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アレの時間

 約束の土曜日がきてしまった。わけのわからないまま朔に連れられて、高級そうなホテルの一室に入る。八千代とりっくん、啓吾は既に部屋で待機していた。  これから何が始まるのだろうか。 「ねぇ、今日は何かあるの?」 「まぁ、それは後でな。とりあえず、荷物置けよ」  八千代に言われて荷物を置く。しかし、荷物と言うほど特に何も持ってきていない。なのに、何故だか皆は大荷物だ。 「皆、何持ってきたの? 僕、着替えくらいしか持ってきてないよ」 「殆どタオルだよ。後は洗浄の道具とか。ゆいぴは着替えだけでいいって言ったでしょ」 「わぁ····、やる気満々だね」  りっくんなんて、旅行用の大きいキャリーケースを持ってきているのだ。何事かと思ったじゃないか。 「そりゃねぇ。あ、ゆいぴお腹空いてない? このホテルの6階でね──」 「ケーキバイキングでしょ!? さっきロビーに看板あったの見たよ。行くの?」 「行こっか。行ってみたいって言ってたもんね、ケーキバイキング」 「うん!」  僕はウキウキしてエレベーターに乗った。単純なもので、今日の目的の事など頭から抜けていた。本当にアホな僕は、目先のケーキで頭がいっぱいだった。  たらふくケーキを食べたのは僕だけで、皆は5個も食べられなかったようだ。僕は、周りの女の子たちがドン引きするくらい食べてしまった。だって、どれも美味しかったんだもん。  部屋に戻ると、皆は少しぐったりしていた。きっと、胸焼けしているのだろう。 「お前、よくあんなに食えんな。見てるだけで腹いっぱいンなったわ」 「俺、チョコの中からチョコ出てきたヤツで限界だった。マジで甘過ぎな」 「啓吾がブラック飲んでたもんねぇ。あれ、僕も食べたけど、ビックリするくらい甘かったね」 「俺が食った苺のモンブランもやばかったぞ。なんでケーキの中からちっせぇケーキが出てくんだ? それもチョコの。甘過ぎてビビった」 「朔、凄い顔してたもんね」 「あ〜··っはは。顔に“何だこれ”って書いてたよなぁ。あれは笑った。つぅか場野が最後に食ってたやつ何? 抹茶?」 「俺もそう思って取ったんだけどな、メロンだったわ。クソ甘ぇの」 「全部名前書いてたでしょ? 見なかったの?」 「名前にメロンなんか入ってなかったわ。なんか横文字の長ったらしい名前だったぞ。ちゃんと見てねぇけど」 「ケーキの名前なんてわかんないよね。俺もテキトーに取ったらレモンじゃなくてオレンジだった。見た感じめっちゃレモンぽかったのに。甘さは大丈夫だったけど、変に苦いから口ん中パニックだったよ」  と、皆は散々だったみたいだ。僕だけ満喫してしまい、なんだか申し訳ない気持ちになる。 「皆、甘いの苦手なのにケーキバイキング連れてってくれてありがとね。僕の為に、無理して行ってくれたんでしょ?」 「無理はしてねぇよ。マジで無理なもんは無理だし。結人と行けたら何処でも楽しいし、結人が喜んでんの見れたらそんだけで嬉しいからさ」  啓吾は、恥ずかしげもなく恥ずかしい事をサラッと言う。皆が後悔してないのならいいのだけれど。僕だって、皆にも心から満喫してもらいたい。 「今度はね、皆が行きたい所に行こうよ。いつも僕が行きたい所ばっかり行ってくれるでしょ? 皆の好きな事とか、やりたい事とか、もっといっぱい知りたいし」 「そうだな。それじゃ、今度は結人に付き合ってもらおうか。けど、その前に洗浄だけしていいか? 晩飯食ったら、ちょっと行きてぇトコがあるんだ」 「んぇっ? い、いいけど····。今はえっちしないの?」 「シたいのか?」 「······ちょっと」 「ははっ。俺も抱いてやりてぇけど、夜までお預けな」  そう言って、朔は僕の洗浄を始めた。  夕飯の後、何処に行くのだろう。また、バッティングセンターにでも行って、食後の運動をするのだろうか。  夕飯にと連れられたのは、ホテルの近くにある料亭だった。ここは、朔が家族でよく来るお店らしい。  個室に通され、僕はりっくんと啓吾と顔を見合わせた。絶対にお高いお店だ。 「俺、こんなすげぇ店って聞いてない」 「俺も聞いてない。朔が良い店あるって言うから····」 「そりゃまぁ、個室だしイイとは思うよ。けど、色々と泣きそう」 「俺も····」  例の如く、僕はご馳走になるわけだが、これは流石に気が引ける。ホテルの宿泊費だって皆が出すと言っていたから、叩きつけたとて1円も受け取ってもらえそうにないのだ。 「今日は親父がここ予約してくれてな、好きに食えって。結人の両親への挨拶が成功した祝いだとか言ってた」 「マジで!? あ〜····良かったぁ」 「流石に、お前らに相談もなくこんな店来ねぇよ」 「だったら、親父さんの計らいだって先に言っといてやれよ。いきなりこんな店連れてこられたら、普通の高校生だったらビビんだろ」  八千代が朔を諌める。朔は、気が利かなくて悪かったと言って反省していた。啓吾もりっくんも、自分に甲斐性がないからだとか言っていたけれど、僕たちはまだ高校生だとわかっているのだろうか。  あれよあれよと運ばれてくる料理を全て胃に収め、僕は幸せに浸る。なんて美味しいんだ。 「結人、腹いっぱいになったか?」 「うん。お腹いっぱい」 「デザートは食えそうか?」 「うん! 別腹だよ〜」 「ふはっ。そうか、なら良かった。今日のデザートの柚子レモンシャーベットな、俺昔から好きなんだ。だから、結人にも食わせたいと思ってたんだ」 「そうなんだ。柚子レモンかぁ、美味しそう。えへへ、楽しみだなぁ」  なんて話していると、そのシャーベットが運ばれてきた。僕はそれを1口食べ、落ちそうなほっぺを支えた。 「何これぇ····。すぅっごく美味しい!」 「すっげ、何これうンま。シャーベットってこんな美味いの?」 「ホントだ。こんな美味しいシャーベット食べたことないよ」  シャーベットひとつで感動している僕たちを見て、朔が微笑みながら言った。 「気に入ってもらえて良かった。俺、好きな物とか少ねぇから、それを共感してもらえんのは嬉しいもんだな」 「へへっ。好きな人と好きな物共有するのって、なんか嬉しいし幸せだね。テレビとかで見て、そういうものなのかなって思ってたけど、皆と居てさ、本当なんだなぁって思った」 「それ俺も。好きなもん理解してもらえんのって単純に嬉しいけどさ。それが好きな人とってなったら、また違った嬉しさがあんだよね」 「そうだな。理解してもらえんのも嬉しいし、好きな人の好きな物を知るのも楽しいもんだな。だから、結人の好きな物とか好きな事とか、もっと知りてぇ」 「そうだね。これからもずっと一緒に居て、もっと皆の事を知って、僕の事を知ってもらって、一緒に生きてるって感じたい」  僕は、皆に依存しているのだろうか。もう、皆が居ないと生きていけない。そんな気がしてならない。 「ゆいぴが俺たちの事、そういう風に想ってくれるようになるなんて、初めの頃は思ってもみなかったよ。正直、押し切って誤魔化せてる間だけでも、夢みたいな恋人ごっこだとしても、ゆいぴと思い出が作れたらなぁって思ってた」 「僕だってまさかだよ。正直ね、皆の事こんなに好きになるなんて思ってなかったんだ。ホント、吃驚だよね」 「ゆいぴが初めて心の内を話してくれた時ね、本当に嬉しかったんだよ。ゆいぴを好きでいて、諦めなくて良かったって思った。もう離してあげらんないって、前に言ったよね。これからもずっと、一生俺らと一緒に居てね」 「りっくん····。うん、ずっと一緒に居る」  りっくんの、僕を愛でるように見る優しい目が好きだ。こそばゆいけど、とても安心する。 「俺はさ、マジで結人に人生救われたと思ってんだよね。最初はまぁ、結人可愛いし抱いて泣かしてぇな〜くらいだったんだ。皆みたいに重いくらい好きになれんのかなぁって、正直不安もあったんだよね。けど、知れば知るほど結人の事好きになっちゃってさ、なんも心配要らなかったんだなぁって」 「啓吾、可愛いは正義だ〜とか言って押し切ったもんね。押し切られた僕もバカだったけど、あの時押し切られて良かったなぁって今は思うよ」 「あはは。あん時は抱く事しか考えてなかったかんね。まさか、こんなにハマるとは思ってなかった。女の子とも付き合えなかった俺がだよ? こんなに一緒に居て守りたいって思えたんだもん。結人すげぇよマジで。これからもさ、ずっと一緒に居ような」 「うん。僕ね、僕が啓吾の初めての恋人だって知った時、凄く嬉しかったんだよ。貴重な“初めて”を貰えたんだって思ったら、お腹の奥がムズムズするくらい嬉しかったの。これからも皆にとっての“初めて”をね、僕がいっぱい貰えたらいいなぁって思うんだ。えへへ····欲張りだよねぇ」  啓吾の素直さは、見習いたい良い所だ。僕も、啓吾くらい素直になれたら、皆もっと喜んでくれるのかな。僕の言葉ひとつでできるなら、少しくらい恥じらいを捨てて皆をもっと幸せにしたい。 「欲張りでいいって言っただろ。俺の“初めて”なんか、殆ど結人のものになってるんだぞ。これからも、俺の“初めて”は大半が結人のものになるんだろうな」 「朔の“初めて”をいっぱい貰えたのはね、ホントに嬉しい。初めてでもそうじゃなくても、大した事じゃないのかもしれないけどね、それだけでひとつの思い出になるみたいで嬉しいんだ。やっぱり、初めてって記憶に残るもんね」 「そうだな。爺さんになってボケても、結人との“初めて”は忘れたくねぇな。嫌でも忘れねぇように、忘れきれねぇくらい思い出作ろうな」 「うん。いっぱい思い出作ろうね」  朔と話していると、世界が平和になるような気がする。心が和んで、穏やかな気持ちになるんだ。それが心地良くて好き。 「なぁ、結人。俺たち男だしな、こういう付き合い方だから無理なんはわかってんだ。けど、俺らはお前にだけ認めてもらえたらそんでいいから。····結婚しよう」  八千代の飾らない言葉に、僕は心を貫かれた。皆の言葉が全部僕の中に留まっていて、それを全部八千代が包んでくれたようで、温かい涙が溢れて止まらなくなった。 「ゆいぴ泣きすぎだよぉ。落ち着いて、ね?」  りっくんに抱き締められて、とめどなく零れ落ちる涙を吸われた。驚いてりっくんを押し剥がすと、机の上に小さなケースが置かれていた。 「それ、何?」  僕が尋ねると、八千代がケースの蓋を開いた。中には指輪が並んでる。ピンクゴールドが1つと、シルバーが4つ。きっと、特注のケースなのだろう。 「わぁ、綺麗······」 「結人、返事くれるか?」  八千代が優しい笑顔を向けて問う。 「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」 「ははっ、上等だ。俺らが居りゃ何も問題ねぇだろ。これからもデロデロに甘やかしてやるからな」 「ひぇ····。お手柔らかに······」  八千代の、覚悟してろよと言わんばかりの笑みに、僕は今更顔が熱くなってしまった。 「あのな、結人の指輪を誰がハメるかすげぇ揉めたんだ。けど、流石に誰か1人がやると、一生遺恨が残りそうだって事になってな。だから、悪いけど自分でつけてくれ」  朔が物凄く悔しそうな顔で言った。余程、僕に指輪を嵌めたかったのだろう。 「あっはは、なるほどだよ。皆らしいねぇ。それじゃ、皆のは僕がつけていい?」 「つけてくれるの!? ヤバい、俺もう泣きそう····」  まずは、涙目のりっくんの薬指に指輪を嵌める。すると、鼻をすすって本当に泣き出した。僕の事になると、すぐ涙腺が壊れちゃうんだから。 「俺、ゆいぴのこと一生大切にするから。ずっと俺の横で笑っててね」  ギュッと抱き締められ、僕もギュッと抱き返した。  次は啓吾。指輪を嵌めた薬指を眺め、満足そうな顔をしている。 「俺さ、こういうの一生縁ないと思ってたわ····。けど、すげぇ良いな。結人、愛してるよ。爺ちゃんになっても、アホなことして笑ってような」  啓吾はそう言って、優しいキスをしてくれた。唇が離れたところで、胸倉をキュッと握って引き寄せ、僕から下手くそなキスをした。驚いた様子の啓吾は、はにかんで僕の頭を撫でた。  朔の手をとって、そっと指輪を嵌める。プロポーズを受けた側が嵌めるなんて、僕たちしかしないんだろうな。なんて思って、クスッと笑ってしまった。 「どうした?」 「なんかね、僕たちらしくていいなぁって思ってさ」 「あぁ、そうだな。結人、お前が笑ってくれんのが、俺は何より嬉しいんだ。俺は色々と不器用だしズレてるらしいから、他の奴みたいに上手く喜ばせてやれねぇかもしれねぇけど。お前がずっと笑っていられるように頑張るな」 「もう····何言ってんの、朔。僕なんて、もっと不器用なうえにドジだから、皆のこと全然喜ばせてあげられてないんだよ? 頑張るのは僕のほうだからね。それに朔はさ、僕の事いっぱい笑顔にしてくれてるよ。だから、頑張りすぎちゃダメ。朔は張り切りすぎちゃうから心配だよ」 「おぉ····。お前、充分俺らの事幸せにしてくれてるぞ。まぁ、心配はかけないように気をつけるな」  僕の事になると、朔は際限なく頑張ってしまうから放っておけない。少し困ったように笑う朔が、愛おしくて堪らなかった。  最後は八千代だ。全ては八千代からのゴリ押しで始まった。それがなかったら、今こうして居られなかっただろう。本当に、本気で拒絶しなかったあの時の自分を褒めてあげたい。 「んふふ、八千代のゴリ押しに流されて良かった」 「なんだそれ。俺が悪いみたいじゃねぇか」 「最初はホントにヤバい人だと思ったよ」 「よくそれで流されたな····。お前の流されやすさは、多分一生治んねぇんだろうな。マジで心配だわ」 「き、気をつけるもん」 「当然だアホ。俺ら以外に流されんじゃねぇぞ。まぁ、目ぇ離さねぇけどな。······なぁ結人、お前本気で俺らでいいんか? もう今更離してやれねぇけど、お前が流され易いからよぉ、そこんトコがずっと気掛かりなんだわ」 「珍しく弱気だね。いくら流されやすくても、気持ちまで流されないよ? 僕は皆が好きで、愛してて、だから一生一緒に居るって決めたの。ちゃんと僕の意思だよ。流されたんじゃない」 「そうか。ならいい。結人、愛してる」  八千代は、極上の甘いキスを贈ってくれた。

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