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旅の幕引き

「ふぅ····ん、んはぁっ····八千代、待って」 「待たねぇ」 「んっ····ぇぁ····んぇ゙····」  キスは激しさを増し、大きな舌で奥まで舐められて嗚咽を漏らしてしまう。僕が早々に力尽きた所為で八千代の機嫌が悪いのだとしたら、ちゃんと謝りたい。けれど、八千代はキスをやめてくれない。  さっきから何度も軽イキを繰り返している。息も上手くできず、頭がクラクラしてきた。きっと酸欠だ。  なんとか八千代を押し離す。息ができないことを察して、八千代は少し休ませてくれた。 「はぁ··ふぅ····八··千代? どうしたの? 僕が寝ちゃったから?」 「あ? 何が?」 「八千代、機嫌悪いから····」 「あぁ、わりぃ。····けど違ぇわ。んな事で機嫌悪くした事ねぇだろ」 「うん。でも、寝ちゃうの凄く早かったからかなって····」 「寝たんじゃねぇ。またイキ過ぎての気絶な。そうさせてんの俺らなのに、ぁんで怒れんだよ。んっとにアホだな」  八千代は頬擦りをするように、優しく唇を這わせた。そして、耳元で静かに話し続ける。 「クソ執事がお前のエロいトコ見てんの、今更ムカついたんだよ。んで、お前に当たった。わりぃ」 「んぁ····。またヤキモチ妬いてたの?」 「····妬いた」 「それって八つ当たりじゃなくて、僕のこと独占したかっただけじゃない····?」 「あぁ、そうかもな。お前は一生、俺だけのモンにはなんねぇから。こうやって2人きりン時だけでも、俺のことだけ見させてぇ」 「八千代、ごめんね」 「バァカ。責めてんじゃねぇよ。我儘言ってんの。こんくらい聞けよ」   「うん。2人きりの時はね、僕、八千代だけのモノだよ」  八千代の頬を包み、おデコをくっつけて約束する。直後、不機嫌そうな低い声が聞こえた。 「だったら、俺と2人きりの時は俺だけのモノだよな」 「んわぁ!? 朔····」  いつの間に来たのか、腕組みをしてドア枠にもたれかかった朔が言った。 「朔····、怒ってる?」 「怒ってねぇ。けど、そういうの言っていいのかって思ってる。“俺だけの”って、言わねぇように気をつけてたから」 「そう··だよね。ごめんなさい。僕、また軽はずみな事言って····」 「いや。それがアリなんだったら、それはそれでいい。2人でデートした時とか、独占欲剥き出しにしても文句言われねぇんだよな」  やはり怒っているように見える。少しも笑ってくれない目が怖い。 「2人きりン時は好きにしろや。んなもん、どうせ口だけなんだからよ。実際、どう頑張ってもコイツは俺らのモンだからな」  八千代は僕の耳朶をふにふにと揉みながら言う。加減を誤って、ぷちっと潰されそうで怖い。 「····そうだな。よし、今度また2人デートしような。たまには俺だけの結人っつぅのもいいよな」 「わ、わかったよぅ。それでいいから、朔····」  見上げる僕の目を見て、僕が怯えていると思ったのだろう。朔の目からすぅっと力が抜け、いつものように優しい目を向けてくれた。  2人でデート。楽しみではあるけれど、凄く緊張するんだよね····。  お風呂から出ると、啓吾が温かいココアを入れてくれた。それを飲んで、大きなベッドで雑魚寝をする。  僕が誰の腕の中で眠るかなんて、揉めるのは毎度の事だから飽きてしまった。見慣れたジャンケン大会を見ているうちに、僕はベッドのド真ん中で丸くなって眠っていた。 「ゆいぴ、起きて。起きないと犯すよ♡」 「ひぁぁ····」  りっくんの、甘くてえっちな囁きを聴いて目覚める。僕は、反射的に耳を両手で塞いだ。  寝起きから耳が悦んでいる。思わず、お尻がキュンとしてしまったじゃないか。 「結人、起きたか? そろそろ帰る支度しねぇと、飯食う暇ねぇぞ」 「んぇ、ご飯····食べるぅ」 「あはっ、寝ぼけてるゆいぴかわい〜」  りっくんが僕の鎖骨にキスをしながら吸いつく。ちゅぱちゅぱと音を立てながら、幸せそうに僕の肌を吸う。  確かに頭は回っていなかった。けど、寝起きの間抜けな顔でだらしないだけだと思う。可愛いだなんて心外だ。  それにしてもまったく、いつまで吸いついている気だろうか。 「りっくん、僕も帰る準備するぅ··から、んぁっ····もうお終いぃ····」 「ゆいぴ····ンはぁ··甘くて美味しいんだもん。俺はご飯よりゆいぴがいい」 「おいコラ莉久、アホな事言ってねぇでさっさと髪セットしろや。無駄に時間かかんだからよ」 「はぁ? 場野うるさい。ゆいぴにカッコイイ俺見せる為だから無駄じゃないんですぅ〜」  本当にりっくんは、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。  けれど実際、文句のつけようがないくらいカッコイイから、ツッコミようがなくて反応に困る。  僕たちはそれぞれ荷物をまとめ、支度が整ったところで揃って朝食を食べた。そして、軽く別荘の掃除をしてから帰路につく。  来た道を帰りながら、旅の思い出を語り合う。僕は、修学旅行よりも長い時間、皆と一緒に居られたのが何よりも幸せだった。  地元の駅に着いたのがお昼過ぎ。朔の家に呼ばれ、昼食をご馳走になる。  朔の家に行く前に近くのスーパーで買い物をしたのだが、揃いも揃ってイケメンだから注目の的だった。食材を選んでいるだけで輝いて見えるのだから致し方ない。  お昼ご飯はチャーハン。一緒に出してくれた中華スープも唸るほど美味しかったので、思わず唸るように『美味しい』と零してしまった。  それでは足りないだろうと、凜人さんは唐揚げまで作ってくれた。僕はそれをペロッと平らげる。  そして、食後のデザートに桃を切ってくれた。朔の実家から届いた、高級な桃らしい。  桃と言えば····だ。八千代が噛みグセを悪化させたアレを思い出す。そして、僕は1人でクスッと笑ってしまった。 「なに笑ってんの? 結人、そんなに桃好きだっけ?」 「んへへ。あのね、桃······」  まずい。完全なるミスだ。ここでアレをぶり返すと、八千代が凜人さんに喧嘩を売って暴れかねない。 「桃、スキ。僕、桃スキ」 「なんで片言なんだ? まぁ、桃が好きなのは良かった。これ、親戚が育てた桃で、すげぇ美味いから結人に食わせたかったんだ」 「へぇ、そうなんだ。えへへ、美味しそうだね。いただきまぁす」 「うっわ、何これ。めっちゃ美味いんだけど」 「ホントに美味しいね。んはぁ····甘ぁい」 「えぐみもないし、凄く食べやすいね。て言うかさ、ゆいぴ桃苦手じゃなかった?」 「別に苦手じゃないよ? ····あぁ、皮剥くの難しそうだから、自分じゃ食べれないって言ってたかも」 「それかな。苦手なんだと思ってたよ」 「んふふ、桃好きだよ」  よし、上手く話を反らせた気がする。りっくんの誤解もついでに解けたようで良かった。  それよりも、なにやら満面の笑みで桃を頬張っている啓吾が可愛い。 「啓吾ご機嫌だね。啓吾こそ、そんなに桃好きなの?」 「ん? 普通に好きだよ。やぁ〜俺さぁ、この旅行で思ったんだけど、一緒に暮らし始めたら毎日あんな感じなんかなぁって。すげぇ幸せじゃねぇ?」 「アホか。あんなん学生のうちだけだろ」 「働き始めてもあの調子でヤリまくってたら、流石に体がもたねぇと思うぞ」 「えー、そういうもん? ねぇ、凜人さんどう思う?」  椅子の背もたれに肘を掛けて体を捻ると、片付けをしてくれている凜人さんを呼び止めて問うた。誰に何を聞いているんだ。 「朔様と場野様の仰る事もご尤もかと。しかしながら結人様がお相手ですと、皆様なら毎晩お元気に過ごされるのではないでしょうか。その分、結人様が癒してくださるでしょうし」 「俺は死んでも毎晩ゆいぴ抱くよ。1晩も無駄にしたくない」 「りっくん····。死んじゃヤだって言ったでしょ? 気持ちは嬉しいけど、りっくんが元気じゃなきゃヤだよ」 「んはぁぁっ····俺、ゆいぴ抱いたら全回復するから大丈夫」  この人は、両の拳を握り締めて何を言っているのだろう。 「俺も抱いたほうが絶対元気になるわ。仕事しだしたらそんな体力なくなるもん?」 「仕事が大変だったら、それどころじゃない日があるんじゃねぇか」 「毎日は流石にキツいかもな。まぁ、家帰って結人が出迎えてくれたら、元気になるかもしんねぇけど」  八千代が意地悪くニヤッと笑う。僕次第という事か。 「皆、ちゃんと体大事にしてね? だ、抱いてくれるのは嬉しいけどね、皆が元気でいてくれないと、僕泣いちゃうよ?」 「なんつぅ脅し文句だ。お前を泣かせるワケにはいかねぇんだぞ」  狡い脅し文句に、朔が焦った様子で返す。少し意地が悪かっただろうか。 「あはは。だったら、僕がダメって判断した日は、ちゃんと休んでね?」  なんて、僕たちはいずれ訪れる未来に決まりを設けた。こうして、幸せでくだらない話をしながら、僕たちの旅は幕を閉じた。

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