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本当にバカなんだから

 僕の家に着くと、カレーのいい匂いが立ち込めていた。リビングに入ると、炊きたてのご飯の匂いも。早くも、僕の腹の虫が騒ぎ出す。  皆は挨拶を済ませると、いそいそと母さんの手伝いに名乗り出る。全員だとかえって邪魔なので、啓吾と八千代が母さんを手伝うことになった。  朔とりっくんは、僕とリビングで準備をする。小学校の給食の時間を思い出し、僕は笑うのをこらえた。  母さんが『中辛だけど大丈夫なのよねぇ?』と聞くと、皆は『はい』と小学生の様に元気に返事をした。普段とは違い、皆が幼く見える。僕は耐えきれずに笑ってしまった。 「なんだ? 何か面白かったか?」  突然笑い出した僕に、キョトンとした朔が聞く。 「あのね、皆いつも大人っぽいのに、今日は小さい子みたいだなぁって。凄く良い返事するんだもん」 「ねぇゆいぴ、給食思い出してたでしょ」 「えっ!? なんでわかるの!?」 「やっぱり。取り皿とか並べてる時からクスクスしてたもんね」  りっくんは、何でもお見通しらしい。  僕たちがわいわいしていると、八千代と啓吾がサラダやスープを運んできた。唐揚げまである。いよいよ目の前に来た食事に、僕のお腹が悲鳴をあげた。 「あっはは。めっちゃ腹減ってんのな。そういや、今日おやつ食ってねぇもんな」 「ゆいぴ、着替えてばっかだったもんね。疲れたでしょ」  確かに疲れた。着せ替え人形と化した僕に、皆が何着も持ってくるんだもの。あんなに試着したのは初めてだ。  ちなみに、買ってもらった服は八千代の家に置いてきた。部屋着みたいなのもあったし、八千代の家で着替える用でいいやって事になったのだ。だんだん、八千代の家に僕の私物が増えていっている気がする。  夕飯は、父さんの帰りを待った。母さんが先に食べていいと言ったのだが、皆が頑なに待つと言うのだから、僕だけ食べるわけにはいかない。  涎がじゅわっと溢れ、唐揚げに手を伸ばしそうになる。限界だ。そう思った時、ようやく父さんが帰ってきた。  待ちに待った食事にありつく。勢いよく食べる僕を、皆が笑みを浮かべながら見ている。 「····な、なに?」 「幸せそうに食うなぁって思ってさ。結人、ちっちゃい時からよく食ってたの?」 「そうねぇ····、私が犬に襲われてからかしら。早く大きくなるんだ〜って言ってねぇ」 「ちょっと、やめてよ母さん! 恥ずかしいよ····」  以前、八千代に話した、大きくなりたい理由のあれだ。母さんの口から、皆に話されるのはなんだか照れくさい。  しかし、母さんがあんまり嬉しそうに話すものだから、僕は止められずに俯いて場をやり過ごした。 「結人は優しいんだな。もっと大きくなれるといいな」  話を聞き終えた朔が言った。 「あんまり期待はできなそうだけどね····。食欲ばっかり育っちゃってさ、お小遣いがおやつで無くなっちゃうのが困るよ」 「俺ら、結人に食わせる為だけに食い物持ち歩くようになったもんな」 「場野は甘いの持ちすぎなんだよ。ゆいぴが虫歯になるだろ」 「虫歯の前に、病気が心配ねぇ。それより皆、結人のお世話大変そうねぇ」  母さんがのほほんと言ったが、父さんは隣で呆れた顔をしている。僕を甘やかしすぎじゃないかと、皆が軽く注意されていた。  甘やかされている自覚はあったが、甘やかしている当人達の自覚が薄いのだ。父さんに、もう少し厳しくするよう言われ、皆は僕の扱いに気をつけると約束していた。  母さんは皆の事を知ろうと思っているようで、沢山話し掛ける。そして遂に、食後のコーヒーを飲んでいる時、母さんがあの話題を振ってきた。 「そうだ! 結人に指輪見せてもらったのよ。とっても綺麗ねぇ」  皆は、そっと目を逸らした。八千代まで耳を赤く染めている。 「母さん、その話はいいよ。みんな照れちゃってるでしょ」 「あらら、ごめんなさいね。結人がとっても嬉しそうに話してくれたから、なんだか私まで嬉しくなっちゃって」 「結人、指輪そんなに嬉しかったのか」 「当然でしょ! 朔、王子様みたいだったもんねぇ」 「や、やめろ····。それは本当に恥ずかしい」  朔が真っ赤になってしまった。それを見て、啓吾とりっくんが笑う。散々2人に『朔王子』と揶揄われ、とうとう朔が怒ってしまった。しかし、朔の怒り方はベクトルが違った。 「お前ら、明日から本気で王子やってやるからな。結人が俺から離れなくなっても知らねぇぞ」  この人は、僕の親の前でなんて事を言うのだろう。 「やってみろよ。つぅか俺も王子やってみてぇ」  啓吾の悪ノリが始まった。りっくんと八千代が呆れて顔を見合わせている。そして、僕に『気の毒に』って目を向けるんだ。いや、助けてほしいのだけれど。  父さんも母さんも、楽しそうだなんて笑っていたけど、渦中の僕は明日から、朔と啓吾の王子ごっこに付き合わされるらしい。  楽しい団欒を終え、皆が帰ってしまった。きっと、また後でグループ通話をするのだろうけど、会えない時間が日に日に辛くなってゆく。  翌日、僕を迎えに来た朔と啓吾が朝から王子ごっこに興じていた。何が腹立つって、似合いすぎてカッコ良いんだよ。 「姫、お迎えに上がりました」  朔が玄関の前で片膝をついていた。赤面して固まっている僕になど構わず、朔は僕の手の甲にキスをする。 「あっ、ずりぃ! 俺もやる!」  何がズルいだ。ご近所さんに見られたらどうしてくれるんだよ。 「待って待って! 外! 僕ん家!」 「ひ〜めっ、おはよう。今日も可愛いな」  啓吾が反対の手の甲にキスした。まったく声が届いていないようだ。後ろから、母さんの笑い声が聞こえた。  学校に着いても王子ごっこは続き、事ある毎に僕を姫扱いしてきた。りっくんと八千代は、面白がって止めてくれない。女子には『何の遊びなの?』とか『羨ましいんだけど』と野次を飛ばされた。  そこで、りっくんが本当にサラッと言ったんだ。 「まぁ、俺たち付き合ってるからね」  一瞬にして空気が凍りつき、クラスメイトが一斉にこちらに注目する。今の発言が、本気なのか冗談なのか窺うように数秒が過ぎた。  今年も同じクラスになった谷川さんが、静かに言葉を落とす。 「それは、バラしていいの?」 「いいよ。もう、隠さなくてよくなったから」  皆、口々に思い思いの事を言っている。どうせ冗談だとか、男同士でありえないだとか、僕がビッチなのかとか。  だけど、僕の頼もしい彼氏たちは、ここでビシッと黙らせてしまうのだ。まずは、八千代が僕の頭を抱いて言い放つ。 「結人は俺らのだから。手ぇ出したヤツ、マジで殺すからな」 「八千代、そういう事言っちゃダメだよ。『怒るよ』くらいにしなきゃ」 「ん、わりぃ。けどまぁ、マジで()るから」  気がつくと、他のクラスからも人が集まってきている。廊下には冬真も居た。マジかって顔をしている。これまで誤魔化してくれていたのに、谷川さんや香上くんにも本当に申し訳ない。  けど、これが僕たちの決めた道なんだ。ここで気持ちが負けていたら、この先何も乗り越えられやしないだろう。  これが瞬く間に噂になり、次の休み時間に啓吾とりっくんは来なかった。女子に囲まれて身動きが取れないと、冬真がわざわざ伝えに来てくれた。 「つぅかお前ら、なんでバラす気になったの?」 「結人の親公認になったからな」 「マジで!? え〜····、なんかすげぇな。あっ! 前に言ってた挨拶? 行ったの?」 「あぁ。まだ完璧に認めてもらったわけじゃねぇけどな。俺らの誠意を見せてるところだ」 「誠意····ねぇ。お前らがえーっぐいくらいヤッてんのは知ってんの?」  冬真はニヤニヤしながら、ものすっごく小さな声で聞いた。 「知るわけねぇだろ。アホか。そんなん聞いて『はいそうですか』って許す親がどこに居んだよ」  と、八千代は言ったが、八千代の両親は知っているじゃないか。僕の頭上には疑問符が沢山舞っていた。 「はぁ〜っ····本格的にもう狙えないじゃん」 「お前、まだ結人のこと狙ってたのか。無駄だ。ふざけんな。今すぐ諦めろ。結人は俺たちのものだ」  朔が、りっくん並に早口で言い捨てた。冬真が笑って『チャンスがあったら奪ってやるからな』なんて言うものだから、八千代から強めにこつかれた。  休み時間も終わるので、冬真が教室に戻ろうとした時だった。啓吾が駆け込んできて、矢庭に僕を抱き締めた。 「わぁっ! 啓吾、どうしたn──」  女子が追いかけて来たのを確認すると、啓吾は教室で僕にキスをした。

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