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死ぬ気なの?

 僕を担いで走り出した冬真。軽快に階段を駆け下り、啓吾の手が届く前に空き部屋へ駆け込むと、鍵をかけてしまった。  啓吾がめちゃくちゃキレながら、激しく扉を叩いている。けれど、そんなのお構いなしに冬真は僕を机に座らせ、そっと頬に手を添えた。 「結人····あんま時間ないからさ、ちょっと乱暴になるけどごめんな?」  少し息を切らしている冬真がえっちだなんて、思っている場合ではない。もっと強く抵抗しなくちゃダメなのに····。 「や··ダメ····冬真、待って」  僕は冬真の口を両手で覆って押し返す。けれど、片手で易々と両手共掴んで降ろされる。そして、唇を重ねてしまった。  優しく吸いつくようなキスを経て、徐々に激しさを増してゆく。しつこく舌を絡め、熱い吐息が混じり合う。 「ん、ふぅ····はぁ····ふぅぅン」 「はぁ····イッた? 」 「イッ··てない····」 「嘘。イッたよな。····けど、まだだな」  僕がトロけきっていないものだから、再び口内を犯しにかかる。さっきよりも激しく、遠慮なんて手放した攻め方だ。  シャツのボタンに手をかけ、少しはだけさせて胸を弄る。首筋や鎖骨を甘噛みして、耳元に口を寄せて甘い声を放つ。 「結人、好きだよ。なぁ、俺の事好きだって言って?」 「ふぁ··、あんっ、らめ····僕····」 「俺、マジで結人が好きだよ。アイツらより大事にするからさ、俺の事選んで?」 「そ、んなの····選べにゃい······」  僕が泣き出しそうになった時、廊下側の窓ガラスが割られた。そこから八千代が侵入してくる。続いて、啓吾が入ってきて鍵を開ける。りっくんと朔も来ていたようだ。 「神谷、死ぬ覚悟できてんだろうな」 「······できてるよ」  できてちゃダメな覚悟だ。冬真は、全てを諦めたような目で僕を見る。頬に這わせた指が妙に熱い。 「八千代、暴力はダメ····。ぼ、僕··何もされてない」  咄嗟に嘘をついてしまった。冬真を守る為なのか、八千代を守る為なのかは定かではない。しかし、八千代に嘘をついてしまった事実に、胸が押し潰されそうなほど苦しくなった。 「んなバレッバレな嘘ついてんじゃねぇぞ! ふざけやがって。結人、コイツ庇うんか」 「お前が暴力振るって問題起こさねぇようにだろ。バカじゃねぇの? 結人が守りてぇのはお前らだろ」  冬真が苛ついた様子で八千代に当たる。今、冬真が何をしたいのか僕には分からない。けど、とても寂しそうに見えるから、冬真を蔑ろにはしたくない。 「わかってんなら結人返せよ。なぁ冬真、わかっただろ? 結人はお前を選ばねぇよ」 「結人は誰も選ばねぇんじゃねぇの? そん中に、俺が居たっていいじゃんか····」 「神谷、結人はちゃんと選んでくれたぞ。俺らと、そうじゃないヤツらを。お前はそうじゃないヤツらだ」 「1回抱いたからって勘違いしてんじゃねぇぞ。あとな、結人は俺もお前も庇ったんだよ」 「は? 結人が俺なんか庇うわけ······はは、そっか。そういうトコなんだよな。俺が結人の事好きになったの。素でめっちゃ良い子」  冬真は、さらに寂しさを乗せ目を伏せる。抱き締めてあげたくなるほど、弱々しい冬真に調子が狂う。 「僕、良い子じゃないよ。冬真に思わせぶりな態度とってたんだよね? 選べないのも事実だし。今ね、八千代と冬真、2人ともを庇ったのもホントだよ」 「ゆいぴは優しいだけなの。それにつけ込んできた神谷が悪いんだよ」 「りっくん····。でもね、つけ入る隙を作ってたのは僕だもん。僕だって、ちゃんと恋人がいるんだからハッキリ断らなきゃダメだったのに」  そうだ。これは、僕の優柔不断さが招いた事だ。僕たちが冬真に振り回されてるのではなく、僕が冬真を振り回したんじゃないか。 「そうだな。結人が流されやすいからって、そんだけで割って入れるわけないの分かってたんだけどな····。期待して頑張っちゃったじゃん」  冬真は笑顔を作り、僕に向けてくれる。軽口で、僕の罪悪感を和らげてくれようとしているのだろう。僕でも分かる。 「冬真····。僕、冬真の事好きだよ。でもね、恋人にはなれない。皆への想いとは違うから。だから····」 「やめろって。ハッキリ断られたくねぇから今までテキトーに切り上げてきたんじゃん? じゃないとさ、もう結人にちょっかい出せねぇだろ」 「「「「出すなよ····」」」」 「あははっ。だよなぁ。でも俺めげねぇし? 結人が俺の事好きになるまで頑張れるし。でもまぁ、こういう事はもう絶対しない。結人が泣いちゃうもんな。····ごめんな?」 「冬真····。冬真の方が泣きそうだよ····?」 「んじゃ抱き締めて? そしたら泣かない」  冬真は無理矢理に微笑み、両手を広げて僕を呼ぶ。 「アホか1人で泣いてろ。結人、行くぞ」  精一杯の笑顔を見せる冬真。だが、決して渡すまいと、八千代は僕の手を引いて部屋を出る。りっくんと朔が僕たちに続く。啓吾は、冬真に何か話しているようだ。  そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。八千代は僕を朔に預け、りっくんを連れて職員室へ向かった。窓ガラスを割った言い訳をしに行くんだそうだ。穏便に済ませる為、りっくんに弁解させるつもりらしい。  席に着いて次の授業の準備をしていると、啓吾と冬真が教室に戻っていくのが見えた。なんだ、全然普通じゃないか。啓吾と何を話したのだろう。  放課後、今日は委員の仕事がないので、まっすぐ八千代の家に向かう。八千代のご機嫌は良くならないままだ。 「八千代、まだ機嫌悪い?」 「良くはねぇな。ぉら、洗浄すんぞ」  機嫌が悪い時の洗浄は、皆同様に激しい。決して雑だったり手酷いわけではなく、むしろ無駄に甘やかしてくるから困るんだ。  どうやら、僕がぐでぐでになって甘えてしまうのが、皆にとってはイイらしい。 「やちぉ····足、ぷるぷるするぅ」 「俺に抱きついてろ。もうすぐ終わっから」  椅子に座っている八千代に、寄り掛かるように抱きつく。腰を支えてもらい、仕上げに入る。 「んぁ····やちぉ、もういいよ····早く欲しぃ」 「まだやんねぇ。ベッドでな」  八千代が挿れてくれない。いつもなら、強請ればどこでだって挿れてくれるのに。  朔に引き上げられ、ベッドに連れて行ってもらう。何故かベッドには降ろされず、朔に抱えられたまま膝の上。これから何をされるのだろうか。 「結人が簡単にキスで流されない特訓するんだって。莉久が言ってたぞ」 「そんな特訓、効果あるの? 皆にキスされたら、すぐイッちゃうよ?」 「俺らだけじゃねぇだろ。神谷にされてもイッたんだろうが」 「なんでキスされたの知ってるの!?」 「顔見りゃわかるわ。もうしねぇとか言ってたけど、信用できるかっつぅんだよ。まぁ、要はお前が慣れろってコトな」 「慣れる····って、キスに?」 「そ。ゆいぴさ、未だに俺らともキスする時テレてるでしょ。えっちの時しかゆいぴからシてくれないもんね」 「ヤッてない時に結人からシてくれんの、マジでレアだもんな」  だって、皆の顔が良すぎて、近くだけで精一杯なんだもん。仕方がなじゃないか。僕だって、普段からシたいよ。 「シたいのに勇気出なくて待ってる感じは可愛いけどな。結人からシてくれたら、やっぱり嬉しいな」 「お前ら違ぇだろ。結人がキス程度でイかなくなるようにって話だろうが」 「あ、そうだったね。でもさぁ、それって意味あんの? 結人の場合、むしろ逆効果じゃない?」 「「「あー····」」」 「感度上げるだけな気がするな。でもまぁ、試しにやってみるか」  皆、どのくらい真剣に考えてくれているのか分からないが、とりあえず今から実験されるらしい。朔は僕をベッドに降ろし、耳を弄りながら唇を吸う。舌先を差し込み、動きの悪い僕の舌に絡める。  このべろちゅーって、どう舌を動かせばいいのか未だに分からない。絡める····ってどうやるの? 皆がシてくれると気持ちいいのに、どうして僕がすると気持ち良くなれないんだろう。  えっちな事全般的に言えるのだが、自分でするとイマイチだ。 「耳弄ったらダメだろ。キスに集中····って、もう蕩けてんじゃん。全然ダメじゃん」 「ゆいぴ、もっと余裕かまして」 「んぇ····よ··ゆ····んんっ」  余裕なんて、かませるワケがないじゃないか。イケメンが迫ってきただけでいっぱいいっぱいだよ! 「なんでんな余裕ねぇの? たかがキスだろ」 「ンはぁっ····たっ、たかがって言わないでよ」 「いやいや、結人くんよぉ。いくらなんでも余裕無さすぎだって」 「だって! ····だってぇ····イケメンが至近距離に来るだけで緊張しちゃうし、皆キス上手だから気持ちいいし····。それにね、好きな人とのキスって特別じゃないの?」 「あ、ダメ、ゆいぴ可愛い。天使すぎる····」 「結人、練習とかもういいから、本気でキスしていいか? イかせたい」 「んあぁ····朔、イかせてぇ」  耳元で声を絞り出すように言われたんだ。堕ちたって仕方がない。 「待て待て朔。現状なんにも進歩してないだろ。俺らもさ、こんな簡単に煽られんの良くないって」 「ゆいぴは目合うだけで煽ってくるんだから、どうしようもないでしょ」 「莉久は狂ってるとして、俺らももうちょい余裕持たねぇとダメだと思うんだよね」 「「確かにな」」  朔と八千代が同意する。狂人扱いされたりっくんは、どちらにかは分からないが納得している。 「結人はさ、キス以前に俺らの顔に慣れねぇとだな」 「だね。よし、それじゃ至近距離作戦だね。これから、事ある毎に至近距離で話すようにするから、ゆいぴは頑張って慣れてね」 「えぇ····。慣れる気しないよぉ······」  こうして、またバカらしい作戦が始まった。

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