はい」  慎重にフランスパンを削る。小さくなったら、危ないからと啓吾が代わってくれた。 「はい次、卵ね」 「あっ、卵は割れるよ!」 「んじゃ、お願いね」  僕は卵をコンコンと打ち付け、両親指を少し差し込む。そして、ミスをしないよう呼吸を整える。 「へあっ····」 「え、そんな掛け声ある? めっちゃオモロいんだけど」 「ん? 何か変だった? あのね、卵割るのって加減が難しいでしょ? これくらいが丁度いい加減にできるよって、お母さんの手伝いしてる時に教えてもらったんだ。おばあちゃん直伝の良い加減なんだって」  皆に朝食を作った時、この掛け声を抑えるのに苦労したっけ。 「え、結人のお母さんも、ばあちゃんもそうやって割んの? ふはっ。めっちゃ見たい····。そういや結人さ、毎年お母さんとおせち作るとか言ってなかった?」 「作ってるよ。ほぼ雑用だけど」 「なるほどな····。そんじゃ、あとはこれコネて」 「はーい。····ふんっ····んっ····はぁっ····ぬっ····」 「ぶふっ····ふはっ····」 「な、なんで笑うの?」 「····なんでそんな声出んの?」 「えぇ····。ハンバーグこねる時は気合い入れなきゃいけないから、って····母さんいつもこうやってたよ?」 「ぶっははははは! ひーっ····マジか。めっちゃ可愛いな。ごめんごめん。いいよ、続けて」 「こね方変なの?」 「変じゃないよ。可愛いなぁって思ってさ。コネれたら形作ってね。掌くらいの大きさでいいよ。しっかり空気抜いてね」  と言われたので、僕の掌サイズで作った。空気を抜くために両手でパンパンしていたら、勢い良く調理台に叩きつけてしまった。『そこまでして空気抜かなくてもいいよ』と、嫌味を言われて悔しかった。 「なんか小さくね? 叩きつけたやつ全部回収した?」 「言うと思った····。ちゃんと回収したよ。啓吾が掌サイズって言ったんでしょ。これが僕の掌サイズだよ」 「なるほどね。結人はホント何しても可愛いなぁ。まぁ、丼だし小さめの方が食べやすいかもね。そんじゃ、焼きますか」  ハンバーグを焼いている間に、付け合せのサラダと目玉焼きを準備する。 「皆、目玉焼きの好みあるよね」 「俺は生に近い半熟。結人は?」 「僕は固めの半熟。りっくんも」 「朔と場野に聞いてくるわ」  啓吾が2人に聞きに行っている間に、丼にご飯をよそう。炊きたてのご飯のいい匂いだ。 「ぅあっつ」  ご飯粒が手の甲に付いた。炊きたてのご飯の熱さは尋常ではない。けれど、丼を落とすわけにもいかない。  僕が足をバタバタしていると、後ろから八千代が丼を回収し、手に付いたご飯粒を食べて取ってくれた。 「大丈夫か? 冷やすぞ」  すぐに八千代が保冷剤で冷やしてくれる。その間に、啓吾が目玉焼きを焼いて盛りつけまでして、無事にお昼ご飯が完成した。 「ごめんね、啓吾。僕、殆ど何もできなかった····」  八千代の膝の上でシュンとしていると、啓吾が笑って頭を撫でてくれた。 「気にすんなって。結人、すげぇ頑張ったじゃんか。それより、火傷酷くなくて良かったよ」  そう言って、ニカッと笑ってくれた。その横で、朔とりっくんが配膳をしてくれている。 「さ、準備できたし食おうぜ」  僕たちは席に着き、揃っていただきますをする。美味しいと言ってもらえるだろうか。 「ん〜っ。ゆいぴ、めっちゃくちゃ美味しいよ」 「ホント!? 良かったぁ」 「うん、美味いな」  朔の口にも合ったようだ。 「えへへっ。良かったぁ····。八千代、どう?」 「ん、美味い。お前、良い奥さんできそうじゃねぇか」 「なっ、もう····。恥ずかしいなぁ····って、殆ど啓吾が作ってくれたんだけどね····」 「何言ってんだよ。味付けは結人がやっただろ。美味いって言ってもらえて良かったな」 「うん! 啓吾、教えてくれてありがと」 「こんくらいだったらいつでも教えたげるよ」  啓吾の教え方が上手かったのと、ふとした触れ合いにドキドキしたのとで、料理が凄く楽しく思えた。恋人とするから余計にそう思えるのだろう。  それに、美味しいと言ってもらえる喜びも味わえた。この調子で、少しずつでも皆の為にできる事を増やしていこう。 「あ、そうだ! お前ら1年の黒瀬って知ってる? 場野よりでっかいヤツなんだけど」 「りっくん覚えてない? 小さい頃よく遊んでた昂平くん」 「······あぁ! あの泣き虫か」  りっくんが記憶を絞り出して言った。 「そうそれ。昂平」 「なんで啓吾が知ってんの? 知り合い?」 「いや、さっき知り合った。買い物してたらさ──」  啓吾がスーパーでの出来事を話すと、八千代が少し考えて言った。 「お前らと幼馴染つったら、錦守(にしきもり)中のヤツか?」 「そうだよ。八千代、知ってるの?」   「1個下の奴だろ? 俺が中3の時に、1回喧嘩売ってきたからボコったわ」 「あぁ····。昂平くん、中学の時やんちゃだったもんね。不思議じゃないけど、まさか八千代に喧嘩売ってたなんて····」 「アイツ確か、中学ん時は俺よりチビだったぞ」 「今ね、188センチあるんだって」 「デカ····。昔はちっちゃかったのに····」  中学に上がる前は、僕よりも小さかった。気弱で泣き虫で、僕たちが守ってあげていたんだ。 「ね。びっくりしたよ。正直ね、八千代より大きい男の人怖いなって思った」 「お前、最初俺にもビビってただろ」 「だって、周りに大きい人ってあんまり居なかったんだもん」 「ならお前、俺の親父とかすげぇ怖かったんじゃねぇのか?」 「······ちょっと。でも、八千代のお父さんだってわかってたから大丈夫だったよ」 「待て。俺と場野、そんなに身長変わんねぇだろ。俺の事も怖かったのか?」 「ううん。朔は全然。雰囲気が優しいもん。八千代は威圧感凄かったから、それも相まってだよ」 「お前、すげぇ失礼だな。威圧感なんかねぇだろ」 「アレ自覚なかったの? 今でこそマシになったけど、ゆいぴ以外には今でもそれなりに威圧感放ってるからね。って、場野の威圧感はどうでもいいよ。啓吾、なんで昂平の事聞いたの?」 「アイツ、結人にめっちゃ懐いてる」  それを聞いた皆は、少し顔色を変えた。 「は? 俺にも懐いてたけど?」 「張り合うとこじゃねぇだろ。その懐き方が結人にだけのものなのか、莉久にも同じように懐いてんのか、だろ」 「ちょっと待ってよ。もしかして、昂平くんの事変な目で見てない? 昂平くんまで、僕のこと好きだとか言うの?」 「可能性は高い。俺が見た感じだけど」 「今度、莉久も一緒に会えば分かるんじゃないか?」 「それな。休み明け、アイツ探してみようぜ」  そんなこんなで休み明け。昂平くんの真意を探るべく、啓吾とりっくんに連れられて、昼休み返上で校内を探し回っている。 「ねぇ、昂平に何組か聞かなかったの?」 「聞いてない。あんなデカイ奴すぐ見つかると思ってたんだもん」 「バカ啓吾····。しょうがないなぁ····。嫌だけど····1年生のクラス回ってみる?」  初めからそうすれば良かったのに。 「えー····女子に絡まれたら結人拗ねるだろ。んぁ〜····行きたくねぇ〜····」 「拗ね····拗ねないよ。なんでそんなに行きたくないの? 僕がいたら絡まれないでしょ」 「絡まれるかもよ? 最近ねぇ、実は結人も女子に人気なの、知らなかった?」 「えっ!? し、知らなかった····。何それ、初耳なんだけどぉ」 「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」 「人に好かれて嫌な気はしないでしょ?」 「まぁ、そうだけどさぁ····」  啓吾が渋るなか、1年生のクラスを回ることにした。まずはA組から。  りっくんが教室を覗き、近くにいた女子に声を掛ける。黄色い悲鳴が上がり、一瞬にしてりっくんが囲まれた。体育祭と文化祭の名残だろうか。  なんとか抜け出してきたりっくんが、不発だった事を知らせる。次はB組。  何かを諦めた啓吾が、思い切って教室を覗く。女子がわらわらと集まってきて、こちらもあっという間に囲まれた。  どうやら、ここも違ったらしい。が、違う情報が流れこんできた。 「啓吾、1年生にも手出してたんだね」  啓吾を囲んでいた女の子たちが『また遊んでください』だとか『付き合ってくださいよ〜』だとか、軽々しく言っていた。何より“啓吾先輩”と親しげに呼ばれているのが嫌だった。  頬が膨らみ、口が尖っているのを自覚している。今は啓吾の顔を見たくない。 「違、くはないけど、えっと、彼女とかじゃないかんね?」  早速、啓吾がロクでもない言い訳を放つ。 「それはそれで良くないよねぇ〜」 「なんだよ莉久! お前も1年に元カノいるだろ!?」 「なっ、なんで言うんだよ! バカ啓吾!!」 「2人とも、もういいよ····。昔の事なんでしょ。今は僕だけなんでしょ。もういいから黙って。次行くよ」 「「····はい」」  僕は嫉妬心を押し殺し、冷ややかな目で2人を見て言った。2人は肩を落とし、可愛いしょぼんな顔を見せてくれる。  啓吾とりっくんが今でもモテるし、女の子たちとそういう関わり方をしてきたのはわかっていた事だ。今更、問い詰めたり怒ったりするわけがない。けれど、嫌なものは嫌だ。  2人を黙らせて、さっさとC組へ向かう。 「あの、ちょっといいかな。黒瀬昂平くんってこのクラスにいる?」  僕は、教室に居た男の子に聞いてみた。そうだよ。男子に声を掛ければいいんじゃないか。 「あー、はい。えっと····黒瀬、今日来てたっけ?」 「今日っつーか、最近また来てなくない? あんま見たことないんだけど」 「すんません。たぶん今日も来てないっス。最近、週に1回来るかどうかって感じなんスよ」 「そうなんだ。ありがとう。もし今度来たらね、2年の武居が探してたって伝えてもらえないかな?」 「いいっスよ」 「ありがとう。それじゃ、頼むね」 「あれ、武居先輩····?」  諦めて戻ろうとした時、不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると昂平くんが立っていた。随分と呑気に登校してくるんだ。 「え、今登校してきたの? もうお昼休み終わるよ?」 「頑張って起きて来ました」 「そう、偉いね。体調悪いの?」 「いや、ただの寝坊です」 「それなら良かったよ。って、寝坊は良くはないけど····。できたら朝から来ようね?」 「明日から頑張ります。で、俺に何か用ですか? 俺の事聞いてませんでした?」 「それそれ! 用があんの俺らだよ」 「なんスか。俺、アンタらの事知らないんスけど。あー····っと、誰だっけ····チャラい先輩と、ん? りっくん?」 「やめて。りっくんて呼ばないで」 「冗談ですよ。莉久先輩ですよね」  僕がりっくんと呼ぶので、出会った初めの頃は昂平くんもりっくんと呼んでいた。けれど、りっくんと呼んでいいのは僕だけだと、りっくんが突然言い出してからは莉久くんと呼んでいた。  それが今では先輩呼びだなんて、他人行儀だけど成長を知って感慨深くなってしまう。  因みに、僕の事はゆいぴと呼んでいたのだが、りっくん呼びを禁止すると同時にそれも禁じていた。今思えば、おそらく僕への想いを自覚した頃だったのだろう。  その後は結人くんと呼んでいたはずなのだが、武居先輩だなんて心の距離を感じざるを得ない。これは、りっくんの方に懐いているという事なのだろうか。 「昂平くん、りっくんの事は莉久先輩って呼ぶの? 僕は武居先輩なのに····」 「え····。馴れ馴れしいかと思って····。昔みたいに結人くんって呼んでいいんですか?」 「いいy──」 「「ダメ」」  りっくんと啓吾が声を揃える。 「武居先輩でいいよ。あと俺、チャラい先輩じゃなくて大畠な」 「あぁ、覚える気無いんでチャラ男先輩でいいッス。つか、なんでアンタらがダメとか言うんですか。アンタら結人くんの····あぁ。あの噂······マジだったんか」 「何? 噂って。····昂平くん?」 「いや、なんでもないです。ほら、授業始まりますよ。戻らなくていいんですか」 「あぁっ!! ホントだ。りっくん、啓吾、戻るよ!」  僕は、2人を引っ張って2年生の棟へ向かう。結局、昂平くんがどっちに懐いているのかは分からず終いだった。 「なぁ、どう思う?」 「何とも言えないけど、懐いてるって感じじゃないよね。やっぱ、可能性は高そうだねぇ」 「「ハァ······」」 「何溜め息ついてるの? ほら、急がないと授業遅れるよ」 「ねぇ、ゆいぴ。手、いいの? ガッツリ繋いだままだけど」 「おい莉久、なんで言うんだよ」 「はっ····。2人がさっさと歩いてくれないからでしょ! もう繋がないもん」  僕は慌てて2人の手を離した。本当に無意識で繋いでいたんだ。 「さっき昂平がさ、噂がどうのって言ったたでしょ? ちょっと気をつけなきゃかなぁと思ってさ」  珍しく、りっくんが真剣に考え込んでいる。そんなにマズい状況なのだろうか。 「りっくん、噂って僕たちのかな?」 「どうだろうね。ちょっと探ってみるよ。あんまり心配しないで。万が一バレたって、俺たちがどうにかするし、ゆいぴから離れたりしないから」 「····うん」  後日、僕と皆の仲が怪しいという噂が、ちらほら流れていることを知った。冬真が言っていた、皆が僕のお世話係だというアレから進歩している。全くもって喜べる状況ではないが····。  そろそろ、バレる前に母さん達に挨拶に行ったほうがいいのかもしれない。なんて、僕が思っている事を皆が考えていないわけがなかった。

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