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危険な夜
冬真と猪瀬くんが眠ってからシようかなんて言って、八千代は深いキスをした。さらに、啓吾が後ろから抱き締めてきて、これまた耳元で『シよっか』と囁く。
「おい、2人が戻ってくんだろ。それ以上蕩けさせん──」
朔が本気で注意し始めた途端、部屋の扉が開いた。2人が戻ってきたのだ。
「ただいま〜。おわっ····武居どうしたの?」
「チッ····。お前らなぁ、俺らが居んの忘れてねぇ?」
「あ? 戻ってくんのが早ぇんだよ。お前ら、結人が落ち着くまで部屋出てろ」
「ぁんでだよ。ここお前らだけの部屋じゃねぇんだぞ。勝手に結人蕩けさせといて出てけってなんだよ」
八千代と冬真が臨戦態勢に入っている。
「おいおい、喧嘩すんなって。先生来たらマズいんじゃないの? そんな武居見せらんないだろ」
「そうだよな。とりあえず、よっと····結人はこっちな。お前のこんな可愛い顔、他の狼に見せたくないかんね〜」
啓吾が僕をお姫様抱っこで部屋の隅に運ぶ。壁の方を向き皆に背を向けた状態で、僕を抱き抱えたまま胡座に収めて僕を落ち着かせる。
自分たちで蕩けさせておいて、何恥ずかしい事を言っているんだか。
「誰が狼だよ······。てか何あれ、あっま。お前らいつもあんな感じなの?」
「コイツら、結人に関しては激甘だよ。普段とはえらい違いだろ? 俺も初めて見た時ビビったっつぅの」
「すまねぇ。猪瀬、神谷、これは流石に俺らが悪い。お前らがこんなに早く戻ってくると思わなくて、俺もバカ2人を止めきれてなかった」
「おい、誰がバカだよ」
「あ゙ぁ? お前と大畠以外に誰が居るんだ」
「お〜、瀬古こっわ」
「場野に物申せんのって武居だけだと思ってたわ····」
猪瀬くんは知らないだろうが、りっくんと啓吾だって本気で八千代に喧嘩を売れるのだ。
それにしても朔は、八千代と啓吾のオフザケに余程腹が立っていたのだろう。珍しく本気で怒っている。
「大畠、結人落ち着いたか? お前と場野も2人に謝れよ。特に場野は、こっちに落ち度があんのに喧嘩売ってんじゃ──」
「んぁっ····」
僕が漏らした嬌声に、一同注目する。そして、わたわたと慌てる啓吾。
「大畠、何シたんだ」
「や、その、えーっと····」
「言え」
朔が低く発した一言で、凍てついていた空気にビリッと電流が走った。
「可愛かったから舌ベロんてしてケツに指突っ込もうとしました!」
啓吾は上官に報告するように、自らの愚行をハキハキと述べた。
「お前、状況わかってんのか? 落ち着かせに行ったのに悪化させてどうすんだ」
「····すんません。可愛かったから····つい····」
「お前はサカリのついた犬か。もういい、結人貸せ」
朔は、僕を啓吾から奪うように抱き上げると、啓吾と同じ体勢で僕を隠すように抱えた。そして、額にキスをして、頬を撫でながら落ち着けてくれる。
「朔、ごめんね?」
「大丈夫だ。場野と大畠がバカなだけだから、結人は気にしなくていいんだぞ」
「瀬古も甘々じゃん····。つか何? 冬真、これに挑んでんの? バカじゃねぇ?」
「うるせぇよ。駿に関係ねぇだろ····」
「あ··いや、関係····ないよな。ごめん」
きっと、冬真の心無い一言に傷ついたのだろう。けれど、今の僕たちに猪瀬くんを庇ってあげる術はなかった。
「ねぇ、僕が言うのもアレだけどね、仲良くしようよ。せっかくの宿泊研修なのに、こんなのヤだよ····」
「はぁ····。そうだな。お前らがこうなんのも覚悟して同じグループに入ったんだし。駿も、キツい言い方してごめんな」
「あ、うん。いや、俺は大丈夫だよ。俺が余計な事言ったんだし····」
猪瀬くんは何とか笑顔で受け答えた。けれど、僕たちにはその心中が痛いほどわかっていた。
いよいよ消灯の時間。八千代と啓吾に怒っていた朔と、しれっと潜り込んできたりっくんに挟まれて床に就く。僕はりっくんの頭を抱え、朔は僕を守るように後ろから抱きしめている。
りっくんの後ろには啓吾が、朔の後ろには八千代が居て、2人ともムスッとしたまま寝つけないでいるようだ。啓吾の向こう側には猪瀬くんと冬真がいるのだが、もう眠ったのだろうか。
僕に抱き締められて、すぐに眠ってしまったりっくん。その後ろから、ひょこっと啓吾が覗く。とても小さな声で、僕に呼び掛ける。
「結人、莉久寝た?」
「とっくに寝てるよ。猪瀬くんたちは?」
「寝たっぽい。朔も寝たっぽいしさぁ──」
「大畠、お前マジでいっぺん締めるぞ」
「ヒェッ····。さ、さっくん起きてたんだぁ····。いやさ、寝れねぇからトランプでもどうかな〜って」
啓吾が苦しい言い訳をする。
「······本当か?」
「ホントホント! マジでホント! 朔もやる?」
「やんねぇ。今日は疲れた。爺さん婆さんにコキ使われたからな。俺は寝る」
「あ、そ〜。んじゃ、おやすみ。結人は?」
「やる。僕もなんだか寝れなかったんだ」
「んじゃ、俺も付き合うわ」
八千代がムクっと起きて、啓吾の鞄を漁り始めた。僕は、りっくんの頭をそぅっと下ろし、朔の腕を抜け出して部屋の隅っこへ移動する。
そして、僕たちは暗がりの中ババ抜きを始めた。本当にトランプで遊ぶつもりだったんだ。持ってきていることすら知らなかった。啓吾は用意周到だなぁなんて感心する。
僕が負け続けて不貞腐れ始めた頃、時計は11時を指していた。
「なんでそんなに強いの? 一回も勝てない····」
「ぶふっ····。俺らが強いんじゃなくて、結人が弱すぎんのな」
「面白すぎて普通に楽しんでたわ」
「僕そんなに弱いの?」
「お前、顔に出すぎんだよ」
そう言って、八千代が僕にジョーカーとハートのエースを渡した。
「どっちがジョーカーか当ててやるよ」
僕は沢山シャッフルしてから八千代に引かせた。絶対にバレないように無表情を意識していたのだが、見事にジョーカーを引かれてしまった。
「なんで? 僕、無表情だったでしょ?」
「ははっ、マジか。どこがだよ。あと、そっちは俺からの気持ちな」
八千代が不敵な笑みを浮かべて言う。ハートのエースが気持ち? ハートだから“好き”というシャレのつもりだろうか。
「は? 何渡したんだよ」
啓吾が覗きに来る。そして、ハートのエースを見て悔しそうに言った。
「お前ってこういうキザな事すんのな」
「何? ハートのエースって特別な意味あるの?」
「愛情とか結婚とかだっけ? とにかく、結人じゃないとダメって感じの意味だったはずだよ」
「へ、へぇ〜····。八千代のばか。恥ずかしいでしょ」
「ははっ、すげぇ真っ赤。おい大畠、お前あれ持ってきてただろ。出せよ」
「アレ····? あ、お前見つけたんかよ」
「さっきトランプ出した時にな」
「ちょっと待っててね〜」
啓吾がいそいそと鞄から何かを持ってきた。嬉々として僕に見せびらかしてきたのは、随分前に使われたローターだった。
「そんなの持ってきてたの!? 手荷物検査なんかされたらどうするつもりだったの!?」
「そんときゃ結人んナカに隠せんじゃん」
「バッ、バカァ!」
「シィィッ!! 結人声デカいって」
啓吾が慌てて僕の口を塞ぐ。
「ごめ····でも、啓吾がバカ過ぎるのが悪いんだよ」
「結人、軽く洗浄してやっから来い。ちゃっちゃと済ませてやっから、声だけは我慢しろよ」
そう言って僕を抱えると、八千代はコソ泥みたいに部屋を抜け出してトイレへ連れ込んだ。
「やちぉ····声、出ちゃ····」
「もうちょいだから、服でも噛んでろ」
「ふ··ぅんんんっ····」
何とか声を抑える事ができた。しかし、本番はこれからだ。ローターだけで済めばいいのだが、啓吾と八千代がそれだけで終えるとは思えない。
今日は何としても流されず、断固としてえっちだけは阻まなくてはならない。僕に課せられたミッションにしては、いささか難易度が高すぎる気がするのだが······。
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