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前夜の覚悟
お昼前に起きた僕は、皆の不在に慌てていた。別荘の中には居ない。庭にも居ない。
凜人さんはコテージに居るけど、ウッドデッキで読書をしている。皆、どこへ行ったのだろう。
別荘の中をウロウロ探していると、玄関の方から物音がした。皆が帰ってきたのだろうか。僕は、急ぎ早に玄関に向かう。
僕が玄関に着くと、全員びしょ濡れで立っていた。
「わぁ! 皆どうしたの!?」
「あ、ゆいぴ起きたんだ。おはよ」
「おはよう····じゃないでしょ! なんで皆濡れてるの?」
どうやら、凜人さんに別荘の警護を任せて川に行っていたらしい。何をしていたのか聞くと、わざとらしくはぐらかされた。その何かをしている最中に、足を滑らせた朔に押されて八千代が落ちたらしい。それを笑った啓吾とりっくんが引っ張りこまれ、最終的に朔も啓吾に引きずり込まれたんだとか。
やっぱり、仲が良いじゃないか。是非とも、川で戯れるイケメンのその光景を見たかった。
「凜人、こっちに来なかったか?」
「来てないよ。窓から覗いたんだけど、ウッドデッキで読書してるみたいだった」
「そうか。ならいいんだ」
「どうかしたの?」
「凜人も信用できねぇからな。結人にちょっかい出さねぇように、外で見張るよう言ったんだ」
「そんな····。はぁ······、大丈夫だよ。まだ挨拶もしてないからね」
「それでいい。クソ執事と2人きりになったら、餌食にされんの目に見えてるからな」
「凜人さん、ゆいぴ襲うの我慢できるとかホント朔に忠実だよね」
「僕が襲われる前提で話すのやめてよ····」
皆、凜人さんの事を誤解しているようだ。凜人さんが好きなのは、きっと朔なのに。恋愛的な意味かはわからないけれど、何よりも大切に想っているのは間違いない。
だって、僕と付き合っているのを認めているのだから、家族として大切に想っているのだろうとは思う。けど、やはり一度、凜人さんに直接聞いてみたいものだ。
僕たちは少し早めのお昼を食べ、近くの鍾乳洞へ観光しに行くことにした。その後、今晩のバーベキューの食材を買いに行く予定だ。
何万年もかけて、地層が削られてできた天然の鍾乳洞。 入り口から幻想的な雰囲気で、本当に漫画の世界へ足を踏み入れたかの様だ。
そんなに長い距離ではないが、中へ入ると外界とは遮断されたような感覚に陥る。まるで、世界に僕たちしか居ないみたいだ。
中は少しヒヤッとしていて、長袖とはいえ薄手だと肌寒い。それに気づいたりっくんが、すかさず羽織っていた上着を肩に掛けてくれた。
「あ、ありがとう。りっくんは寒くないの?」
「大丈夫だよ。こうやって、くっついてたら全然平気」
りっくんが僕の肩を抱き寄せる。歩きにくいけど、薄暗くてちょっと怖かったからありがたい。
お化け屋敷ではないので、怯えて立ち止まる事なく進める。綺麗だねぇなんて言いながら進んでいると、あっという間に抜けてしまった。
予定よりも早く観光を終えてしまい、凜人さんの迎えが来るまで山道を散策する。とは言っても、あまり離れるわけにはいかないので、近くの大木や苔だらけの大きな岩を見ていただけだ。
朔が連絡すると、凜人さんが早めに迎えに来てくれた。車で街まで下りて買い出しに行く。
大量に買い込んだ食材を、凜人さんと啓吾、八千代の3人で下拵えをしてくれている。戦力にならない僕と朔、りっくんは火起こしなどの準備を担当する事になった。
「りっくん、炭持ってきたよ」
「ありがと。着火剤ってこれでいいのかな? うっわぁ!! めっちゃ燃える!ぁあっつ!!」
「大丈夫!? 嘘でしょりっくん。それ持ってつけるやつじゃなくない?」
「こんなんマジで燃えんのかなぁって思ってさ。ビビったぁ····」
「莉久、それ貸せ。それくらいなら俺でもできる」
りっくんが着火剤とチャッカマンを朔に渡す。着火剤を炭の上に置き、朔が点火する。よく燃えているけど、炭に火がつかない。
「火起こしって難しいんだな」
僕たちがバーベキューコンロと睨めっこをしていると、八千代が来て呆れて言った。
「お前ら、揃いも揃ってアホかよ。なんで炭の上に置いてんの? こんなんでつくわけねぇだろ····」
着火剤の上に炭をセットして、火をつけると風を送って炭に火を移す。八千代があっさりと火をつけてしまい、僕たちは仕事を失ってしまった。
日が落ちてきた頃、僕たちは待望のバーベキューを開始する。大きなウインナーの焼ける匂いだけで、僕のお腹の虫が鳴き始めた。
「結人様、もう少々お待ちください。あぁ、火傷をされては朔様が悲しまれますので、焼くのは私が」
僕がウインナーを転がそうと思ったら、凜人さんにトングを取り上げられてしまった。きっと、朔が僕の鈍臭さを伝えてあるのだろう。めちゃくちゃ心配されている。
「お、お願いします。あの、何かお手伝いできる事ないですか?」
「お心遣い感謝致します。私は、皆様が美味しそうに召し上がっているのを見ているだけで胸がいっぱいですので、どうぞ沢山お腹を満たしてください」
「結人、凜人は気にしなくていいから食え。ほら、バーベキュー串冷ましといたから食えるぞ」
朔は気にするなと言うけれど、凜人さん1人で焼いて食べないなんて、やっぱり申し訳ない気がする。後で、焼きおにぎりを作って食べてもらおう。
たらふく食べて、いよいよ凜人さんの為におにぎりを焼く。アルミホイルに包んで、網にくっつかないよう工夫してみた。そして、いざ焼きあがって包みを開けると、どういう訳か炭が出てきた。おかしいな。タレを塗ったおにぎりだったはずなのに。
「ゆいぴ、それ何?」
「焼きおにぎり····になるはずだったもの」
「どうやったらそうなんの? すっげ、表面真っ黒じゃん」
どうやったら? 僕が聞きたいよ。表面をカリッとさせたかったから、火の強い所で焼いたのがいけなかったのだろうか。
「そりゃあんだけ火だるまになってたら、そうなるわな。嬉しそうに焼いてたから、火傷しねぇうちは放っとこうと思って見てたけど······見事だな」
八千代が意地悪を言う。知ってたんなら教えてくれればいいのに。
「外、カリッてさせたかったんだもん····」
皆、僕が1人でどこまでできるか見守ってくれてたらしい。おにぎりが火だるまになった瞬間、皆が一瞬ガダッと動いた時に気づけばよかった····。
凜人さんは、丸焦げになったおにぎりを食べてくれて、あまつさえ美味しいと言ってくれた。僕の、思い遣る気持ちが嬉しいのだとも言っていた。本当に、申し訳なさでいっぱいだ。
バーベキューを終えたのが午後8時。別荘の周りに建物は無く、木が生い茂っていて一層暗い。だから、満天の星空を独占できるんだ。
別荘の2階にある広いバルコニーに、大きなソファを持ち出して皆で空を眺める。
「天然のプラネタリウムだね。すっごく綺麗」
僕は、啓吾とりっくんに挟まれて瞳に星を映す。そんな僕を見て、りっくんが『綺麗だねぇ』とうっとりしている。
「ねぇ····。僕じゃなくて、星見てよ····」
「星より、ゆいぴのほうが輝いて見えるよ」
「それ、リアルで言うやつ居るんだな。鳥肌立ったぞ」
「ちょ、ハズいからやめてよ! そう言う朔だって結構な事言うじゃん」
「結人見てたらしょうがねぇだろ。けど、今のはサムかった」
「あははっ。ごめんね、りっくん。僕もゾワッてした。けど、嬉しいよ」
「え、どっち? もうこういうの言わないほうがいい?」
りっくんが焦ったように聞いてくる。それが可愛くて、ついつい揶揄いたくなる。
「どっちでもいいよ。言いたくなったら言えばいいんじゃない? ゾワッとするかもしれないけど、やっぱり嬉しいもん」
「いっつも思ってたんだけどさ、莉久はテンプレ使いすぎなんだって。だからキモいとか言われんだよ」
「だって、ゆいぴ見てたらツラツラ出てくんだもん。しょうがねぇだろ」
「言い慣れてねぇ感がすげぇんだよ。それで女に言ってんの想像したらマジでキモいわ」
「女の子に言ったことねぇよ。こんなのゆいぴにしか言わないから」
「りっくんはホントブレないね」
「あ、流れ星だ。見ろ結人。願い事しねぇのか?」
のんびりと教えてくれる朔。りっくんから空に視線を投げた時には、もう流れ星は姿を消していた。
「見えなかった····」
願い事なんて、もうこれ以上望むことなどないけれど、せっかくなら皆の幸せを願いたい。
「お前の願い事なんか、俺らが全部叶えてやっから安心しろ」
「何カッコイイこと言ってんのさ····」
八千代が啓吾越しにキメ顔を見せつけてくる。月明かりに照らされて、いつもよりも皆の顔が綺麗に輝いて見えるのは気のせいだろうか。
「ゆいぴ真っ赤だね。可愛いなぁ」
「なぁ、そろそろ入んねぇ? 結人、ちょっと冷えてんじゃね?」
「ホントだ。そんじゃ、今日は啓吾とお風呂行っといでね」
「ううん。今日こそね、絶対自分でシてくる! だから、ね····啓吾、待っててくれる?」
「ん゙っ····ん? 俺?」
「うん。ちょっと早いけどね、プレゼントに僕を貰ってほしいなって······。要らない?」
「要らねぇわけねぇだろ!? ······結人が欲しい」
僕の頬を包み込み、耳元でそっと囁く。今日は、めちゃくちゃ頑張れそうだ。
「ひぅっ····そ、それじゃ、待っててね」
僕は別荘に駆け込んで、1人で支度をシに行く。今日こそは絶対に成功させるんだ。
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