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惚気けてもいいかな
皆からのプロポーズを受け、初夜かと思うほど幸せな一夜を過ごせた。皆に『初夜だと思った』と言ったら、本当の初夜はこんなに甘くないと言われた。どういう意味なのだろう。
本当の初夜に少し期待を膨らませながら、僕は締りのない顔で帰宅した。皆は家の前まで送ってくれたが、何故だか今日は挨拶しないで帰ってしまった。
「ただいまぁ」
「おかえり····まぁ」
「えへへぇ〜。見てぇ。皆から貰ったの。それでね、正式にプロポーズされたの」
「結人、幸せそうだね。莉久君が泊まりの許可を貰いに来た時は、何事かと思って驚いたよ。そういう事だったんだね」
「へへへっ。みんな甘いの苦手なのに、ケーキバイキングに連れてってくれてね、夜は朔のお父さんがね、すっごく美味しいご飯食べさせてくれたんだよ」
「えっ、瀬古さんも一緒だったのかい?」
「ううん。お店の予約だけしてくれてね、好きなだけ食べなさいって。父さん、朔のお父さんと会ったことあるの?」
「いやいや、ないよ。そうそう会える人じゃないからね。専務とは数回話した事があるけど。あ、専務は瀬古くんのお父さんの弟さんだよ」
「へぇ、そうなんだ。お礼も言いたいしね、今度ちゃんと挨拶に行きたいって言ったんだ。朔が日取り決めて招待してくれるって」
「それは····、私達は行かなくていいのかい?」
「うん。まずは僕たちだけで挨拶に行くよ。それに母さんには、まだ認めてもらえるように頑張ってる最中だからね。母さんにも認めてもらってから、1回みんなで顔合わせとかするんじゃないかな」
「そうかい。皆で決めた事なら頑張りなさい」
いずれ、僕たちの家族が揃う事もあるかもしれない。その時に、啓吾のお母さんも居るといいんだけどな。
「うん、ありがと。母さん、皆と頑張るからね!」
「はいはい。楽しみにしてるわ。でもね、別にあなた達の敵になろうって事じゃないからね。不誠実な事さえしなければいいのよ」
「不誠実······だったら大丈夫だよ。近々、またご飯に呼んでもいい? 早く母さんに皆のこといっぱい知ってほしいんだ」
「んふふ。いつでも呼んでいいわよ」
「やったぁ! ありがとう」
母さんと話していると、お花畑に居るような感覚になるんだ。ほのぼのとしていて、皆と居る時よりも子供っぽくなっている気がする。少し気を引き締めないとと思いつつ、まだ顔がにやけてしまう。
興奮冷めやらぬ僕は、部屋に戻りベッドに転がって指輪を眺めていた。ネックレスを外して、指輪と並べて置いてみる。
それをスマホで撮って、待ち受けにしようと試みる。数十分頑張ってみたができない。朔に電話をして設定の仕方を聞いたが、結局できなかった。
諦めて、明日学校で朔に頼むことにした。
翌日、りっくんが迎えに来てくれて、2人で登校する。指輪は、ネックレスに通して隠しているから大丈夫。
八千代は胸元がはだけてるから、すぐバレるんだろうな。なんてりっくんと言って笑っていた。
教室に着くと、僕の席に居た啓吾の膝の上に乗せられた。ちなみに、八千代は予想通り胸元がはだけたままで、指輪は隠されることなく丸見えだった。
「ちょっ、啓吾、流石に膝の上は····」
「なんで? 前、場野の膝の上乗せられてたじゃん」
「あれは逆らったら面倒そうだったから····」
「お前、そんなん思ってたんか」
「や〜····だってねぇ。あ、そうだ! 朔、待ち受けね、設定できなかった····」
八千代が機嫌を悪くしてしまいそうだったので話を逸らす。しかし、これはこれで朔に何か言われそうだ。けれど、八千代が拗ねるよりかはマシかと思った。
「は····? なんでだ? 昨日教えただろ」
「なんかね、朔が言ってたメニューが出てこなくてね──」
スマホを朔に渡すと、ほんの数十秒で設定してくれた。朔には『どうしてこれが出来ないんだ』と呆れられてしまったが、りっくんが『そこも可愛いでしょ』と庇ってくれた。
「いや、まぁ俺も口頭での説明だけだったしな。今度、遠隔操作できるアプリ作ってみる」
「なんか、犯罪のにおいすんだけど。つぅかさ、結人は推しを待ち受けにしたりしないの?」
「え、しないよ。オタクなの秘密だもん。誰かに見られたら説明するの面倒だし」
「アイドルとか待ち受けにしてる子いるよね。普通なんじゃないの? て言うか、ゆいぴはしてると思ってた」
「それって女子の話だよね。あのね、皆がいるのにそんな事しないよ。····皆、妬くでしょ?」
「妬かねぇよ。結人が好きなのって、アニメとかのキャラクターだろ? 流石にキャラにはなぁ」
「生きた人間じゃなかったらセーフだわ。最初は複雑だったけどな。結人のイケメン好きにゃ慣れたな」
八千代が僕の頭を撫でながら言う。その優しい表情に、心がギュッと締め付けられた。
(なんだろう、この罪悪感は……。最近、推しで騒いだりするのが、浮気してるみたいな気持ちになるんだけど)
「僕、待ち受けは一生この指輪とネックレスの写真にするよ。ねぇ、皆の待ち受けは? あっ、八千代は初期設定のまんまっぽいよねぇ」
なんて、僕はケラケラ笑った。予想が大きく外れ、僕が大ダメージを受ける事になるなんて思わなかったから、僕は軽い気持ちで聞いたのだった。
「俺はねぇ、年明けン時の結人」
「俺はリスと撮ったゆいぴ」
リスがブレて見切れているやつだ。リスだと言われなければ、茶色い毛玉を手に乗せた僕だ。
「俺は遊園地での結人だ」
「俺はイッた直後のお前」
「ちょっ! すぐ消して!! それいつ撮ったの!!?? やだっ、それだけはやめて! 誰かに見られたらどうすんの!? ホンット八千代そういうとこバカなんだからぁ!」
僕は、慌てて八千代のスマホを取り上げた。消し方なんて分からないが、とりあえずロックして画面を暗くした。
「誰にも見せねぇよ。俺のスマホ勝手に触んの、お前か大畠くらいだからな」
「え、啓吾も?」
「こいつ、俺のと機種同じだから間違えやがんの」
と、八千代は啓吾を親指で指差した。
「違うカバーとかつければいいのに····」
りっくんの言う通りだ。似たような透明の保護カバーをつけているから、余計に間違えやすいのだろう。そう言えば、啓吾が間違えているのを何度か見たことがある。
けど、これって地味に不便そうだな。一緒に住んでるし、間違えて持って出掛けたらどうするつもりなのだろう。
「めんどくせぇわ。別に困る事もねぇしな」
「え、困らないの? ····まぁ、それはどうでもいいけどね、待ち受けだけは変えてね。せめて、ぇ、ぇっちなのじゃないのにしてよ····」
小さな声で、必死にお願いした。その甲斐あって、ロック画面は違う僕になったけれど、ホーム画面がアレになっていた。
「はぁ······て言うか、なんで皆の待ち受け僕なの? 今までも隠す気なかったの? 誰かに見られたら、一発でバレるでしょ····」
「スマホなんて人に見せないし。いつでもゆいぴ見たいし。俺、クラス違うかったから寂しかったんだもん。まぁ今年もだけど」
りっくんが不貞腐れている。ご機嫌ナナメなところ悪いが、口を尖らせたりっくんは可愛い。
「そうだね、クラス····あ、ほら。HR始まるよ。りっくんと啓吾は戻らないと。また後でね」
僕がそう言って手を振ると、りっくんは渋々教室に戻った。きっと、次の休み時間にまた来るのだろう。
昼休み、僕たちは理科準備室でお昼を食べる。そこで、放課後の予定を話し合う。啓吾が服を買いに行きたいと言うので、今日はショッピングモールへ行くことにした。
僕は、ストーカーさんの件でりっくんとイチャついたのを思い出して顔が熱くなる。そういえば、あれからストーカーさんはどうなっているのだろう。
「りっくん、ストーカー先輩はもう大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。あれからは何もない。ホントに啓吾の作戦で上手くいくとは思わなかったけど、マジで感謝だよ」
「なんか言い方引っかかるんだけどぉ。もっと感謝していいよ?」
「マジで感謝してるって。お礼に、後でゲロ甘のクレープ買ってあげるよ」
「それ嫌がらせじゃん! んじゃさ、飯作ってよ。莉久もちょっとくらい料理できんだろ?」
腕を怪我してから、ほとんどコンビニのお弁当やパンばかり食べているらしい。それは、かなり心配だ。
「八千代、作ってくれないの?」
「結人が絡まねぇとマジで動かねぇんだよ。コンビニ飯飽きたからなんか作ってって頼んだらさ、卵かけご飯出されたの。醤油もかかってないやつ」
「作ってやっただけありがたいと思えよ」
啓吾には悪いが、僕とりっくんはお腹を抱えて笑った。八千代のテキトーさが目に浮かぶ。
「だったら啓吾、僕ん家で晩ご飯食べなよ。丁度昨日、母さんに近々呼んでいいか聞いたんだ。そしたら、いつでも呼んでいいよって言ってたし」
「マジで!? 行く行く!」
「皆も来る? 予定とかない?」
「結人ん家の飯より優先するもんなんてねぇな。凜人にはもう連絡した」
スマホをぽちぽちしてるなぁと思ってたけど、朔は本当に行動が早いな。僕は、まだ母さんに聞いてすらいないのだけど。
りっくんと八千代も来ると言うので、すぐに母さんに連絡する。二つ返事でオッケーをもらった。今夜はカレーらしい。
「うちのカレー、そんなに辛くないけど大丈夫?」
「俺、中辛派だから大丈夫。むしろ、辛すぎんのは苦手〜」
「俺はおばさんのカレー好き」
「あはは、知ってる。八千代と朔は?」
「甘口じゃなかったら食える。俺も、辛いのは少し苦手だ」
「俺は中辛以上だったらいける。つーか結人の母さん、料理めちゃくちゃうめぇよな。こないだのハンバーグもすげぇ美味かったし」
「それ思ったぁ。ソースも超美味かったよな」
「えへへ。良かった。母さん、皆の口に合ったって言ったら喜ぶよ」
そして、放課後。僕たちは予定通りショッピングモールにやってきた。
ついでに、僕の服も見ると言っていた。けれど、ついでだと言っていたのに、何故だか啓吾ではなく僕が試着しまくっている。
「ねぇ、なんでこんな可愛い系ばっかりなの? 僕もカッコイイの着たいんだけど」
なんて文句を言うと、啓吾が選んできた服を差し出してきた。
「んじゃこれは?」
「まんま啓吾じゃん。ゆいぴはもっと可愛いほうが似合うよ」
「着てみる」
「え、マジで? ゆいぴ、こういうの好き?」
「僕が似合うかはわかんないけど、啓吾が着てるのは好き。前に借りたパーカーね、カッコイイなぁって思ってたんだ」
「そっかそっか〜。そんじゃ、これ着ておいで」
啓吾に渡された服を持って試着室に入る。可愛いから脱却したかったし、本当に啓吾の選ぶ服をカッコイイと思っていた。けれど、やはり啓吾着るからカッコイイのだ。
試着した姿を鏡で見て愕然とした。正直、もうこのまま脱いでしまいたいが、観念してカーテンを開けた。
「啓吾みたいにカッコよくなれない····」
「····まぁ、確かにカッコイイっつぅよりは可愛いだな。結人はどんなのが好きなんだ?」
そう言いながら朔が試着室に乱入し、僕を抱き寄せるとカーテンを閉めてしまった。一瞬、皆の呆気にとられた顔が見えた。
「朔、2人で入るのはマズイんじゃない?」
「脱がすの手伝ってやろうと思って。次は俺が選んできたやつの番だしな。それにお前、泣きそうだっただろ」
朔は僕の瞼にそっとキスをした。
「じ、自分で着替えられるよ。えっと、なんかね、僕だと何を着てもカッコよくなれないんだなぁって思ったら悔しくてね····」
「ならこれ着てみろ。結人はいつも明るい色の服が多いだろ。大畠も。だから、黒を基調にしてみた」
「わぁ! これなら····ねぇ、着替え見てるの?」
「ダメか?」
久々に来た。首コテン系おねだりだ。
「べ、別にダメじゃないけど····恥ずかしいなぁ····」
「手伝ってやろうか?」
からの、悪魔の王子スマイルだ。これは破壊力がエグい。思わず僕は、服で顔を隠してしまった。
「どうした?」
「朔がカッコ良すぎたからぁ」
「ん? よくわかんねぇけど、早く着替えろよ。本当に手伝うぞ」
「ねぇまだ〜? あれ? 結人どしたん?」
「俺がカッコイイからだとか言って隠れちまった」
「あはは、何それ。朔、何したんだよ。何でもいいけど、場野がまだまだ着せたがってるから早くしたげて」
啓吾に急かされ、半ば強制的に手伝われて試着する。
黒がベースのダボッとしたパーカーは、所々に黒のチェックが入っていて重すぎない。これ、凄く好きだ。
「めっちゃかw····カッコイイね。結人の黒って新鮮だわ」
「そうだね。黒ベースだと可愛さも落ち着くね」
「いいじゃねぇか。朔、それもレジ持ってっとけ。あと、これとこれも着てみろ」
「え、そんなに!? 啓吾の服見る時間無くなるよ?」
「俺、もう買ったよ」
「えっ!?」
いつの間に買ったのか、啓吾が紙袋を肩から掛けていた。八千代の家に行ったら見せてもらおう。
その後も延々と着せ替えられ、結局大量に買い込んでいた。
「八千代····。あのさ、最近僕にあれこれ買ってくれすぎじゃない? 朔より酷いよ」
「あ? そうか? 俺が見たくて着せてんだから、俺が買って当然だろ」
「俺もそんな感じだ。気にすんな」
この2人の感覚には、毎度ついていけない。りっくんは呆れているのか慣れたのか、もう何も言わなくなった。けれど、啓吾はしっかり注意してくれる。
「あんねぇ、お前らいっくら金持ちだからってさ、結人が遠慮した時は退 いてやんな? 結人だって、貢がれてばっかじゃ気ぃ遣うだろ。結人の性格考えろっての」
「確かに、一理あるな。結人、気ぃ遣うか? 貢がれんの嫌か?」
「貢いでる自覚はあったんだね。うーん····、お小遣いじゃ買えないから色々くれるのは嬉しいけど、申し訳ない気持ちはあるかな。そういうの、され慣れてないからなのかな」
「ゆいぴはそういうの慣れたりしないと思うよ。いつまで経っても遠慮してそう」
「あ〜してそう。結人はそういう図々しさねぇよな」
「そうなの? 最近は、断ったほうが面倒だから受け取るようにしてたんだけど」
「そうじゃなくてね、もらって当たり前みたいな態度にはならないだろうなって話。ゆいぴは良い子だからねぇ。けどねぇ、金持ち組がずっとこの調子だと、ゆいぴが侵食されないか心配だよ」
「場野と朔は、一般のレベルに合わすこと覚えたほうがいいな。考えてみろよ。結人がしょっちゅうこんなに物持って帰ったら、親が心配すんだろ?」
「俺たちに貰ったって言ったらいいんじゃないのか?」
「お前と場野の素性知ってっから何とも思わねぇけどさ、俺らは。でもやっぱ、親からしたら普通じゃないって思われんじゃね? 特に結人のお母さんは色々心配だらけだろうしさ。結人に“普通に”幸せになってもらいたいって言ってたじゃん?」
「言ってることは納得できんだけどよぉ····。大畠に諭されんの、なんか腹立つな」
黙って聞いていた八千代がぽそっと言った。啓吾がそれに怒る。
「なんっでだよ。俺だってまともな事言うかんね!? いっつもフザケてるわけじゃありません〜」
「ははっ、冗談だっつの。確かにお前の言う通りだな。気ぃつけるわ」
「あぁ、俺も気をつける。こうして注意してもらえんのはありがてぇな」
八千代と朔は、素直に非を認めて改善すると約束した。八千代は本当に丸くなったなぁなんて、皆のやり取りを聞いてほっこりする。
こうやって、お互いの間違いや過ちを注意し合える関係なんて、友達だって簡単に得られるものではない。そんな得難いものを沢山手に入れている僕は、本当に幸せなのだと思う。
僕の家へ行く前に八千代の家に寄り、啓吾の買った服を見せてもらう。いつものチャラチャラした服と、それとは真逆の落ち着いた服もあった。
「珍しいね。啓吾がそういう服選ぶの」
「まぁ、1着くらいこういうのも持ってた方がいいかなぁって思ってさ。今度、朔ん家と莉久ん家も行くじゃん?」
啓吾は意外とそういう所を考えている。そして、ちゃんと行動に移す。見習いたい所だ。
僕の家に挨拶へ行く時、りっくんに服を借りてからだろうか。大人からの見られ方や、印象なんかを気にしているようだ。
「啓吾、なんか変わったよね」
「え? 俺なんか変わった?」
「変わった。前は、意外と的確な事言うんだな〜ってくらいに思ってたんだ。けどね、知れば知るほど、先を見据えて行動してるんだなぁって思うようになったの。前はチャラ男感のほうが強かったもん」
「頭空っぽレベルのチャラ男だと思ってたわ」
「もう、八千代! そこまで言ってないでしょ!? 啓吾はチャラ男でもカッコイイから、ちょっとおバカでもよかったの」
「や〜なにそれ〜。おバカはまぁアレだけどな。マジで照れんだけど。結人の俺への評価さ、最近爆上がりじゃねぇ?」
「あはは。爆上がりだよ。啓吾はそれをね、素でやっちゃうところが凄いなぁって思う」
僕が啓吾をべた褒めしていると、他の3人は微笑ましそうに見ながらも、納得のいかない顔で僕を見る。
「······皆も爆上がりだよ?」
「ゆいぴ、テキトー過ぎだよぉ」
「はは、んっとにテキトーだな。何が爆上がってんだよ」
「わかんないけど、皆が拗ねた顔してたから····。あ、そろそろ僕ん家行こっか。お腹空いたよね」
「話逸 らしてんじゃねぇよ」
と、八千代が言ったが、聞こえないフリをした。皆で食べる夕飯を楽しみに、意気揚々と僕の家に向かう。
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