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スーパー銭湯『忍之湯』
「なんか、忍者みたいな名前の銭湯だなぁ。つぅか女の子多くね?」
「あ〜····ゆいぴみたいにコラボ目当てなんじゃない?」
「すげぇな。人気のあるアニメなのか?」
「凄い人気だよ。ゲームがアニメ化されたの。ゲームはよくわかんなくてできなかったけど、アニメはずっと観てたんだ。えっと····なんかごめんね? 入りにくいよね····」
「ンなこたどうでもいいけどよぉ、これアレか? 映画観に行ったやつか」
「そうだよ。え、こないだ説明した時わかんなかったの?」
「映画ん時はあんま観てなかったからな」
「何しに行ったのさ····」
「百面相してるお前ばっか見てた。ま、何でもいいわ。さっさと入ろうぜ」
「そだね。結人が欲しいの、湯上りジュンくんタオルだっけ? 数量限定なんだろ?」
「うん!」
僕たちは今日、スーパー銭湯『忍之湯 』に来ている。数量限定の“湯上りジュンくんタオル”を手に入れる為、そして、限定コラボグッズを集める為に。
入館の際に貰えるタオルはランダムで、どのキャラが当たるか分からない。キャラのラインナップは4人。引きの強い啓吾と八千代が居るから、きっと大丈夫。
1枚くらいはゲットできるだろう。2枚当たれば儲けもの。僕はそう踏んでいた。
入館を済ませると、啓吾が無造作にバリバリと袋を開封した。ロッカールームに行ってからで良かったんだけどな。女子からすごい見られてるよ····。
けど、そんなの一瞬で気にならなくなってしまった。
「お、これジュンくんじゃねぇ? やったなぁ結人」
「はわぁぁ!! ありがとぉ啓吾!」
「これも同じやつじゃないか?」
銀の袋から2枚目のジュンくんを取り出す朔。まさかの2枚目だ。
「結人は誰が出たんだ?」
「僕はチサくん」
皆“誰だよ”って顔をしている。ジュンくんの恋人だよ。さっき説明したのに、全然聞いてなかったんだね。
「ごめん、ゆいぴ····。俺もジュンくん出なかった。えっと、カイト··だって」
ジュンくんのお兄さんだ。チサくんの元カレでもある。今は、もう1人のコラボキャラであるレイジくんの恋人。
「りっくんが謝る事じゃないよ。僕だって出なかったんだしさ。こればっかりは仕方ないよ」
僕がりっくんを慰めていると、八千代が勝ち誇った顔で3枚目のジュンくんを見せびらかしてきた。
「莉久、お前マジでクジ運ねぇのな。ほら結人、3枚あったら保存用とかってのになんだろ? 満足したか?」
まさか、3枚もゲットできるなんて、誰が予想できようものか。
「さ、3枚目····。みんな凄すぎだよぉ! ありがと〜!! あっ! りっくん待って。お風呂、一緒に行こうよ!」
拗ねたりっくんが、そそくさとロッカールームに向かう。僕は、しょぼくれたりっくんを追いかける。
ロッカーの前でいじけているりっくん。どうにかして元気を出してほしいのだが、どうすればいいのだろう。
皆と来た時点で、推しよりデートが目的になっているなんて、朝から『絶対にゆいぴの推し引くからね』と意気込んでいたりっくんには言い辛い。
「俺、サウナ行ってくるわ」
「俺も〜」
僕の気も知らないで、八千代と啓吾はサウナへ行ってしまった。朔は、学校行事以外で初めて来た大衆浴場に目を輝かせている。
一通りのマナーを教え、いざ入浴····と思ったのだが、りっくんがまだだ。
「りっくん、薬湯でヘコんでるの治らない?」
「んふっ····ちょっと無理かも」
今笑ったじゃないか。ならどうしろと言うのだ。そろそろ面倒臭くなってきた。
「ゆいぴ、後で背中流して?」
「流したら元気になる?」
「なる」
「お前、めんどくせぇな」
朔は呆れた顔をして、先に身体を洗いに行った。嘘みたいに機嫌の良くなったりっくんは、僕の手を引いて歩く。
うきうきした様子で、椅子に座り僕に背を向けるりっくん。いつもは洗ってもらう側だから、なんだか新鮮だ。
さて、いざ洗う側になると、いつもされている事をしてみたくなるものだ。皆、乳首や腰なんかを無駄にえっちに洗うんだもの。
啓吾の身体を洗った時は、怪我を庇いながらだったもんね。凄く緊張して、純粋にイチャつけなかったのが心残りだったのだ。
けれど、ここで本当にイチャつくわけにはいかない。だって、隣には普通に知らないおじさんが居て、僕たちは友達に見えていて、おかしな触れ合い方はできないんだ。
だけど今更、友達の範疇なんて分からない。
僕は距離を保ちながら、過度に触れ合わないよう慎重にりっくんの背中を洗う。普段抱きつく時よりも、心做しか背中が大きく見える。
筋肉質なわけではないけれど、程よく締まった綺麗な背中だ。ダメだ、なんだかドキドキしてきた。
胸の高鳴りを悟られないうちに、手早くりっくんの背中を流し終える。すると、勝手に順番待ちをしていた朔が『俺も頼む』と言って僕を呼ぶ。
予想通りだったらしく、りっくんは『洗ってあげなよ』と僕を明け渡す。機嫌は完全になおったみたいだ。
朔の背中は広い。身長も然る事乍ら、鍛えているだけあって筋肉量がりっくんの比ではない。筋トレは趣味だとか言っていたが、改めて見ると趣味のそれではないように思う。
安心感のある背中だなぁなんて思っていたら、足が滑って朔に抱きついてしまった。
「うおっ····大丈夫か!?」
「ご、ごめんね。僕は大丈夫だよ。朔は? どこか打ってない?」
「俺は大丈夫だ。わりぃ、俺が背中なんか洗わせたから····」
皆のこういう所は少し嫌だ。ドジをしたのは僕なのに、皆は自分を責める。りっくんと朔は特に多い。
僕はこれを2人に伝え、僕のドジに謝るのをやめてほしいと頼んだ。渋々了承した2人を連れて、水風呂の隣にある月替わりの湯に浸かる。
毎月香りが変わるらしく、今月はコラボに合わせてオレンジシトラスの香りだ。ジュンくんのイメージフレグランスの香りに似ている。さっぱりしていて、夏の暑さを忘れさせてくれるのが良い。
香りを堪能していると、サウナから出てきた啓吾が隣の水風呂に浸かった。
「あっつかった〜。場野と勝負してたんだけどさぁ、無理だわ〜。アイツ感覚おかしいって····」
八千代の忍耐力を考えれば、さほど不思議ではない。僕の何かを賭ければ、何時間でも入っていそうだ。
「朔と莉久はサウナ入んねぇの?」
「俺はゆいぴと居るからいいよ」
「俺は後で入る」
「ねぇ、なんで僕は入らないの前提なの?」
皆は揃って、サウナの扉に貼られた“小学生は子供だけでの入室禁止”の注意書きを見る。そういう事か。
「僕、小学生じゃない······」
冗談なのはわかっているが、どうにも腹立たしい。そんなタイミングで出てきた八千代が、僕に向かって言った。
「んだよ結人。お前もサウナ入りてぇの?」
髪を掻き上げながら、汗だくで僕を見下ろして言う。鼻血が出そうなくらい、色気がとんでもない事になっている。
けど、躍起になっている僕は、それを一旦置いて言う。
「入る」
「「えぇ〜····」」
りっくんと啓吾が静かに声を上げた。いつもみたいに騒がなかったのを褒めてあげたい。けれど、何がそんなに不安だと言うのだろうか。
「僕だってサウナくらい入れるもん」
「んじゃ、俺と行こうか」
朔が僕の手を引く。1人で歩けるのだけれど。見知らぬおじさん達が凄く見ている。
「なら俺も行くよ!」
続いて、りっくんが反対の手を握る。これじゃぁ、どこからどう見ても子供だ。
「もう! 僕1人でいけるもん。ついて来ないで!」
「それはダメだ。色んな意味で危ねぇ」
なんて、凄い圧をかけて言う朔に押し負けた。仕方がないので3人でサウナに入る。
入って数秒で、息をするのも熱くて困難だと知る。数分でボーッとしてきて、早々に朔に『出ろ』と言われてしまった。けど、ここで引き下がっては、また子供扱いされてしまう。
もう少しだけ、あとちょっと····と思ったのだが、朔は僕を担ぎ上げ、強制的にサウナを出た。勿論、注目の的だ。
丁度、水風呂から出た啓吾が心配そうに聞く。
「早っ。どったの? しんどくなった?」
「しんどくなる前に出てきた。子供扱いされたくないからって、無理しようとしたからな」
どうして全てお見通しなんだ。キョトンとして火照ったままの僕は、外の空気を吸いに露天風呂へと連れられる。
「ねぇ、みんな前隠さないの?」
「隠すもんなのか? 結人しか隠してないから、ただ恥ずかしがってるんだと思ってた」
「んなもんどっちでもいいだろ。いちいち隠すんめんどくせぇわ」
「別に隠さなくてもいいんじゃない? なんか隠してたらさ、見られんの恥ずかしいみたいじゃん」
「啓吾はアホなだけね。まぁ、隠す人多いよね。俺はタオル邪魔だなぁって思って持ち歩かないだけだよ。けど、ゆいぴにはバスタオル巻いて入ってほしい」
「それは同感な。さっきからケツ見えてんのやべぇわ。後で──」
「今日は絶対シないからね」
「ぁんでだよ」
イラつきを顕にする八千代に、至極当然の答えを返す。
「家じゃないからだよ! ホント八千代、そういう事になるとバカなんだから」
「あっはは。場野のバー··ぶあぁっ」
「おい、風呂の湯をかけんのはマナー違反じゃねぇのか?」
「違反だわ。けど大畠にはいいんだよ。特例だ」
「特例なんてあんのか。銭湯のルールは難しいな」
「んなもんねぇよ!!」
啓吾が騒ぎ始めたので、とっとと出ることにした。
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