121 / 384

囮作戦

 僕たちは作戦会議を重ね、非戦闘要員もある程度の訓練をし、それぞれに準備を万全にした。  僕は、小さなスタンガンを持たされた。ドジな僕の為に、袖口に忍ばせる用とポケットに隠し持つ用、それに加えて首から下げておく用の3つが支給された。  万が一、僕1人が生き残った時の為にと、相手の拘束から抜ける技も教えてもらった。八千代にもギリギリ通じたから大丈夫だろう。  八千代と朔は、伸縮自在の警棒と腕に金属の板を嵌めている。盾なんだそうだ。どう使うかはよくわからないが、きっとカッコイイのだろう。  りっくんと啓吾は、僕のよりも大きなスタンガン。がっつり気絶させられるタイプのやつらしい。僕のは、相手が数秒痺れるだけだと八千代が言っていた。  当然だが、刃物など相手を殺傷する能力の高い物は準備していない。いや、警棒もスタンガンもそこそこだと思うけどね。  あくまでも、防衛の為の武器だ。と、朔に言いくるめられた。  いよいよ、敵の作戦に掛かったフリをして僕は捕まる。念の為、母さんには八千代の家に泊まると言っておいた。準備は万端だ。  八千代がスパイから仕入れた情報通りだと、今日の夕方、りっくんと啓吾と僕が3人で帰る所を狙うらしい。  いつもなら、八千代と朔はこの時間にヤボ用で姿を消す。これも作戦のうちなのだが、ここを狙うように仕向けたのだ。八千代と朔は僕のGPSを追って来て、タイミングを見計らって登場する。  2週間近く掛けて、八千代と朔が僕たちから離れる時間の偽情報まで流し、ようやくここまで仕上げた舞台なのだ。僕がビビっていてはいけない。ビビったフリはするけどね。····フリだもん。  3人で八千代の家へ向かうふりをして、誘拐されやすそうな高架下をちんたらと歩く。  後ろから黒いワンボックスカーがついてくる。あれだ。本当に、今から誘拐されちゃうんだ。手が震えてきた。 「ゆいぴ、大丈夫だよ。俺らが居るからね」 「もう前みてぇな情けねぇトコは見せねぇかんな」  ワンボックスカーは僕たちを追い越し、少し前で停まった。  男が3人、車から降りてきた。顔も隠さず堂々としたものだ。こういう時って、目出し帽とかを被っているものだと思っていた。捕まらないという自信の表れだろうか。  2人は僕を庇うような姿勢で前に立ち、驚いた様子で牽制する。 「アンタたち何? 俺らに何か用?」  りっくんの大根っぷりがこんな所で····。しかし、笑ってはいけない。 「そのちっこいの、俺らに頂戴よ。上からの命令なんだわ」 「邪魔すんだったら、おにーさんらのコトぼっこぼこにしなくちゃなんだよね〜」 「渡すわけねぇだろ。やってみろよ」  啓吾の目が座っている。ここで戦ったら、計画が台無しだ。僕は、慌てて啓吾の腕にしがみつく。勿論、怯えた様子でだ。 「あーあー、怖がってんじゃんか。お前らホント何なの?」 「いいから黙ってソイツ渡せよ! ぶっ殺すぞ!」  なんという事だろう。全然怖くない。八千代の圧に比べれば何でもないじゃないか。こんな耐性をつけられていたなんて、僕たちは実戦で八千代のヤバさを思い知った。  だが、りっくんと啓吾は、近寄ってくる男たちを見て本当に焦り始めた。 「ゆいぴ、ダメだ逃げて。マジでヤバいかも。後ろの奴、たぶんポケットにナイフ入れてる」 「手前のやつもポケットに何か入れてんぞ。作戦どころじゃなくねぇ? 結人、マジで逃げろ」  りっくんと啓吾が小声で僕に指示を出す。ここで逃げたら、2人はどうなるんだ。 「逃げないよ」 「「は?」」 「僕がついて行ったら、2人には手出さないでね」  僕は男達に言った。りっくんと啓吾は血の気が引いているようだ。けど、2人を犠牲にして逃げるなんて選択肢、僕にはない。  男達は僕の腕を後ろで押さえ、結束バンドで縛った。止めに入った啓吾とりっくんも、程々に返り討ちにあったふりをして同じ様に拘束された。身体検査で、それぞれポケットに入れていたスタンガンは没収された。僕は、袖に仕込んでいたのも見つかってしまった。  けれど、作戦通り誘拐される所までは成功だ。 「物騒なもん持ち歩いてんじゃん。え? 弱いとこんな危ねぇもん持ち歩くん?」 「ギャハハっ! 女の前で弱ぇとか言ってやんなよ〜」 「テメェらだってナイフとか持ってんだろ。どっちが雑魚だよ」  何故、啓吾はすぐに敵を煽るのだろうか。悪い癖だ。 「ほら、ザッコい犬ってよく吠えんじゃん? 上からの命令とか言ってたし、ホントに駄犬なんじゃないの?」  何故、りっくんまで便乗してしまうのだろうか。この状況で敵を煽るなんて、馬鹿のする事だよ。  案の定、2人は数発殴られてしまった。 「やだっ、やめてよ!! 2人に手出さないでって言ったでしょ!?」 「状況わかってねぇバカに静かにしろって教えてやってんだよ!」 「大丈夫だよ、ゆいぴ。こんなの、場野のデコピンより痛くないから」 「そーそ。アイツにコツかれるほうがよっぼど痛ぇの」  また2人して煽る。誘拐された地点から、アジトに着くまで約15分。この調子で殴られていたら、2人が大怪我をしてしまう。 「女の前でイイカッコしたいのわかるけどさ~、頭悪すぎじゃね?」  男たちはまた、2人を殴ろうと腕を振りかぶった。 「やめて! じゃないと、八千代に連絡するよ」 「····は? 八千代って場野か? 手ぇ縛られてんのにどうやって連絡すんだよ」 「知らないの? スマホにはねぇ、音声入力って機能があるんだよ。僕が大きい声で設定した言葉言ったら、スグに八千代に繋がるんだから!」  なんてハッタリをかましてみたけど通じるだろうか。そもそも、そんな機能がホントにあるのかも知らない。  しかし、運転手の男がイイ感じに乗ってくれた。 「おい、場野は呼ばれたらマズいぞ。場野ともう1人デケェ奴避けて攫ってんのによぅ、場野が来たらテメェら上に殺されんぞ」  なるほど。やはり、僕が囮になって正解だったと思う。向こうは、八千代と朔の読み通りの作戦を立てているようだ。あと、運転してる人が1番偉そうだ。  これで、八千代と朔が思いがけないタイミングで突入したら、敵さんは相当たじろぐだろう。そして、その隙に僕が逃げる。完璧だ。  僕は完全勝利をイメージして、勝ち誇った顔をしていた。それが気に食わなかったのか、悪者の1人が僕に絡んできた。 「なぁお前、性別どっちよ」 「お、教えない」 「ズボン穿いてっし、さっき“僕”つってたし、男じゃねぇの?」 「でも可愛くねぇ? まぁいいや。下見たら分かんじゃん?」 「おいやめろ! 結人に触んな!!」  男は啓吾の制止を無視して、僕のベルトに手をかける。僕は、足をバタつかせて抵抗する。すると、頬を引っぱたかれた。 「テメェ!! 結人に手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」  キレたりっくんが男の顔を蹴った。手を縛られた状態でそれは自殺行為だ。蹴られた男は、りっくんに馬乗りになって頬を殴りつける。 「無抵抗なイケメン王子様は、お顔殴られたら泣いちゃうかな〜?」 「莉久はそんなんで泣かねぇよ。面がイイのなんて気にした事ねぇからな。モテなさそうなお前らとは違ぇんだよ、バーーーカ」  喋れないりっくんに代わり、啓吾が男を睨みつけて言葉を射つ。ただひたすらに煽る。そうか、敵の目が僕に向かないようにずっと煽ってたんだ。  ダメだ。ここで僕が泣いたら、敵に隙を見せることになる。全部終わるまで、絶対に泣かない。そう決めたじゃないか。 「おい、お前らなぁ! 車ん中であんま暴れんじゃねぇよ。事故ったらどうすんだよ。着くまで我慢してろ!」  運転手に言われ、男達は大人しくなった。やはり、運転手が彼らの中では1番偉いのだろう。  ほどなくして、敵のアジトに到着した。プレハブの古い大きな倉庫のようだ。  りっくんも啓吾も既にボロボロで、立っているのすら辛そうだ。 「チャラ男先輩、腕治った〜?」 「あ? お前が純平? てめぇマジでイカれてんのな」  倉庫の奥から、純平くんがアイスキャンディーを舐めながら現れた。少し後ろには、昂平くんが鎖を持ってポケーっと歩いている。鎖は、純平くんが着けている首輪に繋がっている。あんなの、千鶴さん以外に着けられる人居たんだ····。 「それ褒めてんの? あ、ビッチ先輩だぁ。久しぶり〜」  純平くんはヒラヒラと手を振り、僕をビッチ先輩と呼んだ。顔が熱くなったのが、恥ずかしかったからなのか腹が立ったからなのかは分からない。  それよりも、カラオケで僕を襲った時より、2人の雰囲気が良くないと思った。ぶっ飛んでいそうなところは変わらないのだが、それに加えて危なそうな感じがする。 「結人くん、久しぶり。この間はごめんね。乱暴な事して」 「昂平くん、反省してないでしょ。またこうやって攫って、今度は何するつもり?」  僕は毅然とした態度で、決して許すつもりはないと示す。謝るだけなら、小さな子にだってできるんだ。 「俺たち2人じゃ流石に失敗したからね。今度は結人くんをちゃんと人質にして、彼氏潰してから俺のモノにしようかなって」 「勝手な事ばっか言ってんじゃねぇよ。俺ら潰したって、ゆいぴがお前の事好きになるわけないだろ」 「莉久先輩ボロボロじゃん。そんなに弱いと結人くんの事守れないでしょ? 情けないヤツは黙っててくださいよ」 「汚い事やっててよく言うよね。人の力借りないと、好きな子1人モノにできないんだろ。どっちが情けないんだよ」 「莉久先輩、昔からムカつく事ばっか言いますよね。マジでウザい。ゆいぴゆいぴって、結人くんにまとわりついてキモいし。今度は彼氏面かよ」 「ははっ····。彼氏じゃねぇよ。こないだプロポーズしてオッケー貰ったからね。婚約者だよ。羨ましいだろ。ざまぁ」 「····は? 何意味わかんない事言ってんだよ」  表情を強ばらせた昂平くんは、ツカツカとりっくんに歩み寄った。

ともだちにシェアしよう!